『KY紳士と小悪魔美少年』










「凄いな! コレ、本物?」


 手渡された、細長い革張りの箱を開けて。
 アルヴィスは目の前の客に、大袈裟に驚いて見せた。


「ああ勿論さ。モノホンの、Cルティエのパシャだぜ」


 得意げに言う男に、アルヴィスは最上級の笑顔を浮かべる。


「ありがとう、俺、コレが欲しかったんだ!
 レノさん、いつも俺が欲しい物分かってくれるから、大好きだよ」

「い、いや・・・俺はアルヴィスに喜んで欲しいだけだし・・・!」


 にっこり笑って、そう礼を言えば目の前の客は顔を真っ赤にして溶け崩れた。

 アルヴィスにとっては良く見慣れた、珍しくもない光景である。

 特別に何を弄った訳でもない、単に親から遺伝で貰った容姿だが。
 ・・・・アルヴィスの顔は、世間一般で言うと『特上』にランクされる整いぶりらしい。

 しかし、そんな自分の顔が、アルヴィスは数ヶ月前まで大嫌いだった。





 幼い頃から顔のせいで、散々な目に遭ってきた人生だ。

 得をしたこともあるが、大多数は損なことばかりなのである。

 変質者に襲われかけたことなどは、二桁で収まりきらないくらいあるし。
 勝手に懸想(けそう)され、ストーカー的な被害にあったことも数知れず。
 飲食店や本屋でバイトをすれば、アルヴィス目当ての客が増え仕事にならないと、速攻でクビにされたりそこの上司に言い寄られて辞めざるを得なくなったり。

 ―――――とにかく、損なことばかりだった。

 思いあまって、別の顔立ちに整形してしまおうかとまで考えたが、手術代が勿体ないので断念するしかなく。
 アルヴィスは泣く泣く、自分の顔と一生付き合っていかなければならないんだと決意をしたのだが。


 高校2年目のある日、街中でスカウトされた時に彼の人生観は180度変化したのである。





 ―――――――ねえ、君キミ。ウチの店で働かない?


 ―――――――歩合制だから、キミの顔だったら稼げるよぉー!


 ―――――――ねね、考えてみない??
 客からの貢ぎ物は全部キミのモノになるし!


 ―――――――やり方によっては、月で100万以上は稼げるよ!!




 顔で、稼ぐ。

 それまでは、顔のせいで迷惑こそ被(こうむ)ってはいたものの、得なんてほんの少ししかしたことが無かった。
 それが、顔で稼げる?

 つまり、顔でお金が儲けられると言われたのだ。
 それはアルヴィスにとって、目からウロコが落ちるような発想だったのである。



 生まれてすぐに両親を亡くし、親戚中をたらい回しにされて、遠戚に預けられている今現在。
 一般的な視点から見れば、『恵まれない家庭環境』に育っているアルヴィスとしては、金は幾らでも欲しかった。

 しかし、年齢を偽りバイトをしていても、高校生ではさして稼げないのが実情である。
 それなりに将来に夢があり、ちゃんとした大学に進学したいという希望を持っているアルヴィスとしては、大金が稼げるバイトというのは大変に魅力的であった。

 金額が高いということは、それなりにキツかったりいかがわしかったりする可能性は多々あったけれど、そんなのは問題ではない。
 稼げるということが、ポイントなのだ。


 だから今、アルヴィスはずっと疎んでいた顔を最大の武器にして。
 その顔を気に入り、付きまとう客達のご機嫌を取って、貢ぎ物を巻き上げているのである。







「うん、俺すっごい嬉しいよ? ありがとな、レノさん」


 適当に酒を勧め、相手の話を聞き流し、こうしてたまに笑ってやるだけで。
 40〜50万円は下らないだろう品を貢いでくれるのだから、チョロいモノだ。

 最初こそ、夜の店でコンパニオンよろしくカウンター越しに客の相手をするという仕事に躊躇(ためら)いを覚えたが、慣れれば何てことは無かった。
 ベタベタ触られたり、酒臭い顔を近づけられるのには閉口したが、それで気に入られて貢ぎ物が貰えるのなら我慢も出来る。
 後は、現役高校生であることや、未成年なことがバレるような言葉を吐かなければOKだった。


