『Promise』 ―――――─ずっとずっと、思ってた。・・・怯えてた。 このタトゥが完成してしまったら、どうしよう。 生ける屍になってしまったら、どうしよう。 人間じゃなくなって・・・・皆と同じじゃなくなったら、どうしよう。 だから、その前に。 タトゥが完成してしまう前に、・・・もし呪いが解けなかったなら・・・・。 そう、覚悟してた。 そして今―――――───・・・・分かるんだ。 今が、その時だって。 苦しさに、自然と閉じてきてしまう瞼を無理にこじ開けて。 ジッと目を凝らせば、間近にある端正な顔。 「・・・・・・・・・・・・・」 色素の薄い茶色―――日に当たれば綺麗な金色に光る真っ直ぐな長い髪。 切れ長で、いつも楽しそうな光りを浮かべている青灰色の瞳が、今は昏い色を湛えていた。 いつもは陽気な言葉を絶えず発している口許も、ギュッと引き結び、黙りこくったまま。 「・・・ナナシ・・・・・」 枕元に座り込み、黙って自分の顔を見下ろしている男の姿に、アルヴィスは小さな声で呼びかけた。 パチ・・と、傍の焚き火の薪が爆ぜて音を立てる。 真っ暗な夜空をバックに、ナナシの薄茶の髪が焚き火に映えて、とてもキレイな色をしていた。 「アルちゃん。気付いたんか・・・・気分はどう?」 「・・・へいき」 気遣って掛けられた言葉に頷いて、アルヴィスは口を開いた。 「・・・皆は?」 「奥で寝てる。・・・・自分が見張り役やから、アルちゃんも安心して寝ててええよ」 「―――――そうか」 身体が怠くて、息苦しい。 本当は、言葉を紡ぐのも億劫だった。 けれど、言わなくては。 タトゥが再び痛み出し、我を忘れて藻掻き暴れてしまう前に―――――言わなくては。 アルヴィスは、ナナシの顔をジッと見つめながら、静かに口を開いた。 「・・・頼みがある。ナナシ・・・・俺を、殺してくれ」 「!?」 言った瞬間、ナナシが切れ長の瞳を大きく見開くのが見えた。 だが、構わず先を続ける。 驚かれようと拒絶されようと・・・・願いを叶えて貰わなければならないのだから。 「・・・分かるだろ・・・俺はもう、駄目だ。俺は・・・生ける屍になどなりたくない・・・・」 覚悟してた。ずっと思ってた。だから・・・・殺して欲しい―――――そう訴えれば、ナナシは顔を強張らせたまま、ゆるゆると首を横に振った。 「あかん。あかんよ、アルちゃん・・・・それは、あかん」 「・・・・俺なんか殺すの、後味悪いかも知れないが・・・・頼む」 だってもう時間が無い。だから・・・お願いだから。 「あかん、て。・・・・出来んよ・・・」 だが、ナナシは頑として首を縦に振ろうとはしなかった。 「・・・ナナシ・・・・」 すんなり承諾してくれるとは、思わなかったけれど。 でも、どうしても『彼』に頼みたい。 「―――――俺は、どうせ死ぬならお前に。ナナシに・・・殺して欲しいんだ・・・・」 それが、本心。 本当なら、自分で死ねるなら・・・それが一番だと思う。 でももう、今の自分では死ねそうも無い。 誰かに頼むしか、方法が無いのだ。 だったら・・・・・せめて。 自分が好きだった人の手で―――――死にたいじゃないか。 頼まれる側としては、後味悪くて嫌な思いをするだろうけれど。 「ナナシ、・・・・・」 アルヴィスが何とかナナシに頷いて貰おうと更に口を開こうとした時。 「―――――アルちゃん、早まらんといて?」 ナナシがアルヴィスの手を、両手で包み込むように握ってきた。 「・・・・自分な―――」 そして、酷く真面目な面持ちで躊躇うように口を開く。 「――――・・・自分、アルちゃんのこと好きやねん」 「・・・・・・・・・、」 言われた瞬間、心臓が跳ねた。 ナナシは更に言葉を続ける。 「・・・呪いとか世界救うとか、アルちゃん抱えてるモノ一杯いっぱいで、そんなん考えてる暇無いわ・・って思っとるやろけど。