『-空色の絶望-』










 ――――――――出さないよ。


 ――――――――此処からキミを、けして出さない。


 ――――――――この青と白の世界で、ボクとキミはずっと一緒にいるんだ。




 ねえアルヴィス。

 ボクとキミは此処でずっと、・・・・ずっと一緒に暮らすんだよ・・・・?









「・・・・いい加減、大人しくして欲しいんだけどな・・・」


 血が滲む唇に軽く触れてきて、薄い空色の髪と瞳を持つ少年が独り言のように話しかけてくる。


「暴れても外れないし、皮膚が擦れて血が出るだけだ。それで痛いと感じるのは、キミにとって少しも利点にはならないと思うんだけど・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「ああそれとも、痛いのが好き? だったらもっと手首の枷(かせ)を締め上げてあげようか・・・・それとも、もっと吊り上げる・・・・?」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「でもそうすると、ヘタしたら血流が止まって手首から先が壊死しちゃうね。・・・・手首がもげたら、ホーリーARMでも元通りに繋げるか分からないから、・・・・勿体ないかなあ。これ以上吊り上げるのも、肩の関節外れちゃうし」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「キミの容姿は、統計的に見て水準以上にキレイだと思うからね・・・・その一部が損なわれたら価値も無くなってしまうかもだし、やっぱりやめよう」

「・・・・・・・・・・・・・・」


 少年は、アルヴィスが黙ったままなのにも構わず、淡々と1人言葉を紡いでいた。

 薄青色の、髪と瞳。
 白い肌。
 どちらかといえば整っていると言えるだろう思慮深そうな面立ちの、外見的にはさほどアルヴィスと変わらぬ年に見える華奢な少年だ。
 けれども彼―――フォルトはアルヴィスよりもずっと年上で、青い空と視界を塞ぐ真っ白な霧、そして夥しい数の墓標で作られた魔法迷宮の世界・・・・『マグリット霊園』の管理人である。

 その魔力もARMの扱いも相当なものであり、・・・・・決して軽んじる事が出来るような相手では無い。


「ねえ、まだ反抗するの・・・・? 大人しくしていてくれるなら、もう少し楽な体勢にしてあげるのに・・・・」


 天井から吊された鎖で、両手首を頭上にまとめたように拘束され・・・・床に付けた爪先で辛うじて体重を支える体勢になっているアルヴィスを見つめ、フォルトは抑揚の無い声で聞いてきた。


「ボクはキミと、仲良くしたいだけなんだよアルヴィス。キミのことを良く知りたいだけなんだ・・・・」


 言葉だけを文字にすれば、友情を深めたいと願う微笑ましいセリフだろう。
 けれど、その声の響きは虚ろで感情は伴っているようには感じられない。

 そして、言われているアルヴィスは拘束され自由を奪われ、満身創痍であり・・・・・とても言葉の内容どおりの要求をされているとは思えない状態だった。

 前を全開にされた上着からかいま見える白い肌は擦過傷で所々血が滲み、鬱血したアザが見られ。
 上着の裾から覗く両足は剥き出しで、黒く乾いた血液と白くこびりついた体液の痕が足首あたりまで伝っているのが見えた。


「こういうことしたら、どういう反応するのかな? ・・・とか。こうしたら、どういう風に感じてくれるのかな? ・・・とかね。キミがどういう反応返してくれるのかが、とても興味有るんだよアルヴィス・・・」


 言いながら、フォルトはアルヴィスの剥き出しになっている太腿へと手を伸ばす。


「!? さ、・・・触るな・・・・っ、・・・・・う・・・、!!!」


 触れられる感触に背筋に冷たいモノが走り、アルヴィスは反射的に身体を捩らせた。
 両腕を吊り上げている鎖がそれにより、更に手首に食い込み、激痛を走らせる。


「こんな場所触るだけで、肌が緊張してるね・・・恐怖を感じてるのかな? 昨日は、色々沢山反応してくれたよね・・・・こっち触ったら泣きながら射精してくれたし、・・・・こっちの方にARMを突っ込んであげたらやっぱり泣いて暴れてくれた・・・・痛いだろうに、最後はちゃんとイッてくれたしね・・・・アレは興味深い反応だったよ・・・・」