「大事だから、鞄にしまってくるな!」


 殊更(ことさら)嬉しそうに頬を染めて見せつつ、アルヴィスは小箱を抱えて客の前から引っ込む。

 そして、奥へ1度下がろうと背を向けた時。


「アルヴィス」


 特徴の掴みづらい、静かな声で名を呼ばれた。
 振り返れば、空色の髪と瞳をした年若い青年がアルヴィスを見つめている。


「・・・・あ、どうも・・」


 その姿を見とめ、アルヴィスは気の抜けた声を出した。

 初めてこの店に来た時から、アルヴィスだけを指名するくせに、ただジッと此方を見つめて会話という会話も振ろうとはしない男だ。
 金を持っているのか、いないのか。
 指名する以上はそれなりに金が掛かる筈なのに、平気で毎週訪れて毎回、指名してくる。
 そのくせ、アルヴィスの機嫌を取ったりもせず、貢ぎ物などもしてきたことは無い。
 では単に酒が好きなのかと思えば、彼はそう飲む訳でもないのである。

 だから彼の前にいると、アルヴィスは酒をつぐという仕事も出来ず。
 かといって話が弾むわけでも無いから、長い沈黙が続き、非常に居心地が悪い。
 ハッキリ言って、何がしたいのかよく分からずアルヴィスにとっては苦手な客だ。

 それに彼には、まずい場面を見られてしまっているから―――――――・・・余計に苦手な意識が強い。


「もらったの?」


 そう言葉少なく、その苦手な客・・・フォルトに言われ。
 アルヴィスは、彼の指が自分の手元を指していることに気づき、曖昧に頷いた。


「あ、・・・まあ」

「Cルティエの箱か。豪勢だね」


 見目だけは整っているだろう顔だちの客は、表情を変えないままハイ・ブランドの名前を口にする。


「常連様ですから」


 普通は、何度か指名をして常連になってくれた客は、プレゼントという名の貢ぎ物をして、こっちの機嫌を取ろうとする人間が多い。
 もちろん下心があるし、もっともっと懇意にして貰いたい――――――という希望があるからこその行為だろうが。

 しかし、このフォルトは1度たりともアルヴィスに貢いだことがない。
 毎回指名するくせに、1度も、・・・である。

 いい加減、この苦手な客の相手をすることに閉口していたアルヴィスとしては、せめてそれくらいの美味しい部分が欲しい所なのだが。


「常連の方が、こうしてプレゼントしてくれるのは珍しくないですし」


 そんな気持ちが相まって、アルヴィスが当てつけのように言えば。
 珍しく、鉄面皮な顔が、笑みを浮かべる。


「身に付けてくれるのなら、ボクだって贈るけど」

「・・・・・・・・・・」


 その言い様に、アルヴィスは彼の言わんとしていることが分かって口を噤む。
 そう、・・・彼には見られてしまっていたのだった。


「・・・・貰った翌日にはキミの元から消えてるでしょ。贈るのはちょっと虚しいよね」

「・・・・・・・・・・」

「中身は、また同じ型の腕時計かな。
 毎回、同じ型のパシャを別のブッキングしない客に強請る辺りは知能犯だよね・・・・」

「・・・・・・・・・・・」


 淡々と言われる言葉も、事実なだけに言い返せない。

 彼・・・フォルトには、アルヴィスが貢ぎ物の類を質屋に流して換金している所を見られてしまったらしいのだ。
 それも毎回、同じ型の腕時計を横流ししている所を。

 同じ型のモノであれば、ひとつだけ保管しておけば、客にしている所を見せて欲しいと言われても都合が付く。
 その為、アルヴィスは毎度同じ型の腕時計を別の客に強請り、買わせていたのである。
 そこまで看破されてしまっている以上、アルヴィスには何も言い返せないのだった。


「・・・・・なんのことですか?」


 だから、白々しいと分かっているが嘯(うそぶ)いて、フォルトの前から立ち去るしかない。


「ねえアルヴィス」


 だが、奥へ引っ込もうとするアルヴィスを、フォルトが呼んで逃げ道を塞ぐ。


「時計は買ってあげないけど。
 ・・・・外でボクに付き合ってくれるなら、キャッシュでそれ以上の額を払ってもいいよ」



 新品の高価な時計であっても、質屋で流せばせいぜいその定価の3分の1程度に換金されれば良い方だ。
 だから、フォルトの言う条件は本当ならばかなり美味しい。
 定価の、倍額が稼げるのだから。


