『Alviss in Wonderland (インアルver)』 ――――――貴方のことを愛しています。 突然、目の前に現れたその男は、そう言って手を差し出してきた。 ――――――僕は貴方を、幸せにしたい。 サラサラの銀髪を額の真ん中で分けた、見るからに賢そうで整った白い顔がそう、囁いて。 理知的な光を宿すアクアブルーの瞳が、じっと此方を静かに見つめる。 見るからに姿形の整った・・・誰もが振り返るような美形だ。 だが、陶然と見惚れるには少々・・・・いや大分、その男の風体は異様だった。 焦げ茶のラインをアクセントとした、赤の濃淡チェックの目立つ上着。 でかでかとしたハートの付いた時計がプリントされた、派手なタイ。 肩からも、チェーンで本物の時計が鞄のように提げられている。 眼鏡や両手にはめられた白手袋、茶色のズボン、靴などは普通だが、どこかの仮装大会にでも出るかのような派手な出で立ちだ。 けれど、一番異様なのはそんな服装などでは無く。 グリーンがかったキレイな銀髪頭からにょっきりと生えている、二つの長い耳だった。 その形に、アルヴィスは見覚えがある。 小学生の頃に、学校で飼われていたアレだ。 白くてフワフワしてて、小学生でも抱き抱えられるくらいの小ささの、ニンジンが大好きなアレ。 つぶらな赤い瞳が可愛らしかった、長い耳の小動物。 だが、人間にはそんな耳が生えない事をアルヴィスは知っている。 目の前の男はアルヴィスの疑わしげな視線に気付かないのか、その整った顔立ちでニッコリと微笑んだ。 ――――――だから、連れて行ってあげます。 何が、『だから、』なのか。 そもそも、その前に喋っていた意味の分からない言葉は何なのか。 あんまりにも、男の姿が怪しすぎて。 そちらに気を取られていたアルヴィスは、言葉の意味を理解する前にウサギ耳を付けた男に手を取られ――――――――――気付いた時には引きずり込まれるように、混沌とした・・・本でいつか見た星雲みたいな複雑な色合いをした空間へ、身を投じる羽目になっていた。 ――――――貴方が本当に幸せになれる『世界』へ・・・・・・・・・・・・。 遠のく意識の中、ウサギ男のそんな声だけが頭に響き。 アルヴィスはそのまま、意識を失った。 「・・・・・・・・・・・・あの時は本当に、何が何だか分からなくて! 気がついたらもうこの世界に居て・・・・俺はもう自分の気がおかしくなってしまったのかと本気で心配になったんだ!!」 壁も床も天井も、そして華美に飾り立てられている燭台やシャンデリア、そしてその他の装飾物に至るまで。 全てがハートを模したモノとなっている城内で、アルヴィスは声を張り上げた。 「お前を筆頭に、ウサギ耳やら猫耳やら、しっぽを付けた連中がウロウロしてるしっ! そろいも揃って派手で変な服装しているしっ!! 何故か顔が無いお化けみたいな人間歩いてるし、海じゃないのに魚が堅い筈の床で泳ぐし・・・・・朝だと思ってたら急に夜になって、夜かと思ってたらいきなり夕方になったりっ、・・・・そこかしこでいきなり銃がぶっ放されて人が死んだり・・・・・・・俺はもう本当に自分の頭がイカれたのかと・・・・・・・・・・・!!」 ぜーはー、と息を切らすアルヴィスに。 目の前のウサギ耳男は怯むことなく、優雅ににっこりと笑いかける。 「落ち着いて下さいアルヴィス。可愛らしい顔が台無しですよ?」 「誰が興奮させたと思っている!?? それに俺は可愛くないっ!!」 「僕でしょうか・・・? ああ、失礼。・・・可愛らしいと言うより貴方はキレイですよねvv そう、・・とてもキレイですよアルヴィス・・・・・・・!」 「・・・・・・・俺が言いたいのはそうじゃなくて・・・・・・・・・」 「本当に、貴方は美しい。その、鮮やかなブルーの瞳といい青みがかった黒髪の艶やかさといい・・・・貴方を形作るモノ全てが奇跡のように美しすぎて、僕は眩暈がしそうです。今にも倒れそうだ・・・ああ、本当に貴方は罪な人だ・・・・・・・っ、・・・!!」 「―――――――・・・いっそ倒れてしまえ。二度と起きてこなくてイイ」 いつもの事ながら閉口する言葉しか吐いてこないウサギ男に、先ほどより幾分冷えてきた頭でアルヴィスはぐったりしながら言い放った。 