『Lovely』
――――――インガは、幼い頃からとっても綺麗好きな性格だった。
遊びに夢中になって、洋服を汚して怒られる事も無かったし。
わざわざ言われなくとも、外から帰ってきたらキチンと手洗いなどを済ませる良い子だった。
家の中で静かに1人、本を読む方がよっぽど好きだったし、外で泥まみれになって遊ぶなど気が知れないと思っていた。
基本、自分の身体に何かが付着して、汚れるのは好まない。
お絵かきなどでも、指に色が付くのが嫌だからクレヨンや絵の具は好きではないし、鉛筆もうっかり擦ると黒くなるから好きじゃない・・・・まして絵画用に使用する鉛筆は芯が柔らかいから余計に嫌だ。
更に言えば、ヒトの身体にも皮脂という脂があるので・・・・出来うる限り手を繋いだりはしたくないし、ヒトに触られたくも無い。
要は、生まれつき潔癖(けっぺき)症なのである。
だから。
物心付いてからというもの、インガは幼児が普通は好むだろう泥や砂遊びをした覚えが無い。
幼なじみのカイに誘われ、強引に一緒に遊ばされた記憶は多少あるが、自分から触ろうなどと思ったことは一度も無かった。
だって、・・・泥も砂も、不潔極まりない。
触ったら、しっとりザラザラした重たくて柔らかい――――――雑菌の塊が手に付着してしまうのだ。
一度でも手にしてしまったら、黒っぽい汚れと共に皮膚に菌が沢山付いている状態。
爪や指の間に細かい砂粒が入り込んで、不快なことこの上ない。
遊びやすくしようと、バケツに水でも用意してあれば更に危険だ。
ドロドロ、ねちゃねちゃ・・・・・結合度を高めたばい菌の塊は、更に手にくっつきやすくなる。
砂遊びなんて、とんでもない!! ・・・それがインガの持論だった。
――――――それなのに。
「はい、どうぞっ!」
まだ口の回っていない拙い口調で、可愛らしい声と共に小さな両手が、インガに向かって差し出される。
インガの目の前には、小さな子供が立っていた。
立っていても、学校帰りの為、鞄を抱えながら屈んだインガより、僅かに低い位置に顔がある。
年の頃は、恐らく3〜4歳程度。
蒼みがかった黒髪に、顔の大部分を占めそうなパッチリとした青い瞳の、お人形みたいに可愛らしい子供だ。
なんでボクは今、・・・・・・・・・こんな事になってるんだろう・・・・・?(汗)
自問自答しつつ。
インガは引きつりながらも、精一杯の笑顔を浮かべた――――――――。
インガは、汚い事が大嫌いである。
当然、小さい頃から砂弄りだって嫌いだった。
それなのに今、大嫌いな筈の砂場で屈んでいる。
何故なら、目の前でとっても可愛いらしい子供が居て。
インガが彼と、遊んであげているから。
砂は嫌だが、子供が本当に可愛らしいのでつい絆されてしまったのである。
仕草は勿論だけれど、そういう意味じゃなく容姿が本当にべらぼうに可愛いのだ。
・・・・その、ハイレベルな容姿の整い方と言ったら。
帰宅前に寄っていこうと思っていた図書館が、うっかり休館日なのを忘れていて。
不意にポッカリと空いてしまった時間を、家に帰ってしまおうかどうしようか迷い――――――・・・何気に立ち寄った図書館前の公園で。
たった1人、砂場で一心不乱に遊んでいるその子供を目にして、他人と接することを極力避ける性格のインガが、ついうっかり、・・・・声を掛けてしまったくらいの可愛らしさである。
最初は、ベンチに腰掛けていた時に砂場が目に入り。
昔、無理矢理に連れてこられて嫌だったよな・・・・。
大体、小さい子供がみんな砂遊びが好きなんて誰が決めたんだ。
・・・そりゃまあ、大多数の子は好きなのかもしれないけど・・・・。
―――――――なんて、幼い頃の不本意な記憶などを思い返していただけだったのだが。
ふと視界に入った子供の顔を見て、つい、ギョッとしてしまった。
冗談でも何でもなく、・・・・・生きたフランス人形か何かが遊んでいるように見えてしまったのだ。
すっごく精巧な造りの、買ったらとんでもなく高価そうな・・・いわゆる磁器製人形(ビスクドール)の幼児等身大サイズ。
何て言うか・・・・インガが思い浮かべる限り、これ以上は思いつけないくらいに顔の各パーツが理想的な配置にある、『完璧さ』を持った子供だったのである。
黒々とした長い睫毛に、こぼれ落ちそうな程大きくて、青く澄んだ瞳。
鼻筋の通った鼻梁は、高すぎず低すぎず。
小さめの口元は、愛らしいとしか形容出来ない可憐さで。
青みがかった光沢を放つ黒絹のような髪が、透けるように白い肌を引き立てて得も言われぬコントラストを作っている。
子供らしく丸みのある頬や華奢な体つきといい、イメージがまんま、等身大のアンティークドールだったのだ。
・・・・・子供サイズのビスクドールが、砂遊び・・・・・!