「いやだ」


 しかし、アルヴィスは仏頂面で言い切った。
 さっきから当てつけに使っていた敬語もやめて、普段使いの言葉にする。


「アフター(店外デート)は、お断りだって前から言ってるよな・・・?」


 いくら稼ぎが良くても、フォルトとはしたくない。
 会話も続かないような得たいの知れない男に、何をされるかという不安もあるし、2人きりになると言うのがとにかく嫌だ。
 そもそも、アルヴィスが彼を嫌っているのはミエミエな筈なのに、何故こう気に入られているのかも訳が分からない。

 最初から、彼の印象は良く無かった。
 その為、客にする最小限度の愛想しか振りまかなかったアルヴィスなのに。


「ボクの髪色が嫌いだから?」


 気分を害した風も無く、フォルトが問うて来る。


「銀髪は嫌いだ」

「ボクは、銀髪っていうよりは青髪だと思うけど」


 アッサリ肯定すれば、フォルトは面白そうに言葉を続けてきた。


「・・・・青みがかってる、銀髪だろ。
 そういう、色素が薄い系の髪は嫌いだ」

「幼なじみが、そういう色合いの髪だったんだっけ?」

「銀髪で、紫の眼で、とにかく白っぽい感じのヤツは嫌いだ。
 あと、『ボク』って言っててピアノとか弾いたりして、印象が物静かっぽいのは大嫌いだ」

「随分と、具体的だよね」

「・・・・・・・・・・・・・」



 サラサラとした、銀糸の髪に。
 舐めたばかりのアメ玉のような、美しい紫色の瞳。
 色白に整った、端正な顔。

 色素の薄い、その美貌に憧れ・・・大好きだと思っていたのは――――――遠いとおい、幼い頃の想い出。

 白く形良い指先が奏でる、ピアノを聴くのが大好きだった。
 良い子だね、と優しく頭を撫でてくれる手の平と、甘い声が大好きだった。

 彼さえ居れば、何も要らないと思った。
 彼さえ居てくれるなら、どんなことでも我慢出来ると思った。
 彼さえ居たら、この世界で生きていけると・・・そう思えた。

 きっと迎えに来るよと約束して、自分の前から去っていった彼を・・・・ずっとずっと、待っていた。



 ――――――今はもう、待つなんて愚かなことはしないけれど。

 彼などを頼りにしなくても、世界は回る。
 自分で稼いで、生き抜いてやる。

 もう誰も、アテになんかしない。



「・・・とにかく、アンタは俺の嫌いな髪の色してるから、いやだ」


 キッパリ言い切れば、フォルトは面白そうにアルヴィスの顔を眺めてくる。


「・・・・キミって世渡り上手なんだか、とっても下手くそなんだか良くわかんない性格だよねアルヴィス」

「・・・・・・・・・・・」


 つくづく、失礼なヤツだ。
 客だから我慢しているが、これが外での出来事だったらきっと・・・アルヴィスはとっくに殴っているだろう。


「とりあえず、客を手玉に取ろうとして、逆に手籠めにされるのがオチっていうかさ」

「・・・・なんだと?!」

「ほら、そういうとこ。キミがまだ処女って辺りが、奇跡だよね」

「なっ!? だ、・・・誰がそんな・・・!!」

「違うの?」

「・・・ち、ちが・・・違う、・・・」

「嘘だね」

「・・・・・・・・・・!!」


 本当に殴りたくなって、アルヴィスはぎゅっと拳を握りしめた。
 だが、真っ赤になった顔で否定しても図星を指されたのは既にモロ分かりである。

 金は稼ぎたいが、かといって流石に身体は売りたくない。
 というか、流石に割り切れない。
 1度、覚悟してみたことはあるのだが、―――――――身体が、勝手に相手を殴って逃げてしまった。

 触れられる時の嫌悪感だけは、どうしても克服できない。
 つまりは、フォルトが言うとおりに性体験は無いアルヴィスだった。


「・・・・アンタ、・・・俺をからかって楽しいのか?」


 改めて聞くまでもない気がしたが、つい聞いてしまう。

 楽しいんだろう。
 でなければ、こんな暴言を吐いているヤツを毎回指名する理由が分からない。
 可愛くてもっと愛想が良くて、気が利く人間など、スタッフにはゴロゴロいるのだ。


