目を逸らされるのは照れてるからじゃないって気づこうね











 ―――――それでね、櫂が。


 ―――――そうしたら櫂は。


 ―――――櫂の。


 ―――――だから僕は、櫂に。




「・・・・・・・・」


 FF本部ビルの一角にある、チームAL4のトップの私室で。
 新城テツは、その部屋の主・雀ヶ森レンの話を辛抱強く聞いていた。

 話の内容は多岐にわたっていたが、その殆ど全てに共通するキーワードが含まれている。

 『カイ』。

 かつてはレンと、いやテツ自身とも交流があった『仲間』とも呼べる存在だった人物。
 とある事情から、今は袂(たもと)を分かち彼は別の道を歩んでいるのだが―――――。




「ねえテッちゃん聞いてますか? 櫂が・・・」

「ああはい、聞いてますよレン様。櫂がレン様と話さないと言うのでしょう?」

「そうです! どうしてなんでしょう? 櫂が恥ずかしがり屋さんなのは知ってるから、僕から話しかけてあげてるっていうのにもー!」


 黙っていれば随分と大人びて見えるだろう端正な顔で、レンは拗ねて子供のように頬を膨らませている。


「どーしてなんでしょうねー」


 テツは、表向きだけ一緒に考え込むそぶりをしつつもオウム返しにレンの言葉を返した。
 思いっきり棒読みなのがバレバレである。



 何故なら、テツは主であるレンの言い分よりも、先ほどから(いや常にと称した方が的確であるが)櫂カイと1日に何百回も名前を呼ばれている人物『櫂トシキ』に同情していたからだ。



 数年前、テツ達の前からとある事情で突然姿を消した、櫂トシキ。
 彼を先日発見してからと言うもの、彼をずっと探し続けて熱望していたレンから向けられる櫂への情熱は、それはそれは凄まじいものだった。

 発見したその日には、櫂の住まいや学校、行動範囲などを(テツを使って)把握したと思ったら。それらのあらゆる場所へ、レンは顔を出した。
 もちろん、愛しの櫂に逢うためである。

 言う必要も無いだろうが、雀ヶ森レンは、櫂トシキに異常なほどの執着を見せている―――――というか、脳内100%が櫂トシキで埋まっている。

 そんなレンが、櫂を見つけてしまったとしたら。
 それはもう、―――――レンがどんな行動を取るかなど火を見るより明らかである。

 櫂が嫌がっていることなど少しも意に介さず、レンは学校やカードショップ、家など所構わずに出現しては懲りずに櫂にアプローチを続けた。

 朝、櫂が起きる時間に電話をし。
 登校時間には、自宅から学校まで付きまとって話し掛け。
 下校時には校内から櫂が出てくるのを待ち伏せし。
 カードショップやら寄り道先にも顔を出す。
 帰宅後の櫂にも付きまとい、閉め出されても懲りずに外で櫂の名前を呼び続け、根負けした櫂に部屋に入れて貰ってちゃっかり夕飯を食べてくる始末。

 もちろん、電話やメールはマメに送信。
 櫂がアドレスを変える度、新しいのを突き止めてと大騒ぎになるから、そのたびにFF本部及びテツは大変な苦労をする羽目になる。

 もはや、完全なストーカー状態。
 テツが、櫂のゴミを調べるから回収しろと命じられる日も近いだろう。

 そして、これも今更言う必要は無いのだろうが―――――櫂トシキは、レンを嫌がっている。
 まあ、これだけされて嫌がらない方がおかしい。

 そもそも櫂がFFを離れたのも、レンの異常な執着ぶりが原因だろうとテツは思っている。

 レンは、あくまで櫂が大好きなだけで。
 本人に全く悪気は無いのだが。





「もしかして、まだ話し掛ける回数が足りないのかな? だからまだ慣れてなくてドキドキし過ぎて何も言えないとか!??」


 レンはまるで気付かない様子で、テツに自分の考えを訴える。


「そうですよね! 僕だって櫂に見つめられたり話し掛けられたりしたら―――――、ドキドキして興奮して抱きしめたくなっちゃっておかしくなります!」


 きゃっ、と頬をほんのり染めて恥ずかしそうに身を捩ってみせるレンは、見た目だけなら違和感は無い。
 いや、それなりにある身長と美しい顔立ちを考えると多少は違和を感じる筈なのだが、彼特有の柔らかな雰囲気がそれを打ち消してしまっているのだ。


「もう、櫂ってば照れ屋さんなんですから―――――!!」

「・・・・・・」


 絶対、嫌がって無視しているんだろうことが、テツには分かっている。
 口で言ったところで伝わらないことも確信している櫂は、それを云わずに無視を決め込んでいるだけだ。


「テッちゃん、櫂は恥ずかしがって僕と目も合わせてくれないんですよー」

「そうですか」

「僕としては櫂のキレイで可愛らしい顔を、じっくり正面から眺めたいんですけど。あ、櫂は横顔でも斜めからでも全然キレイで可愛いですけどね!」

「そうですね」

「でも、僕と目が合うと恥ずかしがって逸らしちゃうんです。いや、そんな櫂もキュートで抱きしめたくなりますけど!!」

「恥ずかしがり・・・」


 違うだろう、絶対。
 言っても無駄だから、何とか関わり合いになるのを避けようとして視線を合わせていないだけだ。


「レン様、・・・」


 テツは一瞬だけ、主のために真実を告げようかと口を開きかけた。


「ん? なんですか、テッちゃん」


 きょとん、とした顔で此方を見るレン。

 端正な顔に何処かあどけない表情を浮かべ、テツを見上げるレンが纏う空気はとても柔らかく―――――闇を少しも感じさせない日だまりのような暖かいものだった。


「・・・なんでもありません。今度の時は、櫂がレン様を見てくれると良いですね」


 思ったことと全然違う言葉を吐いたテツに、レンはふわりとした笑みを浮かべる。


「はい。頑張りますー!」


 櫂トシキのことで頭が満たされている時、雀ヶ森レンは以前のレンに戻る。
 そしてテツは、そんなレンが好きだ。

 だから、気付いてるけど―――――言わないことにする。

 友人として、櫂には申し訳ないけれど。






 ―――――目を逸らされるのは照れてるからじゃないって気づこうか。


 心の声は、心の中だけに封印。













End