Melting Kiss



 02








「・・・俺、このまま溶けてもいいや・・・」


 うっとりした口調で、触れるだけのキスを繰り返しながら三和が言う。


「・・・・・」


 何だそれは? と櫂は口に出しこそしなかったが、顔には表れていたらしい。


「んー? 雪みたいに、このまま溶けちまってもいーかなー、ってさ」


 少し困ったようにまた眉尻を下げ、三和はきちんと主語を付け足して先ほどの言葉を補足した。


「・・・溶けちまってもいいくらい、今の俺はシアワセだってこと!」


 殆ど唇を離さない距離に居るから、声はそのまま吐息となって互いの唇へと熱を伝える。


「三和・・・」


 1度目のキスは、嫌じゃなかったけれど、それ以外良く分からなかった。

 2度目を請(こ)い、再びキスをしてみたら、やっぱり三和とのそれは嫌では無くて。

 3度目は、櫂が強請ったワケでも三和にお伺いを立てられたワケでも無いまま、勝手に唇を押しつけられて。
 それは違う頼んで無い――――と、櫂は言うことが出来た筈だったのだけれど。

 櫂を抱き寄せ、そっと口づけてくる三和の表情(かお)が、あんまり嬉しそうだったから・・・責める言葉は、喉奥で消えてしまった。




 それから何度もなんども、触れるだけのキスを繰り返して。
 やがてそれが、―――――櫂の唇の感触を確かめるような、啄(ついば)むようなそれに変わっていったけれど。

 やはり櫂は、三和を突き放すどころか、顔を遠ざけることすらしないまま、此処にこうしている。


 シアワセだ、と弾むような声音で言う三和の顔は本当に嬉しそうだった。

 『嬉しい』というよりは、本人が言うのだから『幸せ』と形容するのが適切なのかも知れない。
 そして、櫂もそんな三和の様子を見るのは好きだと自然に思った。


 三和とするキスは、嫌じゃない。

 唇同士がくっつくのに、嫌悪感は無くて。
 ただ柔らかくて優しい温度があって、触れた場所から何かの感情が生まれそうな、・・・不思議な感覚に囚われる。


 これは何だろう?
 何なのだろうか?? ―――――考えても、やっぱり良く分からない。



 何度目かのキスの途中で、三和は少し照れたように苦笑した。
 その顔が、やけに精悍(せいかん)さが増して見えてドキリとする。


「櫂、・・・キスの時はさ、目、閉じて?」


 言いながら、三和自身が目を閉じてみせた。

 普段は良く、櫂の睫毛を長いながいと飽きもせず言ってよこす彼だけれど、三和もさして変わらない気がする。
 目を閉じた彼の顔は、いつもなら賑やかさを感じさせる明るい瞳が隠れてしまうせいか、酷く大人びた印象になって。


「・・・っ、」


 知らず、また鼓動が跳ねた。

 何故だか今日は、子供っぽいと思っていた筈の友人がやたらと大人びて見える。
 三和は子供っぽく振る舞っているようでいて、実はもう随分と大人なのじゃないか―――――とすら、頭の片隅でぼんやりと思った。


「・・・・・・」


 目を閉じたままの三和がまた、そっと櫂の方へと唇を近づけてくる。

 誘われるように、閉じようと意識したわけでは無かった櫂も、いつの間にか目を閉じて唇に三和のそれを感じていた。



 雪が舞い降りる、お世辞にも暖かいとは言えない環境で。

 二人は繰り返しキスをした。



 寒いのに―――――寒くない。

 正確に言えば、寒く感じている余裕が無い。



 幼なじみで友人関係だけれど、こうして唇をくっつけ合うような仲では断じて無かったし、まして男同士。

 こんな風に、いつ誰に見られるか分からないような、カードショップ近くの路地裏で、マウストゥマウスなキスをしている危ういシチュエーション。

 日も暮れて人通りの殆ど無い暗い道だからまだ救いはあるものの、決して安全とは言えない状況だ。


 それなのに。
 追っているのは、互いの唇の感触だけ。

 自分の唇を塞ぎ、押しつけてくるその温もりだとか、柔らかさ。
 触れあう鼻先や、頬を撫でる冷えた指先―――――二人の間にふわりと零れる吐息の温度に、全ての感覚が奪われている。