「・・・・訳の分からないこと言ってる暇・・があったら、・・・早く俺を解放・・しろ・・・・・っ、・・・!!!」


 自由を奪われ無理矢理に散々強いられた行為を赤裸々に口にされ、アルヴィスは耐えきれずに言葉を返した。
 言っても無駄だと分かりつつ、口を利かずにいられない。


「こんなことして、・・・・タダで済むと思うな・・・・・!!」
 

 生まれたときより、この世界に閉じこめられ此処を管理する役目を負わせられた彼は、その境遇の為か感情というモノが欠落しているらしい。
 そしてそれを本人が自覚して、他者の感情に酷く興味を示しているらしいのだ。

 そしてその研究対象に、何故か自分が選ばれてしまったらしい。

 メルの仲間達と共に、カルデアの異変を救おうと此処、マグリット霊園を訪れて――――――――フォルトと出会い、そして・・・・・アルヴィスだけがこの魔法迷宮の世界へと取り残されてしまった。

 あれからもう、どれくらい時間が経ったのかも定かでは無い。

 気付けば身体の自由を拘束され、好き勝手に反応を引き出され続けている状況である。

 それら全てはアルヴィスにとって耐え難く、酷く受け入れがたい屈辱的な内容だ。
 行為の1つを思い返すだけで、身体が拒絶して冷や汗が吹き出し、息が止まる・・・・・・気を緩めたら絶望感に押し潰されて発狂してしまいそうだった。


「俺はお前の暇つぶしに付き合ってる暇など無いんだ・・・・・!!!」


 視線だけで人が殺せればいいのに、とばかりにフォルトを睨み付ければ。
 薄く透けるような空色の髪と瞳を持ち、外見だけは清浄で純粋そうな少年が無表情のままに口を開く。


「ボクは楽しいけど・・・・? そうだ、昨日の泣いて悦んでるキミを見てたらね・・・・ボクも、すごく性的な興奮を覚えたんだ。だから今日は、ARMじゃなくてボクが挿れてあげるね。そうしたらボクも気持ちよくてキミも気持ちが良くなるよ・・・いい方法だよね」

「―――――・・・っ、・・・!??」


 とんでもない物言いに、アルヴィスは喉を詰まらせた。
 心臓だけが早鐘のように破裂しそうな勢いで打ち付けるのに、息が詰まって何も言えない。
 こめかみを、冷たい汗が伝うのを感じた。

 この表情の無い少年が、冗談など決して言わないことをこの数日でもうアルヴィスは思い知らされている。

 本気なのだ。

 本気で、また、・・・・あのおぞましい行為を彼は行おうとしている。


「また緊張してるね・・・・。平気だよ、ちゃんと挿れられるように解すから・・・・ちょっと血は出るかもだけれど、それは挿れやすくなるから歓迎だよね・・・・」

「・・・・・・・・・・い・・・・や・・・・だ・・・・・・・・、」


 アルヴィスは、自由にならない身体で顔を強張らせながらやっと、それだけを口にした。

 ――――――痛い。ものすごく痛かったのだ・・・・・昨日の行為は。

 身体が二つに裂けるか、内臓が口から出てくると本気で恐怖した。
 どこに力を入れようと、どんなに歯を食いしばろうと耐え難いくらいの苦痛だった。
 思い出すだけで、恐怖に身が竦み吐き気がしてくる。



 あんなのはもう、・・・・・・二度としたくない・・・・・!!!