―――――好きやねん」 その大好きなアルちゃん殺せなんて・・・・そんな酷い事、言わんといてくれる? そう言って、まるで願いを捧げるかのように握った手に額を押しあててきた。 サラサラと薄茶の髪が流れ落ち、額を押し当てられた指に触れる。 強く握りしめてきた手は、何故か震えていた。 「アルちゃんの身体は・・・・アルちゃんだけのモノやあらへん。お願いやから・・・・そんな風に言わんといて?」 「・・・・・・・・・・・・・・」 神に祈りを捧げるかのように、真摯な想いが篭もった声でそう言われ―――――何も、言えなくなった。 彼が、そんな事を言ってくるなどと、想像もしていなかった。 完全な片思いだと・・・・思っていたから。 「・・・・・・・・・・・・・」 だって。 彼はいつだって自由で――――大地や海を自在に吹き抜ける風のようで、誰にも囚われず捕まえられる事無く、自らの意志の赴くままに世界を飛び回る。 その自由さに、奔放さに、・・・・憧れていた。 幼い頃より呪いに苦しめられ、世界を救うことのみを頑なに願ってきた自分とは、まるで正反対の存在である、彼に。 彼が風であるのなら、アルヴィスは恐らく朽ち果てる寸前にある、道ばたの雑草だろう。 大地にしっかりと根を下ろし―――――決してその場を動けない。 風に誘われようとも、揺らぐだけで少しだって動けないのだ。 そして、その全身は病に冒されて、枯れるのをただ待つのみ。 僅かばかりの二酸化炭素を浄化して・・・世界に酸素を供給し―――――枯れていくだけなのだ。その運命を、悲しいと思ったことは無いけれど。 ―――――草は、風と共には行けない。共にいきたいと揺らいでも・・・動けはしない。 「・・・そうだな」 アルヴィスは、そっとナナシの言葉を肯定した。 「俺の身体は・・・・俺の身体であって、俺だけのモノじゃないな・・・・腹立たしいことに」 「アルちゃん・・・」 「俺はもうじき、ファントムに―――――支配される。身体も、心も・・・支配される」 ―――――そしてギンタ達やお前の事も・・・・分からなくなってしまうんだ。 「・・・俺にはもう時間がない。だけど、でも、・・・どうしても」 せめて、ナナシ。お前のことを忘れてしまう事だけは嫌なんだ――――そう告白してアルヴィスは握られていた手を引き抜き、すぐ傍にあるナナシの頬に触れた。 「だから、・・・殺してくれ」 「・・・アルちゃん」 酷な事を言っているのは分かっていた。 仲間を殺せなど、言われてはいそうですかと殺せる訳では無い事も。 けれどもう、そんな事を配慮している余裕はアルヴィスには無いのだ。 「頼むから・・・」 心までも支配され――――ただひたすらにファントムを求めるようになる前に。 ファントムを求める自分など誰にも・・・特にナナシには死んだって見せたくなかった。 幼い頃に所有の烙印のように穿たれた、ゾンビタトゥ。 その呪いは強力で、侵蝕するたびに全身を駆けめぐる激痛だけでは飽きたらず、精神までをも侵してくる。 首筋を這い頬にまで伸びてきたタトゥの威力は絶大で、今はもう常に気を張っていなければ、アルヴィスは自分がどうしてファントムの傍に居ないのか疑問に思ってしまうほど―――――──神経が冒されてきているのだ。 そして、左胸に食い込んでいるゴーストARMが、尚更にその効力を強めている。 今、この時にタトゥが完成しても、少しもおかしくない状況だった。 それだけは、―――――───嫌なのだ。 だから。 だから、早く・・・・・俺を殺して。 「・・・もう、今の段階で・・・・結構アイツの事が憎めなくなってきてるんだ・・・」 「!!」 そう白状したら、ナナシが息を詰めるのを感じた。 『アイツ』がファントムの事を指すのだと、分かったのだろう。―――――それでいい。 