「・・・・ん・・」


 気持ちいい。

 気持ちが良かった。


 いつの間にか背に回され、自分を引き寄せている三和の腕も。

 触れあい、密着した身体も。

 重ね合った唇も―――――全部。

 全部が気持ち良い。


 この気持ちよさが続くなら、他のことはどうでもいい、という考えさえ頭を過ぎる。




「・・・・・・・・」


 ―――――三和とこうしているのは、気持ちが良い。

 酷く幸せな心地で、櫂は思った。



















「雪がさ、櫂にキスしてるみてー・・・って思ったら、なんかもう我慢出来なくて」


 ようやく唇を離すと、三和はボソボソと言い訳めいた内容を口にし始める。

 その顔がほんのりと赤くなっているのは、先ほどまでの行為が如何に大胆だったのかと、今更に気がついたせいだろうか。
 櫂にしてみれば、本当に今更・・・なのだが。


「ずりーよ、俺もしてェー!って思ったら、・・・つい、さあ・・・」


 その表情は、櫂の機嫌を伺う子どもっぽい、完全にいつものそれで。
 櫂が呆れたような視線を投げれば、案の定に焦ったような顔で謝ってきた。


「ご、ゴメン・・・!! でもさ、でも俺、櫂のことスゲー好きだからっ!!」

「・・・・・」


 さっきまでの、あの櫂を圧倒するような大人びた表情は何処へ行ったのか。

 同じ顔した双子とでもキスをしたのかと疑いたくなるような、三和の変わりように、友人を睨む櫂の目つきは益々悪くなった。


「す・・好きだからその、櫂だって男なんだから分かるだろっ!? 好きな子のこと、可愛いなって思ったらそれはキスしたくなる時っつーか・・・!!!」

「・・・・・」

「だって、・・好きなんだよ櫂!」


 けれど、こう何度も好きと連呼されては、文句の1つも言えなくなってしまう。

 好き。
 櫂のこと、大好き。

 ―――――昔から良く、三和に言われていた言葉。

 だけど、今日は変だ。
 言われ慣れてる筈なのに、何度も何度も聞いて、耳タコになってる三和が良く口走るだけの、深い意味なんか無かった筈の言葉なのに。

 好き、と三和が口にしてくるだけで―――――何もかも許してやりたくなってしまう。


「・・・バカ」


 お陰で、捻りも何も無いオーソドックスな悪態を吐くのが精々だ。


「バカはねーだろ、バカは・・・!!」

「バカにバカと言って、何が悪い?」

「お・・俺がこんな、心臓バクバクさせながら告ってる時にそれ言うかオマエェ〜〜〜!!」

「順番が逆だろう、・・・バカ」

「! あ、そか。・・・そう、かも・・・」


 呆れている筈なのに、何故かそういう櫂の口元は綻んでいた。

 それを見て、また照れた風に前髪を掻き上げつつ三和が笑う。
 櫂が好きだと思う、嬉しそうな顔だ。


「・・・・・・・」


 本当に馬鹿だ、と思いつつ。
 目の前で嬉しそうに笑っている三和を見たら、そういう彼でいいのだと思っている自分に櫂は気付いた。


 雪は、寒くて冷たくて。
 寒いのは嫌いで、だからこうして外でずっとこんな風に佇むなんて、まっぴらなんだけれど。

 夜で人通りが無いとはいえ、いつ誰が通りかかり目撃されるかも知れない場所で、同性同士でキスしまくるなんて、正気の沙汰じゃない筈なんだけれど。

 そんなすごいことを、思い付きで実行してみせるようなバカが相手なんだけれど。

 何せ、告白より先にキスしてきて、挙げ句にその時口走ったセリフは『玉砕』だったようなバカだ。


 なのに―――――金髪を雪まみれにして、ヘラヘラ笑う彼を見ていたら。
 何だかもう、どうでもいいような気がしてきた。


 全く、さっきからメチャクチャだ。
 三和の突然のキスから、思考回路が乱れに乱れて、櫂自身でも驚くような感情ばかりが溢れてくる。


 あの最初のキスで、櫂の思考回路はショートしてしまったのかも知れない。





「なーなー、櫂。これってさあメルティ・キッスってヤツじゃね? 文字通り溶けるキスってやつ♪」


 雪の中のキスだけに〜と調子づく三和に、櫂は肩をすくめた。