この世界に来て良かったでしょう? なんてふざけた事を、アルヴィスを了承もなく勝手に連れてきた張本人が言うものだからつい、・・・・激昂してしまったのだ。 「・・・・・・・・・・・・・・」 本当に、倒れてそれきりになってしまえばいいのに。 目線を少し上に向け、揺れている白いウサギ耳を眺めつつ本当にそう願う。 このウサギは口を開けば愛してるだの大好きだの、それしか言わず常に抱きついて来ては、嫌がるアルヴィスを押し倒しキスを奪おうとするのだから。 けれど、まるで心臓発作を起こしたかのように胸を押さえていた、顔だけは文句なく美形であるウサギ男は倒れることなく元気に口を開いた。 「貴方の美しさに倒れてしまいそうですけど・・・嫌です。本当に倒れたら貴方の顔が見れなくなってしまいますから!」 「・・・・・・・・・・・」 今度はアルヴィスも言い返さなかった。 怒らなかったからではない。 これしきのことで言い返したりしていては、自分の体力が消耗するだけだからだ。 この男は、アルヴィスの言葉など半分も聞いていない。 全て自分の都合良いように曲解し、都合の悪いことは聞こえないという勝手極まりないヤツなのだ。 ・・・・まあこの世界、そうじゃない輩を捜す方が難しいような気がするけれども。 「素敵な世界でしょう? 素敵な貴方にお似合いの世界です」 仏頂面で自分を睨むアルヴィスに、柔らかな微笑を向けたままウサギ男は言葉を続ける。 恐らく、先ほどの『この世界に来て良かったでしょう?』の話の続きだろう。 「この世界には、僕みたいなウサギや、猫、それからネズミや・・・色々居ますからね。 様々な耳や尻尾の者がいるのは当然です。身なりは・・・そうですね、派手といわれても自覚はないのですが・・・というかこういう服装が普通ですしねえ。 お化けというのは良く分かりませんけれど、顔が無い人間達は役無しのカード達の事ですよね。 彼らは役がないのだから顔が無くて当たり前ですよ。 朝の次に夜が来たり、夜の後に夕方が来たりするのは次の時間帯が不確かで決まっているモノでは無いので、それが普通です。 そこかしこで銃撃戦が始まったりするのは、我がハートの城と帽子屋館、そして遊園地の主が敵対関係にあるから仕方ありません―――――――――それが当たり前な世界なんですよ、アルヴィスは正常ですから安心して下さい。 ・・・ああ、魚はね、・・・土の中や森の中で泳ぐこともあるんですよ・・・気にしなくていいんです」 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 先ほどのアルヴィスの訴えた内容を、中身はどうあれ完璧に回答する辺りは流石だ。 当然だろう、・・・・彼、インガはこのハート城の有能な宰相で、頭はすこぶる賢い・・・・・・・・・・性格はかなり、難ありだが。 アルヴィスが、思わず自分の正気を疑ってしまった世界『不思議の国』へと連れてこられたのは、三日ほど前の事に遡る。 ウサギ耳を付けた、顔だけはやたらにイイお兄さんに手を引かれ、―――――――気がついたらココに居た。 耳や尻尾が生えてるだけで人間と同じ姿のウサギやら猫やらが存在し、魚が土の中で泳ぐメルヘンな世界。 時間が曖昧で、朝の次に夜が来たり昼の後に夕方がきて、またすぐ夜になったりするおかしな世界。 すぐに首を刎ねたがる残酷な女王様が納めるハートの国と、あちこち薔薇を絡ませた変な帽子をかぶった帽子屋がボスなマフィアと、楽しそうな遊園地の経営者が、それぞれの領地拡大を狙って壮絶なバトルを繰り広げている、物騒な世界。 ハートの国の宰相で名前をきちんと持っているインガのような『役有り』と、名前を持たずノッペラボウで顔の無い『役無し』と呼ばれる存在があり。 『役無し』と呼ばれる、彼らはちゃんと命を持っているにも関わらず単なるカードのように、その存在は軽く扱われる。 『役無し』は『役有り』にどんな暴力を受けようと、どんな理不尽な扱いを受けようと・・・・・例えアッサリ理由無く撃ち殺されたとしても、問題視されることは無い。 幾らでも替わりが存在し、固有の役を持っていない彼らの命は紙くず同然の扱いなのだ。 彼らも町の住人で、メイドやら兵士やら、きちんとこの世界で働き生きているというのに・・・・・・。 インガに改めて説明される迄もなく、アルヴィスは一応、この世界の知識を身につけつつあった。 