もう時間がないのだと理解してくれれば、それで。 本当にファントムを求めてしまう前に、この命を絶ってくれさえすれば。 「・・・気を緩めると、何故俺の傍にアイツが居ないのかと・・・そういう気持ちさえしてくるんだ・・・だから、」 「アルちゃん!」 突然、言葉を遮るようにナナシが腕を伸ばして来てアルヴィスの上体を抱き起こし、そのまま強く抱きしめてきた。 「大丈夫や・・・大丈夫。絶対、ファントムの元へなんて行かせんよ? 自分が必ずアルちゃんを守るから―――――そんな悲しい事、言わんといて」 「・・・・・・・・・・・ナナシ」 端正な顔が、間近。 いつも明るく楽しそうな笑みを浮かべている男が、眉を寄せ今にも泣きそうに顔を歪めて、此方を見つめていた。 ―――――─そんな表情、見たことが無い。 「・・どうして・・・だ?」 知らず、口にする。 だって、自分たちは単なる仲間で。 ギンタを通じて知り合っただけで。 ナナシはルベリアのボスとして、殺された部下達の敵が取りたかっただけで。 自分は、クロスガードのメンバーとして、呪いを解きたくて、メルに参加して。 お互い、目標は同じだけれど、理由は違う。 メルのメンバーとして、心配してくれるのは分かる。 でも、このタトゥは特殊なものだし、もはや救いようのないシロモノであるのは明らか。 ウォーゲームは終了しているのだし、ファントムも一応はメルヘブン征服を諦めている状態のようだし―――――──皆やナナシがもう、戦う理由は取り敢えず無くて。 自分とドロシーだけしか、戦う理由は無い筈なのに。 「・・・・見捨てられても、おかしくないだろ・・・俺」 こんな状態では、もう戦えないし。 タトゥが完成してしまったら、意識すら失われて、また皆を襲う危険性だってある。 厄介なだけの人間じゃないか―――――─殺してしまった方が、世のためじゃないか。 「大体、俺が好き・・・だなんて・・・冗談も、」 大概にしろ―――――そう言う前に、その言葉はナナシの唇に吸い取られた。 「!?」 後ろから項を片手で掴むように固定され、強引に唇を押しつけてくる。 「ナナ・・ん、ん・・・っ、」 自分が熱っぽいせいか、冷たい感触が気持ち良かった。 ナナシの意外に長い睫毛が伏せられているのを見て、反射的に目を閉じる。 「んう・・?」 息苦しさに解けた唇の間から、ナナシの舌が入り込んできて口内へと差し込まれた。 舌先が触れ合い、絡め取られ・・・・貪るように長々と口づけられる。 「・・・・・ん・・・・・・っ、」 低い体温が心地良い。 他人の唾液が甘いのだと、初めて知った。 唇が離されないまま必死に呼吸すれば、鼻に掛かる声が漏れ出て、アルヴィスはゾクリと背筋を震わせた。 キス、されている。 挨拶のキスなんかじゃなくて。 本気の、・・・・口付け。 ウォーゲームで勝利するたびに、夜な夜な催された宴会でいつも女達と遊んでいた彼を思い出すけれど。 休みともなれば、ナンパや!と嬉々として出掛けていった、彼が思い浮かぶけれど。 女の子大好きやねん!と囲んできた女達にヘラヘラと答えていた彼の事が沢山思い出されたけれど。 ―――――───唐突に、ナナシが本気なのだと悟った。 「・・・信じて? 自分、アルちゃんの事ホンマに好きや」 唇を離した途端、ナナシはアルヴィスを抱きしめたまま、言う。 「―――――─最初はな、単にキレイな子やな・・・ってだけ思っててん、」 そう続け、ナナシは静かに話し始めた。 頭身の高い、小さな顔。 女がうらやむような、シミ1つ見当たらない真っ白な肌はスベスベで。 猫を思わせる少し吊り上がり気味の大きな瞳は睫毛バサバサで、色がこれまた素晴らしい鮮やかな青。 鼻筋も通っているし、小さめで薄い唇も形良く―――――全体的な配置バランスも完璧。 蒼く濡れたような色合いの黒髪と、白い肌のコントラストも見事。 