つい、感心して。
らしくもなく、マジマジと見つめてしまった。
子供は、容姿はもちろん一生懸命遊んでいる姿がそれはそれは愛らしかったので、インガも微笑ましい気持ちで当初は眺めていたのだが。
その内に段々、不安になってきた。
だって、この可愛さである。
いつ何時、邪(よこしま)な気持ちを持つ大人が近づいてきて、攫ってしまわないとも限らないではないか。
それなのに、子供の傍には誰もいない。
1人で放置するなど、まだまだ駄目な年頃の筈なのに・・・・・。
インガは勝手にドキドキして、葛藤した。
かといって、知り合いでもない自分が話しかけるのは如何なモノだろう?
今は高校生による幼児犯罪も増えてるし、変に疑われるのも・・・・。
いやいやいやいや、だからといって放置するのか?
・・・・こんな可愛い・・・間違いなく放っておいたらイケナイ大人の餌食になるだろう天使を!?
だけど・・・・知り合いでも無いんだし、変に声掛けるのも・・・・・!!
だが、そんな逡巡(しゅんじゅん)を繰り返していたインガの前で、子供が顔を擦った。
キレイな、真っ白い頬に一瞬で黒い砂が付着する。
その瞬間、インガはもう子供の方へと走っていた。
「だめ! ・・・汚れちゃうし、傷付いちゃうかも・・・・!! ばい菌入ったら大変だよ!?」
細い手首を掴み、子供が尚も擦ろうとするのを阻止する。
至近距離で見れば、本当に整った顔立ちの子供はその大きな青い目でじっとインガを見つめた。
「・・・・おにいちゃん、・・・・だれ?」
深く鮮やかな青の瞳に、インガの姿が鏡のように映る。
「おなまえ、なんていうの? ぼくはね、あるびす!」
にっこり笑った顔が、天使のように可愛かった。
それに見惚れ、心を奪われながら。
インガは、誘われるように自分の名を口にしていた・・・・・・。
―――――――そして、現在に至る。
「おだんご、どうぞっ!」
無邪気な笑顔で、天使のように可愛らしい子供がインガに小さな手を差し出してくる。
そのぷくぷくとした可愛らしい両手は、砂で汚れて既にドロドロ。
小さな爪の間にもびっしりと砂が入り込んで、目も当てられない状態だ。
そして、その両手にはお約束の物体が乗っていた。
砂遊びといったら、コレ。
コレと、砂場に積み上げて作る小山と、穴を掘って作成するトンネルは三位一体の、『砂遊び作成アイテム』ランキングの1位から3位を飾るモノだろう。
インガが幼い頃から嫌悪し、触るのを極力避けていた雑菌のカタマリ・・・・要は『泥団子』である。
砂はバケツから汲んだ水のお陰で、適度にしっとりとし――――――触ったらとっても、湿ってネチャネチャしそうだった。
しかも、子供・・・アルヴィスがまだ幼いせいかちゃんと握れておらず、形も歪(いびつ)で見た目からしてかなり、・・・・団子というよりグッチャリとした泥のカタマリにしか見えない。
ハッキリ言って、―――――――すっごく触りたくない物体だ。
「・・あ・・・・・、・・・うん・・・」
意味のない返事を発しながらも、インガは手を出す事を躊躇した。
触りたくないから、手が伸ばせない。
「どうぞっ!」
目の前のアルヴィスは、文句なく可愛いのだが。
お人形みたいに整った顔であどけなく微笑み、小首を傾げる風にして此方を見ているアルヴィスは、本当に可愛らしい。
ついうっかり、こっちも微笑みたくなる愛らしさだ。
それなのに。
その可愛らしい仕草で差し出してくれているのは・・・・可愛らしいけれど、ばっちぃお手々でどうぞと言ってくれているのは、『ばい菌のかたまり』。
「あの、・・・さ・・・・・・」
やっぱり無理だ、と言おうとして。
でもそんなこと言ったら、すっごい悲しそうな顔をするんだろうなと予測する。
「・・・・・・・・・・・・・、」
それどころか、泣くかもしれない。
いや、絶対・・・・・泣く。
この、おっきな目から一杯、涙ぽろぽろ零して。
すっごい悲しそうな顔で、自分を見つめながら。
愛らしい口をへの字に曲げて、・・・・しゃくり上げたりするんだろう。
―――――――それはそれで、すっごい・・・可愛いんだろうな。 ・・・・じゃあ無くてっ!!!