だが、分かっているのと納得するのはまた、別の話だ。 「・・・・・・・・・・・お前、言ってたよな?」 目の前で相変わらずニコニコと微笑む、美形なウサギをギッと睨む。 「俺を幸せにしたいって」 そう。 そう言って、この顔はいいけど頭の中身が頗(すこぶ)るふざけているウサギは自分をこのヘンテコ世界へ連れ去ったのだ。 一方的に。強引に。 「・・・言いましたよ?」 「・・っ、だったら・・・・、・・!!」 アッサリと肯定する涼しい美貌にカチンと来て、アルヴィスは叫んだ。 「なんで俺をこんな姿にしたっ!?? ・・・・俺を元に戻せーーーーーっ!!!!」 白のフリルブラウス。 水色のワンピースに、生成のエプロンドレス。 白と水色のしましまニーハイソックスに、茶色のおでこ靴。 頭のてっぺんに結ばれた、水色の大きなリボンといい・・・・・・・・・腰まで伸ばされた豊かな黒髪を見るまでもなく。 どこからどう見たって、女の子の格好だ。 「なんでこんな格好しないといけないんだ、いいから俺を元に戻せっっっ!!!」 地団駄ふんで叫ぶアルヴィスに、目の前のウサギ男は不思議そうな表情を浮かべた。 「だって、貴方は女の子ですから。女の子なら、当然の格好でしょう・・・・・? まあ貴方ならもっと可愛らしいドレスの方がお似合いですけれど・・・・すぐ用意させましょうね!」 「だからっ、・・!!」 焦れったくなって、アルヴィスは頭のリボンを引き毟るようにして取り去り床に叩き付ける。 アルヴィスが言いたいのは、そんなことでは無いのだ。 「俺は男だっっ!! なのにここで目が覚めたら女に・・・・・っ、・・・お前の仕業だろう!!? 元に戻せーーーー!!!」 この世界へ、連れてこられる少し前に。 いきなり、唇を奪われて何か液体を喉に流し込まれた。 その時に何か、変な感覚がアルヴィスを襲ったのだ。 頭がくらくらして、身体がバラバラになってしまうような・・・・変な感覚。 そして目が覚めたら、髪が伸びていて体つきが幾分細くなり、声だって少し高くなっていた。 怖々、洋服の中を覗いたら、・・・・見覚えのない丸みが胸にあり、・・・・・あるべき筈のモノがあるべき場所から消えていた。 あまりの事態に、脳が考えることを拒否した。 そしてあんまり突然に起きたの環境変化に、精神がそれらのことを考える余裕を無くした。 更に、インガを筆頭に、この世界の奇妙奇天烈・非常識極まる輩たちがこぞってアルヴィスに興味を示しチョッカイを出してきたので――――――――アルヴィスは今の今まで、この直視しがたい現象について問いただす事が出来ていなかったのである。 「こんな格好するのも嫌だし、第一俺は男なんだ、男に戻せ。女になるなんてゴメンだ!!」 何故、こんな場所に連れてきたのか。 そもそも、不思議の国ってなんなんだ。 お前のことなんか知らなかったのに、俺を知ってる風だったのは何故なのか。 なんでお前はウサギなんだ。 ウサギなのになんで人間の姿していて、喋れるんだ。 そもそも、動物の耳が生えてるのなんか生まれてこの方、見たことも聞いたこともない。 ていうか、元の世界へ戻れるんだろうな!!? ―――――――聞きたいことは山ほどあった。 けれど誰も、アルヴィスが納得するような答えはくれない。 混乱し、動揺し、途方に暮れているウチに・・・・・・・・・・・・・アルヴィスはうっかりと失念していてしまったのだが。 そんなことより、どんなことより。 性別の変更。 これこそ、最優先して聞かなければならず、元に戻して貰わなければならない最大重要事項だったのではあるまいか。 今まで、17年間男として暮らしてきたのだ。 今更、こんなびらびらした格好をして、女として暮らすなんて無理だ。 元の世界へ戻れても、男に戻れないのなら人生は真っ暗。 こんな事をしたのは絶対、目の前の色ボケウサギだろうと確信しているアルヴィスは、出逢った時の彼の言葉を逆手にとって、何とか元に戻して貰おうと躍起になった。 「・・・・なあインガ。言ったよな・・・・俺を幸せにしてくれるって。だったらさ、・・・・元に戻せよ。俺はこのままじゃ不幸だ!!」 「貴方は幸せになれますよアルヴィス。幸せになるためには、女の子でなくちゃ」 「・・・・・・・・・俺は、このまま女じゃ不幸だ!って、言ってるんだが・・・・・・・・・・?」 