「それを言うなら、Melting Kissじゃないか? メルティという英単語は原則的には存在しない」

「えーでも、チョコとかあるじゃん・・・」

「あれは商品名だろう。造語じゃないか多分」


 素っ気なく返すが、尚も納得いかない様子の三和に、櫂は底意地の悪い笑みを浮かべた。


「それに、お前とならどっちかというと―――――『Melt(溶ける)』より『※Melt down(※メチャクチャな〜の意)』だ」

「え!? 何だよそれ!?? 俺とのキスは原子炉のメルトダウンより危険だって言いたいのかよ!!?」


 明らかに勘違いしている三和に、櫂は本当の意味を教えなかった。

 だって、この自分が三和に翻弄されてメチャクチャな精神状態になってるなんて、わざわざ教えてやる必要は無いだろう。
 簡単にバレてしまうのは、癪に触るじゃないか。


「・・・もう少し、英語を勉強しておけ。俺が言ったのは、Meltとdownの間にスペースが入ってるヤツだぞ・・・?」


 三和の言う原子炉のメルトダウンは、スペース無しの『meltdown』の筈である。


「は? え?? それなんか違うの??? つーか俺、お前みたいに英語堪能じゃねーもん、THEとか付けねー派だし・・・」

「THEは関係ない!」

「あーいや、まあそうなんだけどさ〜〜・・・あーあ、せっかくのイイ雰囲気が台無しだよ・・・」


 櫂の前で、三和がガックリと言った様子で項垂(うなだ)れる。
 まるで、ご褒美を貰い損なった犬そっくりだ。

 その頭に、ふわふわの雪が沢山ついているのを見て、櫂は払ってやろうと手を伸ばした。


「三和、また雪が頭に―――――」


 そして、そのまま手を止める。

 そう、これは、先ほどの場面に逆戻りしそうな展開。
 櫂は三和の頭に付いた雪を払ってやり、その延長戦上で『ああなった』のだから。


「あれ、櫂。・・・今度は払ってくんねーの?」


 言いながら、三和が頭を上げる。

 キラキラと、三和の青灰色の瞳に街灯の明かりが反射してキレイだった。
 さっきと同じ、・・・櫂が知ったばかりの大人の顔をした三和がそこには居た。


「でももう、キッカケはいらねーよ。したいからする・・・いいよな、櫂・・・?」


 知らなかった顔。

 知らなかった声。


「・・・・・・」


 ゆっくりと目を閉じて。

 肩に重みが掛かり、両腕が背に回されて。
 三和が片手ですうっと首裏から自分の後頭部を支えるのを、櫂はただ受け入れる。


 そして、再び唇に熱が降りてくるのをただ待った。


「好き。櫂の全部が、俺は好き。この白い櫂の吐息までも全部、俺が吸い込んじまいたいくらい俺だけのモンにしたいよ櫂―――――・・・」

「うるさい、・・・黙れ」


 至近距離で囁かれる甘い言葉よりも、ただ、触れあう唇が欲しくて。

 櫂は自分から、己のそれを相手へと押しつける。


「櫂、お前って・・・ホント俺を驚かせるの得意・・・」

「黙れと言ってる・・・お前ほどじゃないさ、三和・・・」


 柔らかくて温かくて、こんなに触れあうのが心地よいのに―――――どんなに押しつけても、互いの唇が本当に溶けて混ざり合うことは無い。

 けれど、だからこそ。
 実際には溶け合えないからこそ、―――――そう錯覚しあえるくらいにキスをする。

 吐息を、熱を、互いの想いを分かち合い伝え合うために―――――キスをする。



 ―――――とろけるようなキスをして、頭の中をぐちゃぐちゃにさせながら、飽くことなくその『気持ち良いこと』を繰り返すのだ―――――。



 









 To be continued...


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言い訳。
雪の中で、三和くんと櫂くんがじゃれ合ってたら可愛いな、と思いまして(笑)
櫂くんの髪色的にふわふわした雪がそれに乗ったりしてる光景妄想したら、・・・すごい可愛かったんです。
それで、初々しい三和櫂書いてみました。