『君と在りたい』








 「本当に? 僕と一緒に、来てくれるの・・・・・・・?」


 嘘でしょう、そんなのあり得ない――――――・・・そう言いたげな、苦笑い。

 らしくない儚げな風情で、遠慮がちにそう言った男に。


「・・・・・・・・・・・・」


 俺はただ、頷いた。



 理由は、ごく単純。

 ―――――――俺が、それを望むから。




「・・・だって、アルヴィス君・・・・・・・」


 目の前の男は、まだ信じられないといった様子で此方を見ていた。

 いつもの、傲岸不遜(ごうがんふそん)な態度は何処へやら。
 眉尻を下げ、そのキレイなアーモンド型の瞳に俺を映したまま・・・・・複雑そうな表情を浮かべている。


「不服か?」

「!? いや、そうじゃない!」


 睨みながら短く問えば、慌てて大きく首を横に振ってきた。


「不服じゃないよ? ・・・そんな訳あり得ない、・・・けど・・・・」


 なのに即座に否定しておきながら、やっぱり歯切れ悪く言葉を続ける。
 悪戯をした後に主人の機嫌を伺う猫のような、仕草だけはしおらしい様子で。


「―――――いいの・・・?」

「・・・・・・・」


 繰り返される問いに、俺は渋面を作ったまま、もう一度頷いてやった。

 煮え切らない態度や、言ったことに即座に対応出来ないような鬱陶しいヤツは嫌いだし、見ているだけで蹴っ飛ばしたくなる性分だが。
 この男を前にすると――――――――・・・何故か、いつも調子が狂ってしまう。

 今だって、自分の持ち合わせる優しさと寛大さを総動員して。
 ある意味、命より大切にしてるプライドまでかなぐり捨てる想いで・・・・・最大限に譲歩して言ってやった言葉を伝えてやったというのに。

 それを全然、目の前の男は信じようとしていないのだから。

 前言撤回してしまえばいいと、頭の中では思っている――――――・・・それなのに。


「・・・いいって、言ってるだろ」


 口をついて出る言葉は、撤回どころか肯定だ。


「・・・アルヴィス君・・・」


 俺より、大きな図体で。
 俺より、魔力だって腕力だって強いくせに。
 その気になったら、俺なんてどうにでも力尽くで従わせられるくせに。
 甘えるような覇気のない表情で、此方を見て笑いかける様子なんて・・・・情けないだけの筈だと思うのに。


 そのやたらに整った、見つめればゾッとする程美しい顔立ちで弱々しく笑いかけられると・・・・・・・何故か情けないと思うより、胸のどこかが痛くなる。
 キュウッと胸が苦しくなって・・・・・こっちまで不安になる。

 普段のヤツと、違いすぎるから。
 戸惑って、こっちまで調子が狂って・・・・怒鳴れなくなるのだ。

 本来は。
 とにかく、狡猾で残忍で。
 悪魔みたいに頭が切れるヤツなんだから―――――・・・・今の態度だって、計算尽くなのかも知れないと思うのに。

 遠慮がちに此方を見る男の顔を眺めていると、それがとてつもなく邪推しているように思えて・・・・・つい、声が優しくなってしまう。


「・・・・俺がそうしたいんだ」


 ――――――これっきりにしたくない。
 終わりにしてしまいたくないんだ・・・・俺が。

 永遠に逢えなくなるのは・・・・・俺が嫌だ。


「一緒に行くと、俺が望んでいる。・・・・こう言っただけじゃ、納得しないか・・・?」


 想いの内、全ては言えず。
 ただそれだけを繰り返す俺に、・・・・・・・・かつてはチェスの司令塔としてその座に君臨していた男は、神妙そうな顔つきをした。


「・・・アルヴィス君・・・・・・それは、僕と永遠を生きてくれるって。そういうことだよ・・・・・?」

「わかってる」


 そうさ、・・・分かっている。
 手のひらの中で握っている、鍵型のARM――――プリフィキアーヴェ。
 これを、ヤツの胸の鍵穴に差し込まないってことが、どういう意味になるのかは。

 もう完成間際のゾンビタトゥの呪いが成就し、・・・・俺は目の前の男と同じ、輪廻の輪から外れ時間の経過から切り離された存在となる。

 それでも。
 それで構わないのだと、―――――――思った。


 目の前の男が抱える、深い闇と孤独を知り・・・・・・・どれだけ俺を欲しているのかを知ってしまった今。

 俺が、彼にとっての光となれるなら。
 光と思い・・・・求めてくれるのなら。

 傍にいて、・・・・・・支えてやりたいと・・・・そう思う。



 木も花も草も、風も・・・・土の匂い空の青さ、人々の笑い声―――――――それら全てを、醜いと感じ憎悪してしまうほどの歪んだ闇。
 それを打ち払い、美しいのだと感じる心を再び彼が取り戻せるのなら。

