俺のものになって 意識が戻った時には、両手は後ろ手に拘束され固い床に転がされた状態だった。 「・・・ん・・ぐっ、!?」 口には何か布状のモノが突っ込まれ、吐き出せないようにタオルか何かでグルリと固定されているから、呻くことしか出来ない。 そんな俺の前に、誰かの影が落ちた。 「あ、気がついた? 櫂」 「・・・・・」 明るい調子の声が、辺りに響く。 鮮やかな金髪に灰色の瞳をした、人懐こそうな表情をした青年が眼前で笑っている。 俺がいくら邪険に振り払っても、性懲りも無く物好きに世話を焼いて構ってくる―――――ヤツ曰く、俺の親友だ。 明るくて気さくで、誰とでもすぐ仲良くなって尻尾を振ることが大得意な、犬のようなヤツ。 小学生時代からの知り合いだったが、高校生になった現在、俺が人が変わったように無愛想になったことも気にせず、毎日何くれと声を掛けては付きまとってくる。 最初はとてもウザイと思っていたが、それでも無条件に懐き、俺に何かと世話を焼いてくれる彼・・・三和のことを、俺はいつの間にか受け入れるようになっていた。 だから、―――――今、自分が置かれている状況が把握出来ない。 俺はさっきまで、・・・三和と一緒にヴァンガードファイトしていた筈だったのに。 「櫂さあ、・・・なんで今こうなってるか分かんないんだろ?」 「・・・・・・」 床に転がされている俺の前にしゃがみこんで、三和が口を開く。 いつも通りの、明るい口調と笑顔だった。 だが、それは不自然だ。 何故なら俺は、今とても不自然な状態にいる。 それなのに、ヤツが少しも慌てた風も無く笑みを浮かべたままでいるのはおかしい。 それは、・・・つまり。 「ふふっ、ご名答♪」 変わらず明るい声で、三和が笑った。 「お前をそんな風に縛ったのは、俺だよ櫂」 「・・・・・・・」 「まあ、・・・なんてーの? 俗に言うアレだよね・・・拉致監禁ってヤツ!」 「・・・・・・・」 三和らしくも無い、冗談だった。 いや、・・・冗談だと言って欲しい。 「俺さあ、・・・櫂のこと欲しーんだよね。全部、まるごと」 「・・・・・・」 三和の言っていることが、よく分からなかった。 「櫂はさ、ほら。無愛想だし、キレイだけど近づきがたいオーラ放ちまくってるし。 俺みたいな物好きじゃないと、本気で迫るようなヤツは早々居ないだろうって安心してたんだけどさ。 けど、でも・・・そうでも無いんだって思っちゃったら何か―――――――・・・居ても立ってもいられなくなったんだよね」 「・・・・・?」 「あー・・櫂には分かんないかなあ。まあいいや、分かんなくても。とにかくさ、俺、焦っちゃったワケ」 「・・・・・・」 本当に、何を言っているのかよく分からない。 けれども話を続ける内に、三和の表情がどことなく狂気めいて来た気がして、知らず鳥肌が立った。 言っている内容は分からない―――――が、彼の纏う雰囲気は明らかに変わって来ている。 「でね。俺、焦っちゃって・・・考えたんだよ。どうしたら、櫂のこと俺だけのモノに出来るかなって」 言いながら、三和は俺の前髪を掻き上げるように撫でてきた。 その手つきの優しさと、彼のまとう空気のアンバランスさに身が強張る。 「あれ、怖いの? 怖くないよ、櫂・・・お前のこと、壊したりはしないから、さ」 笑う顔はいつもと変わらない筈なのに、・・・今の三和にはおぞましい何かが感じられた。 「まあね、・・・俺も最初は色々しちゃおうって考えたんだけど」 明るい口調で、三和は楽しそうに言葉を続ける。 「逃げられたらショックだし、俺が居ないと何も出来ないようにしたいって思ったから、手足は肘と膝から切っちゃって。 そんで俺以外のヤツ見たり、声聞いたりすんのもヤダから、目を潰して鼓膜も破っちゃおうかな、って思ったりしたんだけどー」 「!?」 