「ボクにまた、新たな反応を見せてねアルヴィス。ボクはキミの事、とても好きなんだよ・・・・」


 怯えるアルヴィスの顔を、フォルトは強引に両手で固定してキスをしてくる。


「・・・・ん・・・っ、・・・うう・・・・!!!」

「好きだから全部知りたいんだ。身体のことも心の中も、ぜんぶ。・・・・ボクに全てを調べさせてね」


 フォルトは救世主を産み落とした聖母の像の如く、静かな笑みが浮かんだ顔で言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
 けれど、その微笑みに『情愛』というものは存在しない。
 たまたま彼の表情筋が形作った、単なる結果でしかないのだ。

 彼に、人間的な感情というものは存在しない。

 ――――――あるのは、特定のモノにだけ反応する偏執的な好奇心だけだ。



「キミはボクとここでずっと一緒に暮らすんだよ。そして此処で、永遠に死にながら生きればいい。死を持ちながら永遠に生きるという矛盾を抱えて。ボクはそれを見届けるんだから・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・おれを、・・・・かえしてくれ・・・・・!」


 青と白の、魔法で作られた迷宮。
 閉ざされた世界にいるのは、狂った少年と自分だけ。

 誰も入れないし、出て行くことも不可能。

 ゆっくりと時間が経過し、やがてはアルヴィスが恐れていた『永遠に生きながら死に続ける日』がやってきてしまう。


「たのむフォルト!!・・・もう俺を・・・・解放してくれ・・・・・・・・っ、・・・・・!!!!」


 絶望に駆られ、アルヴィスは叫んだ。


「俺には時間がない、・・・・早くファントムを倒さなければ俺は・・・・・・・・!!!」

「タトゥが回りきるよね。ボクはその瞬間が見たいんだ・・・・・それを観察出来たら自由にしてあげてもいいかな。でもそれだと、キミは此処を出て行っちゃいそうだから・・・・やっぱり駄目かな」

「・・・たのむ、・・・から、・・・・・・」

「また泣いちゃったね。それは何の涙? ・・・・・キミの涙腺は壊れているのかなあ・・・・いずれ解剖して調べてみたいね」

「ここから、・・・出して・・・・・・」


 何を言おうとも全く通じない相手に、アルヴィスは悲痛な声で言葉を繰り返す。


「出してくれ、・・・・ここから、・・・・・嫌だ・・・・・出して・・・・・出して、くれ・・・・・・・・・・・・・・・・・」






 それは、波打ち際に作られた砂の城のようだった。

 何度作られても、その都度に波が打ち寄せ、砂をさらっていく。

 決して城が完成し、そのままそびえていることは無い。

 波が寄せる度に跡形もなく城は消え去り、あとには何も残ってはいない。

 やがて城は作るのを諦められ、波だけが打ち寄せる。











 ――――――――出さないよ。


 ――――――――此処からキミを、けして出さない。


 ――――――――この青と白の世界で、ボクとキミはずっと一緒にいるんだ。




 ・・・・・・・ねえアルヴィス。


 ――――――――ボクとキミは此処でずっと、・・・・ずっと一緒に暮らすんだよ・・・・?














「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 悲痛な声も、やがては途絶える。




 残されたのは、――――――――――絶望。



 END

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言い訳。
拍手SSに微妙かなと思ったんですが、フォルアルです(笑)
ゲームやってないんで、あやふやですが(爆)
何となくなゆきののフォルト→アルヴィスなイメージ。
ゲーム設定で、マグリット霊園にアルヴィスだけ監禁されたらこんなかなー?と思い描いて書いてみました(笑)
ホントは、ファントムをラスト付近で登場させちゃおうかなとも思ったんですがね。
拍手SSにはとっても長くなると思ったんで、削除☆
ぶっちゃけ、フォルトったらアルヴィスをヤッちゃってますけど・・・まあそこら辺は微妙に文章濁したつもりです。
拍手SS用なので!!(笑)
でも結構好きなシチュなので、もしかしたら拍手SSから下げる時にでも加筆するかもしれません。
てか、拍手SSで変なの書いちゃってすみません・・・><