 人間らしく笑い、泣き、怒り・・・・・ヒトとしての心を取り戻せるというのなら、傍にいてやりたい。
 ヒトらしく笑う、屈託のない彼の顔を傍で見ていたいと・・・そう思う。






 ――――――――ねえアルヴィス君・・・。

 君と、もっとずうっと前に出会えていたらなって、本当にそう思うよ。




 ――――――――そうしたら、僕は世界を憎まなくて良かったと思うんだ。

 ・・・・僕は、世界の醜い部分しか見ないまま生きてきた・・・・・こんな世界、滅ぼしてしまった方がいいと思ってた。

 でもね、君という存在をはぐくんだ場所なんだから――――――・・・・もう少しだけ信じても良かったのかなって、・・・今ならそう思えるんだよ。





 ―――――――――もう、メルヘブンとか、チェスとかどうでもいいよ。

 君という存在が手に入らないなら、他なんてどうでもいい。




 ―――――――――ねえアルヴィス君 ・・・・・僕が、君と同じ人間のままだったらさ。

 君は僕を、受け入れてくれていた?

 ギンタや他のメルの皆にするように、僕にも笑いかけてくれていたのかな?



 ―――――――――今更言っても、もう全部遅いけど。

 ・・・・・・・君は、ヒトとして幸せに生きてね、アルヴィス君・・・・。

 もう僕は、君を自由にしてあげる。

 君のこと大好きな僕から、解放してあげるから―――――――――









 そう言って、儚く笑った彼を――――――――・・・突き放せなかった。
 手にしたARMを、さあこれで終わりにしろと言わんばかりに胸の鍵穴を晒した彼に・・・・・・差し込む事が出来なかった。

 それで、全てが終わるのに。
 幼い頃から憎み、倒すことだけを考えてきた敵をようやく葬ることが出来るのに。
 呪いを断ち切ることが、・・・・出来るというのに。

 終わらせることを、―――――――嫌だと思ってしまった。




「・・・何処までも付き合ってやるよ。例えソレが、・・・永遠でも」


 宣言するように言いながら、俺は鍵型のARMを握りしめていた手に力を込める。
 手の中で、何か薄い金属が割れるようなパキリとした音が響き、同時に手の中の物体が崩れ去るのを感じながら・・・・俺は静かに指を開いた。

 キラキラと、銀色に光る粉状のものが宙に霧散していく。


「・・・お前のこと好きだとか、そう言うのは正直良く分からない。けど、・・・・これっきりにしたくないんだ・・・・ファントム。お前がメルヘブンを諦めて、俺と平和に暮らすっていうのなら・・・俺はそんなお前の、傍にいたい」

「・・・アルヴィス君・・・・」


 目の前の、キレイとしか形容しようの無い時間(とき)を止めた青年の顔が、泣きそうに歪んだ。

 怒っているような・・・・困ってるような、それでいて嬉しさを隠し切れず口元がゆるんでいるような、複雑な顔。

 表情豊かでありながら、その実、内心の感情は一切露わにせず。
 いつも、甘く優しげな笑みを顔に張り付かせていた彼なのに――――――――――今、ファントムが浮かべていたのは、とてもとても不器用な笑みだった。


「・・・アハ、・・・おかしいな・・・! とっても嬉しい筈なのに・・・・何か上手く笑えないや・・・」


 それは俺が思うよりも本人が感じていたらしく、慌てた仕草で目元に浮かんだ涙を拭う。


「・・・どうしてだろ、・・・すっごく嬉しいのに泣きたい気分だ。・・・・変なの・・・・」


 拭っても潤んでくるらしい目で、困ったようにファントムが此方を見た。


「今まで僕が耳にした言葉で、一番嬉しいんだよ? ・・・それなのに、涙が止まらないんだ・・・・・どうしてかな・・・・」


 取り繕うように銀糸の髪を掻き上げ、端正な顔に苦笑を浮かべる。
 いつもの、柔らかなファントムの笑みだ。

 けれど、白く滑らかな頬を伝い、顎から滴っていく透明な雫だけがそうでは無いことを告げていた。


 ――――――きっと、俺だけ見ることが叶った・・・・・・・ファントムの本当の顔だ。


 強い魔力と、それを使いこなす才能に恵まれ・・・けれども彼には、それしか与えられなかった。
 そんな彼は、本当の自分を自分でも知らないままに心の奥底に押し込めていたのかも知れない。

 こういう、人間らしい感情を知らないまま・・・生きてきたのだろう。


 本当は、酷く寂しがりやで。
 気に入った相手の気を引きたいが為に、破壊活動を行っていただけで―――――――その実、その行為自体には何ら思うことは無かったらしいことを俺はもう知っている。
 かなり常識からはかけ離れているし、やった行為は残虐極まりなく・・・・簡単に許されるべきものではないことも、分かってはいるが。