「からかってないよ。心配してるんだ」

「・・・・・・・心配?」

「そう、心配。
 アルヴィスが、他の誰かに食べられちゃわないかって」

「・・・・・・・・・・余計なお世話だ」


 こういう店で勤めている以上、そういったケースも無くは無い。

 だが、それは客の知ったことではない。
 アルヴィスがアルヴィス自身で、割り切り、責任を取ればいいだけのことだ。


「しょうがないなあ。
 じゃあ、欲しいんだったら腕時計買ってあげるよ」

「・・・・・・・・・・」


 好きなだけ、と言葉を続けられても。
 アルヴィスにしてみれば、何が『じゃあ』なのか分からない。

 話に脈絡が無い気がするのは、アルヴィスだけだろうか?


「アンタ、・・・何が言いたい?」


 訳が分からず、フォルトの水色の瞳を見返せば。
 青年は、見ようによっては未成年にすら見えそうな、その整った涼しげな面立ちで口を開く。


「アルヴィスが、欲しいだけ貢いであげるって言ってるんだよ。
 ここで働く以上に、貢いであげる。
 そうしたらもう、ここで働かないで済むよね・・・・?」

「俺に、この店を辞めろと?」

「うん、そういうつもりで言ってるんだけど」

「・・・・・・・なんでだ?」


 まさか。
 気に入りの店に自分がいるのが、気に食わないから辞めさせたい――――――そんな理由だったりして。

 内心戸惑いながら、けれど無い話では無い・・・と思いつつアルヴィスが聞き返すと。
 フォルトは、全く表情を変えないままに言い放った。


「アルヴィスが好きだから」

「・・・・・・・・・・、」


 一瞬、意味が理解できなくて、フォルトを見つめる。
 けれどやはり、彼の顔はいつもどおりの乏しい表情のままだった。


「アルヴィスを抱くのは、ボクが最初でありたいなと思うし」

「・・・・・・・・・・」


 抱く?
 いったい、・・・なにを?

 思わず顔に疑問符を浮かべたアルヴィスに、フォルトはしれっと爆弾発言を言いかけた。


「あれ、意味わからない?
 だからね、ボクはアルヴィスの中に1番最初に突っ込み、・・・・」

「っ!?? うわっ、うわーーー!!
 ・・・な、ななな、何考えてるんだアンタァーーーーーーーー!!!」


 とんでもない言葉に、咄嗟に大声が出る。


「何って、ボクの性器をキミの穴・・・・」

「ぎゃーーーーそれ以上怖いことを言うなーーー!!!」


 だが、更に露骨な発言をされ、再び悲鳴じみた絶叫をあげることとなった。

 とっさに、フォルトの口を塞ぐべく、アルヴィスはカウンターを飛び越えて青年の後ろに回る。


「怖いことってアルヴィス、これは自然な愛の営み、・・・・」

「いいから、こっちこい・・・・!!」


 顔を真っ赤にして、店の外へと連れ出す。

 あれ程にフォルトとは外出しないと言い張っていたのだが、図らずも彼の望み(しかもアポ無しで!)を叶えることとなってしまうアルヴィスなのだった――――――――。
 












END


++++++++++++++++++++
言い訳。
時代設定としては、『Anything is done for you』なインアルと同じくらいでしょうか(笑)
なので、アルヴィスはこのバイトが終わったら普通に高校生として朝、登校してます。
部活では、インガと出逢ってるでしょうね。
ただし、このアルヴィスはファントムとの事がトラウマで銀髪嫌いです。
なのでインガにも、そう愛想は無いかと思われますが(爆)
ダンナさん達と巡り会って、幸せな家族生活という経験してないため、かなりヤサグレた子になってます(笑)
その美貌で、男共を手玉に取る魔性の美少年vv
(↑でも手玉に取ろうとして失敗し、手籠めにされそう・・/フォルト談)

この後、アルヴィスはフォルト氏にほだされてくっつくのか。
それとも恋する少年インガに更正されて、彼と付き合うようになるのか。
はたまた、ファントムがようやくアルヴィス探し当てて誤解を解き、大団円で終わるのか―――――――――の、どれかだと思います☆
書かないから、読んで下さった方のご想像にお任せですg(殴)