泣かせるのは、可哀想。
それに、このキラキラした期待してる顔を曇らせるなんて・・・・・・・・・。
「・・・あ、・・・あり・・・・」
意を決して、インガは口を開く。
同時に自らの意志で、引っ込めようとしている手を押さえ付けて前へと伸ばした。
「ありが・・・と・・・・・、」
笑顔で、幼いアルヴィスへと手を差し出す。
額に冷や汗を浮かべ、眉根が僅かに寄り、口の端が引きつっているのは、勘弁して貰いたい。
インガにしてみれば、あり得ない程の譲歩なのだ。
幼なじみのカイ辺りが見たら、驚いて何か悪いモノを食べたんじゃないかと疑うか別人なんじゃないかと騒ぐだろう程には、あり得ない態度なんである。
それくらい、インガにしてみればものすごい努力なのだ。
―――――――なにせ、雑菌のカタマリを素手で受け取るのだから。
「はい、どうぞっ!」
そんなインガの心の葛藤も知らず、天使は容赦なくべちゃっと団子を手渡してきた。
「ぼく、たくさんつくるからいっぱいたべてね!」
誰もが心奪われそうな可愛らしい笑顔を浮かべつつ、内心ヒイッと悲鳴を上げているインガに危険極まりない宣言をしてくるアルヴィスに。
「・・・う、うん・・・・・、・・・? た、たべる・・って・・・・・??(汗)」
貰った泥のカタマリを、どうしたらと受け取ったままの体勢で固まりつつ、素っ頓狂な声をあげてしまいながら。
――――――・・・もうイイよ。
可愛いからイイよ、何でも!!
だってもう、・・・・可愛すぎて逆らえない・・・・・・・・・・・・・!!!
こうなったら、砂遊びだろうが泥遊びだろうが、とことん付き合ってやろうじゃないか。
――――――そんな心境になっているインガだった。
恋は時として、本人の性格や意志をねじ曲げる程のパワーを持つモノなのである・・・・・。
インガの、出逢った時からの献身的?な態度が良かったのか何なのか。
その十数年後に、ホントに恋人同士になったりするのはまた別の話・・・・かも知れません(笑)
end
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言い訳。
鈴野さんから頂いた、3連作がとーーーってもラブリーでつい、書きたくなりました(笑)
ちなみに、背景の『P・A・R-レルオメガ』っていうのは、『パラレルネタの、Ω』って意味だそうです。
イラストの設定では、アルヴィスは小学生辺りですねvv
小説では3歳児程度にしてみました(笑)
インガが、幼い頃のアルヴィスと出逢ったらどんな対応するんでしょうね??なんて、鈴野さんとお話してて出来たネタです(笑)
アルヴィスは、現代パラレルだったら砂遊びとか好きそうですよね、でもインガは潔癖症っぽいから触るのは嫌いそう・・・じゃあそんな2人が出逢ったらインガはどんな態度を・・・なんて妄想して出来上がった産物なんですがvv
鈴野さんが、妄想以上の萌えをイラストで具現化してくださいました!!(嬉)
すっごい、イラストが可愛らしくて理想通りで、・・・妄想で喋っただけでは飽きたらずに駄文書いてみたくなりまして(爆)
・・・その結果、イラストを著しくおとしめるよーなくだらないのしか書けず大変申し訳ないのですが><
でもでも、すごい可愛らしくて貰えたゆきのはウハウハでs(殴)
こんな可愛らしく「どうぞっ!」なんて可憐な仔アルに言われたらもう・・・汚かろうが何だろうが、私だって生ゴミだろうと受け取っちゃいますy(笑)
インアルは、うんと年上インガ×ちびっこアルヴィスってのも似合うな〜〜vvと、すごい主張したいです今現在!!
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