「幸せになるためには、男のままじゃダメなんですから仕方ないですよ。僕は貴方がどっちでも愛してますけどね・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・、」 「でもアルヴィスが女の子にならないと・・・・・・・・」 どんなに顔や声に凄みを利かせても、インガは飄々とした物言いで一向に取り合おうとしてくれない。 青筋を立て、アルヴィスがインガを怒りのままに怒鳴り散らそうと、大きく息を吸い込んだ瞬間。 インガは少しだけ照れたように、白い頬を赤く染め。 微笑を浮かべた唇からサラッと、とんでもないことを口走った。 「僕たちが結婚できないでしょう? 僕は貴方を妻として娶りたいんですから・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」 め と る 。 この長耳変態白ウサギ男は、娶ると言ったか?? 『娶る』という言葉は、『妻として迎え入れる』というのと同義語だと知っていて??? 「だから、結婚ですよ。男同士では無理でしょう? だから貴方を女の子にしちゃいました♪」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「アルヴィス、安心して下さい。僕たちちゃんと結婚できますから!」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 空耳だと、思いたかった。 けれど、どうやらハートの国のお偉い宰相さまは本気らしい。 アルヴィスの目の前には、顔だけは美しく格好良い、ウサギ耳したお兄さん。 白い頬をほんのり赤く染め、真っ白な耳をぴくぴく揺らし、はにかむ姿はウサギらしく可愛らしい気もする。 至る所にハートのモチーフが付いた、メルヘンなお城の中。 赤を基調にした派手なスーツに、大きな時計を肩から提げて。 ウサギ耳の美青年が、嬉しそうに恥ずかしそうに此方を見ているのは―――――――メルヘンな世界ではお似合いの光景だ。 水色のワンピースに、ひらひらのエプロンドレス。 長い髪の少女・・・・・・・が、その場にいるのも似合いなのかも知れない。 けれども、それが元は男な自分で、恥ずかしそうにウサギに求愛?されているのも自分なら、お似合いだなんとどのんきなことは言っていられない。 しかもこのウサギは、持ってる時計を拳銃に変化させ、躊躇無く自分の敵を撃ち殺す残酷さも持ち合わせている。 アルヴィス以外は全て大嫌いだと公言し、アルヴィスと自分以外死に絶えればいいのにとサラリと言うような、とんでもないウサギなのだ。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 怒鳴るのが、先か。 それとも、・・・・・・・・・・・。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 目の前で、ニコニコ微笑む可愛らしいウサギさんに。 アルヴィスは引きつった笑顔のまま、こぶしを握りしめ、ゆっくりと振りかぶった――――――――――。 END ++++++++++++++++++++++ 言い訳。 パソゲー『クローバーの国のアリス』が楽しかったので(笑) つか、それに登場する白ウサギのペーターがすっごいインガっぽい性格だったんでインアルとして設定借りて書いてみました(爆) アルヴィス女の子に・・・・っていう部分は、ねつ造ですけど(笑) でもこの話だと、クローバーの方じゃなくて、ハートの国の方の設定借りたことになるんでしょうか。 ハート、まだプレイしてないので分からないんですけど(爆) 主人公(アリス)が白ウサギさんに連れられてメルヘンな世界へ来ちゃうのって、ハートの方なんですよね・・・。 クローバーは、その続編なので(笑) 勝手な妄想で書いてしまい、申し訳ありません・・・。 でも、ホントにプレイしてたらインガとかぶって、楽しかったですvv インガが、あの狂った世界で生まれて生きていたら。 あんな感じだろうなーと(笑) 狂った世界での常識人は、こっちの世界では非常識になってしまうでしょうから。 アルヴィスに積極的に愛を語る、年上の青年インガ(笑) ・・・・・書いててとても、楽しかったです・・・vv |