とんでもないセリフに、耳を疑う。 狂っている。そんな行為をしようとした? ・・・考えるだけでも、マトモじゃない。 「でもそうしたら、櫂のキレイな身体に傷が付いちゃうじゃん? それは勿体ないよなー」 「・・・・・・・」 にっこり微笑まれても、笑い返せる話では無かった。 「俺は櫂の、このキレイな翠の眼が大好きだし。 手フェチとか足フェチとかは言わないけど、櫂の白くて長い、この手とか足が途中から切断されちゃうとかは、やっぱ無理だなーって思ってさあ」 「・・・・・・、」 「それにエッチする時、やっぱこの瞳見ながらシたいよなー・・・俺を睨んでくるお前をイかせるのとか想像したら、ゾクゾクして俺の方がイッちゃいそう」 「・・・・・・!!」 恍惚とした三和の表情とおぞましい言葉に、背筋が凍る。 「なあ櫂。だから俺、色々考えたんだぜ? どうしたらお前を俺だけのモノに出来るかなって」 三和は、俺の目の前に白い粉が入った小さなビニール袋をちらつかせた。 見た目は粉砂糖か小麦粉のような、粒子が細かい粉末。 けれども今、それを三和が意味深に見せるということは、恐らくそんなモノでは無いのだろう。 「このクスリさあ、・・・スゲー常習性あんだって。 これ使われながらエッチすると、病み付きになって狂っちゃうんだって。試してみたら、面白いと思わねー?」 「!?」 衝撃に、言葉も出なかった。 「俺、ちゃんと付き合うから。 櫂が、俺に毎日シて貰わないと堪らなくなっちゃうくらい。 俺にえっちして、ってお願いしちゃうようになるくらい、櫂が狂っちゃうまで付き合うから」 「・・・・・・」 「そしたらさ、櫂は俺だけのモノになるっしょ? 誇り高い櫂トシキ様が、薬漬けの色狂いだなんて、口が裂けても何処にだって訴え出れないでしょ?」 「・・・・・・」 「俺も櫂もまだ高校生だしさあ、親も居ることだし、1人の人間を拘束し続けることなんて場所的にも時間的にも無理だかんな。 やっぱこういう方法でも取らねーとだよな。へへ、・・・俺アタマ良くね!?」 「・・・・・・・」 頭が混乱して、上手く動かなかった。 人好きな三和。 愛想が良くて、全く取り合わない俺にも懲りずに声をかけ続け構い倒してきていた、人懐こい犬のようだった三和。 しつこい、うっとうしいと思いつつ、ヤツが居ると便利だからとか、そんな理由を付けてでも傍に居ることを許容した人間。 今の彼と、どっちが本当だったのだろう? 「ショックか、櫂?」 まさに、その通り。 俺は今ショックの余り、例え口が利けたとしても言葉が紡げるとはとても思えなかった。 「可哀想にな。俺、お前のこと好きだからさ・・・そういうお前見んのは胸が痛むよ」 「・・・・・・」 本当に心配するかのように、三和が言う。 「でもさ、お前が悪いんだよ櫂。お前が、俺を置いて他のヤツ見ようとするから・・・・」 見てない。 俺は誰のことだって、関心を持って見たことなんて無かった。 他人を自分のテリトリーに入れたくは無い。 強いて言うなら、1番近い距離に居たのは三和、お前だったのに。 「人付き合い悪くて、愛想が無くて、ヴァンガードファイトのことしか頭に無いお前だったら良かったのに」 言いながら三和が俺の頭を優しく撫でてくる。 頭を振って、その手を振り払う気力は既に萎えていた。 「コミュニケーション能力ゼロで、俺を介してしか、他人と関われないままだったら良かったのに」 「・・・・・・・・」 「俺が居なくちゃダメな櫂のままで居てくれたら、俺・・・こんなことしなくて済んだのになー」 「・・・・・・・・」 「大好きだよ、櫂。俺だけのモノになって?」 いつも通りの明るい声に、優しそうな笑顔。 けれどもう、2度とその『いつも』には戻れないのだとその笑っていない目が俺に告げていた――――――――――。 End |