 それでも、・・・・そうせざるを得なかった・・・そういう思考にしか向かわなかったファントムを悲しいと思う。

 彼と共に、彼の罪を償ってやりたいと―――――――そう思う。

 贖罪は、生きていてこそ出来ることだと思うから。


 ファントムの傍で、彼が人間らしい感情を取り戻すのを見ていたいと思う。
 きっと、出来る筈なのだ。



 だって、ファントムは――――――。



「ねえ、アルヴィス君」


 ひとしきり涙をこぼし、気が済んだのか。

 擦ったせいで赤くなった瞼(まぶた)が気になるのか、軽く指で触れつつ。
 ファントムが照れた様子で、話しかけてきた。


「今、すごく君をギュッとしたい気分なんだ。・・・・抱き締めていい・・・・?」


 お伺いを立てるように、此方へおずおずと手を伸ばしてくる。


「・・・・・・・・・いいぞ?」


 俺は、笑って頷いた。


「・・・・・・!!」


 まるで迷子になっていた幼子が、母親を見つけた時のように酷く嬉しそうな顔で、ファントムが俺に抱きついてくる。
 俺よりデカイ図体だから、本来の形容ならば抱き締めてくる、というのが正確なのだろうが・・・・今の状態はまさに、「抱きついてくる」が相応しい。


「好きだよ。・・・大好き!」


 ファントムはそう言ってゴロゴロと懐き、俺に頬ずりをしてきた。


「アルヴィス君が駄目って言うなら、メルヘブンなんかもう要らない。殺したりするのもやめる。・・・他のニンゲン達と同じような暮らしするし、望むなら償いだってするよ。アルヴィス君の言うとおりにする・・・・だから僕の傍にずっと居てね・・・・!!」



 ほら。・・・・彼はもう、人間らしい感情を知っている。
 俺が好きだと、本心から言ってくれているのが分かる。

 ―――――――人を好きになるのは、人間としての感情を取り戻す第一歩だ。



「・・・・ずっと一緒にいる」


 猫でも可愛がる時のような気分になりつつ、サラサラした銀髪に手を伸ばし。
 撫でてやりながら、俺は彼の言葉を肯定する。


「俺も、離れたくないから・・・・・」


 そして、俺より頭ひとつ高いファントムの背に腕を回し、俺から彼に抱きついた。


「・・・アルヴィス君・・・・」


 嬉しそうに俺の名を口にする、彼の顔が好きだと思う。
 彼の柔らかく弾むような声が、好きだと思う。

 ずっと傍で、一番近くで、見ていたいと・・・・そう思う。





 ――――――――きっと、俺の心は。

 ファントムに呪いを穿たれる前から・・・・彼に囚われていたのだ。


 適う筈も無いのに、彼の前に飛び出し。
 彼と目があった、あの瞬間から―――――――既に運命は決まっていたのだろう。


 彼と共に在りたい。
 例え永劫の時間を過ごす事となろうとも・・・・・・・・それでも、一緒に。





「だから頑張って一緒に生きていこう、・・・・・・人間として。人間らしく」


 隻腕で、強く俺を抱き締めてくる男の頬を両手で包み。
 俺はそう言いながら、伸びをして―――――――そっと相手の唇に自分のそれを重ねた・・・・。




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言い訳。
籐深さんの美しすぎるファンアルの、萌えフリーイラスト見てたら、どうしても何か書きたくなっちゃったんでs(爆)
しかし、イラストの美しさ&萌え具合が全く反映されておらず・・・微妙に掲載する勇気が無くなりました!!
・・・のですが、書いちゃったので結局載せまs(訳わかんないから!/殴)。
なんていうか、いつも強気で傲岸不遜な感じのトム様が儚さ見せてるのって可愛いよね萌えるよね!!・・・という思考から派生した話なんですが・・・訳わかんないですよね(汗)
場面で言うなら、アニメルのクラヴィーア辺のラスト。
ギンタ達が駆けつける前、ですね(笑)
この際、キャンディスとかの事は・・・・都合良く無かったことに☆
ファントムがアルヴィスと二人っきりの状態で、あのラスト付近を迎えて。
いいよ、君の望むとおりにしてあげるから―――――――なぁんて感じでトム様が胸の鍵穴晒して、アルヴィスが躊躇うシーンです(笑)
そこでアルヴィスが「嫌だ。殺してなんてやらない・・・お前は俺と一緒に生きるんだ! 何処か行くって言うなら俺も一緒に連れて行け」なんて口走り。
トム様が、「え、ホントに??」と心底からビックリしてる所から話は始まってます(←説明長いから)。
ていうか、こんなん書いて大変申し訳ないです。

籐深さんの美麗イラストとは、切り離してお考えください・・・穢れちゃうので!!(笑)

しかし、・・・こんな萌えイラストがフリーだなんて籐深さんは太っ腹です!!vv
美麗ファンアル、強奪しちゃいましたありがとうございますーー!!!(嬉)

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