『04 笑ってほしいんだ』




 瞬きすれば、バサバサと音を立てそうな長い睫毛。
 その睫毛の下から覗く、瑠璃色のキレイな瞳。
 スッキリと高い鼻梁も、薄く形良い唇も、華奢な輪郭もほっそりとした白い首筋もとてもキレイ。
 黙って此方を見上げる瞳は、猫のように蠱惑的でそれでいて何を考えているのか伺わせない、不思議な色を湛えていて・・・・。

「本当にキレイになったよね、アルヴィス君」

「・・・・・・・・・」

 格段に美しくなった―――――けれど、6年前に会った時と変わらぬ仏頂面が微笑ましくて、ファントムは目の前の少年の前髪をサラリと掻き上げそっと額に口付けした。

「!!」

 途端に、少年の顔が険しいモノとなる。

「ほらほら、そんな怖い顔しないでよ。せっかくのキレイな顔が台無しだ」

 顔をしかめてないで、笑ってよ・・・・そう言い足せば、目の前の少年は更に眉間のシワを深くして口を開いた。

「―――――楽しくも何ともないし、むしろ不愉快なんだから笑える訳ないだろ・・・・」

「どうして? 僕はすっごく楽しいんだけど」

 毛を逆立てている子猫みたいな可愛らしい抵抗が、ファントムは楽しくて堪らない。

「こんな風に縛られて動きを封じられてて楽しい訳ないだろ!!」

 そんなファントムに業を煮やしたのか、上半身を木の根本に鎖状のモノで縛り上げられたアルヴィスが精一杯の抵抗とばかりに足をばたつかせる。

「だってアルヴィス君、縛ってないと逃げちゃうじゃない」

「当たり前だ! なんでウォーゲーム以外でお前となんか話す必要がある?! チェスの司令塔なら司令塔らしく、ちゃんと自分の出番が来るまでは城で大人しくしていろよ!!!」

「君のことは、逐一観察してちゃんと全部知ってるけど・・・でもやっぱり実物をちゃんと確かめたいんだよね」

「・・・おい、今なんか聞き捨てならない事を聞いた気が・・・・」

「うーん、やっぱり手触りとかも確かめたいしね・・・」

 アルヴィスの追求をさらっと無視して、ファントムは少年の黒絹のような光沢がある、腰の強い髪を優しく撫でた。
 それから、険しく寄せられたままの眉間のシワを軽く指でなぞって―――――───

「そういう顔も可愛いから好きなんだけど」

「?」

 つん、と指先でつつきながら言葉を続ける。

「直に見たいんだよね・・・・笑った顔」




 僕に、君の笑顔をちょうだい? 誰かに向けた笑みじゃなくて・・・僕にだけの笑顔。




「・・・・・・・、」

 予想外の言葉だったのか、暫しキョトンとして目を見開くのが可愛らしい。
 無防備に薄く開いた唇が、誘っているように思えて―――――───ファントムはアルヴィスの細い顎を持ち上げると素早く唇を重ねた。

「!?」

 瞬間、アルヴィスの身体がハッキリそれと分かる程強張る。反射的に頭を後ろに逸らそうと身動ぐが、背後の木に邪魔されてままならない。
 ファントムは顎を指で固定し、唇を閉じようとするのを舌でこじ開け、強引に歯列を割った。

「ん、んん・・・・・っ!!」

 逃げまどい縮こまるアルヴィスの舌を追って絡め取り、官能を刺激するように強く弱く吸い上げ、軽く噛んで―――――─唾液と唾液が混じり合い吐息すらも貪るような激しい口付けを繰り返す。

「・・・・・・・っ、」

「・・・・・・・・・」

 アルヴィスの白い頬が紅潮し、自由にならない身体が熱を帯び始めた頃、ようやくファントムは少年から唇を離した。
 ファントムの薄く出した舌先とアルヴィスの唇の間に、名残惜しいかの如く細く透明な糸が繋がり、少年の顎を含みきれなかった唾液が伝う。

「―――――─・・・・・、」

「ごめんね? ちょっと激しかったかな・・・」

 放心してしまったかのように何処か虚ろな瞳で自分を見上げる少年に、ファントムは苦笑を浮かべた。
 それから、何処に隠していたのかアルヴィスから先程強引に取り上げたままだった数個のARMを手の平に乗せ、少年が縛られている木のすぐ横に置く。

「今日は別にまだ、こういうコトしたかった訳じゃないんだよ? ただあんまり君が可愛いからね・・・ちょっと誘惑されちゃったv」

「・・・・・・・・・・」

 激しい口付けのせいでまだ紅潮した頬のまま、キレイな顔の少年は再び眉間にシワを寄せ不機嫌そのものの表情を浮かべていた。

「ホントはね。笑った顔が見たかったんだけれど・・・・まあ、アルヴィス君の色っぽい顔が見れたから今日はいいかな。・・・・あ、僕以外には見せちゃダメだよ?」

 言いながら、ファントムはパチンと指を鳴らしてアルヴィスを固定していた鎖状のARMの実体化を解く。
 そしてディメンションARM・アンダータを発動させるべく指に填めたリングに魔力を練って―――――───呪縛が解けたものの、その場に座り込んだままのアルヴィスに向かってニッコリと笑いかけた。

「今度は僕にも笑顔を見せてね」

 言いながら、ARMを発動させる。
 最後に見たのは、何とも悔しそうな不機嫌な顔。
 それはそれで、元々の造形がとてもキレイだから可愛らしい事この上ない。
 取り澄ましたキレイ顔よりは、感情豊かでファントムが大好きなアルヴィスの顔の一つなのだけれど。

 だけど、でも、やっぱり。




 笑って欲しいんだ―――――───。



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言い訳。トム様はアルの顔が大好きなので、どんな表情も愛しいんだろうと思います。でも、嫌がってたり怒ってたりする顔も可愛いけれど、好きだったらやっぱり、笑った顔も見たいと思うだろうなー、と。性格歪んでるので、(ファントムなりに)愛情表現目一杯してるのに少しも喜んでくれないアルを、内心不思議に思ってたりして・・・可哀想だな!アルヴィス(笑)