『03. 「おいで」とその目に導かれ』 「・・・・・・・・・・・・・」 先程から、アルヴィスに注がれている視線。 その視線の主を見ないようにして、アルヴィスは読みかけの本に集中する振りをした。 「・・・・・・・・・・・・・」 沈黙が痛い。 気もそぞろにページをパラパラめくりながら、アルヴィスはそっと手にした本越しに気配を伺う。 「・・・・・・・・・・・・・」 相変わらずチクチクと視線を感じ、アルヴィスは肩を落とした。 はー、と溜息を吐く。 時間を計り間違ってしまった・・・と、自分の考えの浅はかさを悔やんだ。 学校から帰って、夕飯を食べて。 テレビを見てから、レポートの仕上げをやる。 時間掛かるから、先に風呂へ入って寝ててくれ―――――そう言ったのが、今から6時間ほど前のこと。 レポートで疲れた頭を引きずって、流石に夜のスキンシップは遠慮したい所だった。 だが、同居している幼なじみ兼恋人には、そんな理屈は通じない。 だから、そう遠回しに避けたのだが。 レポートを片づけ、ゆっくり風呂に入り、さて濡れた髪を自然乾燥させながら本でも読んで、それから眠りにつこうかと寝室に来た。 ベッドサイドのライトはいつも眠る時程度には落とされていたので、てっきり寝ていると思った。 そして、ベッド脇のソファに腰掛け横に置いてあるスタンドライトの明かりを調整し、本を少し読もうとして―――――───じっと此方を見ている紫色の瞳と目が合ってしまったのである。 「・・・・・・・・・・」 眠気など微塵も感じられない、ぱっちり開いたキレイなアーモンド型の双眸。 ベッドの中で肩肘をついて寝そべったまま此方を見つめる姿は、まるで雑誌に掲載されているモデルみたいに決まっている。 そこらのモデルなんかより数段整った顔立ちをしているから、本当にベッド前にカメラマンでも居るんじゃないかと錯覚してしまうくらいだ。 身につけているのが薄手の光沢ある生地の黒いガウンだけなので、余計にそういう気がしてくる。―――――はだけてチラリと露出している胸板が・・・・いつもの行為を連想させてドキリとする・・・・目に毒だ。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 銀髪の美青年は、ただ無言でアルヴィスを見つめている・・・・寝てくれていれば良かったのに。 それを何とか見ないふりをして。 疲れてるし忙しいんだという意思表示に、手にした本(レポート関連の本で本当に良かった!)を読み始め―――――─かれこれ、もう30分近く経っている筈なのだが。 「・・・・・・・・・・・・・・」 相変わらず、視線を感じる。 いい加減、寝なければ明日に支障が出るだろう。 現在の時刻、午前3時。 向こうも明日、1時間目から講義があるとか言ってたくせに。 なぜ、寝ないのか。 「・・・・・・・・・・・・・・」 無言の攻防戦は続く。 「・・・・・・・・・・・・・・」 このまま、相手が寝るのを待つとして。 一体どれくらい掛かるだろうか。 そうやって無駄に時間を費やすのと、諦めて彼の誘いに乗るのと、どちらが早く寝れるだろうか。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 アルヴィスが本を顔の前から降ろし、勇気を出してベッドの方に視線を向ければ。 端正な顔立ちの青年は、此方を見つめたままニッコリと楽しそうに笑みを浮かべる。 ―――――─ダメだ、これは。 はー、と再び溜息を吐いて。 アルヴィスはソファの前にある大理石のテーブルに本を置き、のろのろとベッドへ向かう。 あの、不思議な吸引力のある、紫の瞳には逆らえない。 無言の『おいで』に刃向かえる気力など、元々備わっていないのだ。 逆立ちしたって、逆らえない。 ―――――──だって、その目に弱いんだ。 ベッドの中、嬉しそうに両手を広げて待っている恋人にその身を預けつつ、アルヴィスはそっと心の中で呟いた。 降参。 無理。 その目に「おいで」と言われたら―――――もう飛び込んでいくしか、考えられない。 ++++++++++++++++++++ |