ALEXANDRITE-アレキサンドライト- 03 あの日。 櫂は、レンに全てを奪われた。 信頼も敬愛も憧憬(どうけい)も友情も、自分の持てる矜恃(きょうじ)の全てを失った。 未知の感覚を無理矢理に掘り起こされ、何も分からないでいる内に全部を奪われてしまった。 気付けば。 二人の間にヴァンガードは存在せず、有るのはただ、―――――爛れた性の享楽のみとなっていた。 一度呼び覚まされてしまった未熟な性は、常に快楽を求めてしまう。 櫂はレンに言われるがままに彼を訪ね、彼を訪ねれば言葉を交わす前に抱きしめられ、深くふかく口づけられて。 ―――――櫂、愛してますよ・・・。 その言葉を言われた後は、誘(いざな)われるままに寝台へと向かい、身体中に彼からキスされるのを待つ。 全身へのキスが終わる頃には、櫂はもうレンを身体の内で感じたくて堪らなくなっていて、ひたすらに喘ぐしかない。 それから二人の身体は重なって、櫂はレンを身体の奥深くへと受け入れる。 最初は苦痛しか感じられず、泣き叫ぶのが常だった行為だが・・・いつの間にか、して欲しいと懇願するように調教されてしまった。 パブロフの犬。 条件反射。 心は既に拒絶しきっている筈なのに、―――――抗えない。 一度覚えてしまった快楽は、夢も希望も何もかも、一切合切を打ち砕き、櫂を単なる傀儡(くぐつ)へと変えたのだ。 レンは最初から、櫂をそういう対象として執着していたというのに。 そして櫂は、そのレンの危うさに薄々は感づいていたというのに。 レンとの、ヴァンガードファイトが楽しすぎて。 レンと戦うことの面白さを、手放す気になれなくて。 いや、・・・何よりレンと一緒に居ることが心地よすぎて。 自分の方から、―――――彼と離れる気にはなれなかった。 コレは、罰なのかも知れない。 幼かった自分が招いた、避けることも出来ただろう危険に自分から踏み込んでしまったことへの。 「―――――ね、綺麗でしょう。1つで2つの色を持っている・・・」 そう言って、レンが窓から差し込む日差しに翳し、一度それを光に透かして見せ。 昼間だというのに、ご丁寧にカーテンを引いて照明を付けながら、銀色のリングを櫂の目の前に差し出したのは、そんな爛れた関係になって暫く経ってからだった。 陽の光には濃い緑色を示していた付属の石が、今は鮮やかな赤へと色を変えている。 「自然光だと緑で、白熱光だと赤色に変わる石なんです。綺麗でしょう・・・僕たちの眼の色と同じです。この色合いのグレードをを持つ石を探すの、大変だったんですよ」 嬉しそうにそう説明し、レンは同じ細工のリングをもう一つ出して、櫂の手に乗せてくる。 「つまりこの石は、僕であって櫂なんです。僕たちを象徴する石なんて、素晴らしいでしょう?」 うっとりと言うレンの瞳には、もう見間違えようのない狂気が宿っていた。 「決して離れず、ずっとずっと一緒にいる僕たちを象徴する石。素敵ですよね、櫂?」 だから、この石はずっと、お互いに肌身離さず持っていましょう、と言われ。 でも指輪だと櫂にはまだ年齢的に不自然だから―――――と続けられ。 リングに鎖を通されて、それを首に掛けられる。 「・・・・・・・・・」 まるで犬のようだ、と櫂は思う。 人間なのに犬のように扱われるなんて、・・・屈辱だ。 そう、屈辱でなくてはならない。 それなのに。 「ふふっ・・・良く似合いますよ、櫂。僕の・・・僕だけの、櫂・・・」 甘い声で耳元に囁かれ、うっとりした表情で顔を近づけてくるレンを―――――拒めない。 「櫂の白い肌に、この石はとても良く似合う・・・・」 首筋を撫で、細い鎖を持ち上げて。 石へと祝福するかのように口付けるレンの艶めかしさに、目が離せなくなる。 「僕だけの物ですよ。櫂は、僕ひとりだけのもの」 「・・・レン・・・っ、・・・」 レンの、凄まじいまでの執着の言葉が、何故か櫂の心を変えていく。 「このネックレスは、キミを僕の元へとつなぎ止める鎖・・・雁字搦めにして、決して離すことは無い―――――」 度を超えた、明らかに異常の域である筈の束縛に、息が詰まりながらも酩酊していくのが抑えられない。 「僕だけのものですよ・・・これは櫂が、僕の物だという所有の証・・・・」 「・・・・・・・」 反発しようという意志が、失われていく。 過度の窒息は脳を酸欠状態にして、時に快感を生むという―――――これもまた、それに似た現象だったのかも知れない。 もちろん、このときの櫂はまだ子供で、そういった知識など無かったけれど。 「―――――・・・受け取ってくれますね? 櫂・・・・」 ねっとりと耳元で確認された言葉に、櫂はぼんやりと頷いてしまったのだ。 To be continued... |