黙っていれば息をしているのが不思議なくらいの、ビスクドールそのものみたいな奇跡の美少年。 ―――――──お人形さんやな、まるで。 そう思ったのが、ナナシのアルヴィスへの第一印象だった。 そのお人形のような美少年は、その気の強そうな印象のままというか、そうであって欲しくなかったという希望をぶち壊してくれたというか、・・・・何にしろ、その年にしては酷く大人びていてクールで、とかく他人との距離を置きたがる性格だった。 なまじ外見がキレイだから、小憎らしい事この上ない。 だからナナシも最初は、顔こそキレイなものの、几帳面で面白みが無くしかも性格のキツイ少年――――というイメージが拭えなかったのだが。 アルヴィスの、全身に絡まるように穿たれた赤黒いタトゥ。 その意味を知った時・・・・彼がどんなに切なる想いを込めて、ギンタを召喚したのかを悟った時―――――─ナナシの中で、何かが変わったのだ。 幼い頃より呪いを掛けられ、それに屈する事無くたった1人で、その激痛と苦しみに耐えてきた少年。 助けを乞う事も、投げ出す事も無く、・・・・たった1人で。 けれどアルヴィスに残された時間は、あと僅か。 呪いが全身に回ったら―――――アルヴィスは悪魔の元へ永遠に連れ去られてしまう。 最初逢った時から目を奪われていた、お人形みたいにキレイな子は永遠に闇の中へ。 そう考えたら、言いようのない憤りに、全身が震えた。 自分の身がどうなろうとも、がむしゃらに奪い返したい衝動に駆られた。 それは単なる仲間意識だとか、保護欲だとかでは無く。 初めて、己の中にある、独占欲に―――――─気が付いた。 魔法を掛けられてしまったお姫様の、呪いを解くのは自分で無ければならないのだと・・・ギンタやアラン、他の仲間達ではなく、自分の手で助けたいのだと―――――そう思った。 「・・・奪われた無いって、思ったんや。行って欲しないって、思った」 アルヴィスを抱きしめながら、ナナシは低い声で言う。 「ホンマは・・・多分逢ったときから惚れとった。ずっと・・・諦めよ、好きになったらあかん思てきたけど・・・・でもやっぱり自分、耐えきれん」 「・・・ナナシ・・・」 切れ長の瞳が、真摯な光りを帯びてアルヴィスを見つめた。 「――――アルちゃん居なくなんのは、嫌や」 ・・・やから。殺せなんて惨いこと、言わんといてくれる? そう言ってナナシはまた笑みを浮かべた。 悲しそうな・・・今にも泣き出しそうな顔で。 「ナナシ・・・・」 何故か、その表情を見るとアルヴィスは胸が痛くなった。 嬉しいような――――悲しいような。 何とも言えない、・・・・切ない気持ち。 その気持ちのままに、アルヴィスは自分からナナシの首へと腕を回した。 頬を肩口に寄せ、ギュッと抱きつくように腕に力を込める。 「―――――─俺を殺せば・・・俺は永遠にお前のモノだぞ・・・?」 「・・・・・・・、」 ナナシが、息を詰めるのが感じられた。 「・・・・すごい、殺し文句やね・・・」 ナナシの口から苦笑が零れる。 それは、なんて強い誘惑。なんて甘美な囁き。 「―――――俺は永遠に、お前のモノでいたい・・・」 なんて激しい告白。・・・けれど。 「駄目や、アルちゃん」 そう言って、ナナシはアルヴィスの身体を少し引き離し・・・顔を覗き込んできた。 「自分、・・・諦め悪い男やねん。最後まで足掻いてあがいて、絶対呪い解いたるから」 「・・・・・・・・でも、」 「もし駄目なら、そん時は・・・そん時こそはアルちゃん殺して・・・自分も後追ったるから、安心しとって?」 安心させるように笑って、ナナシはアルヴィスにそっと口づける。 「自分とアルちゃん、ずっと一緒や!!」 「・・・・・・・・・・」 ナナシを見つめるアルヴィスの瞳から、ポロリと一滴涙がこぼれ落ちた。 嬉しいのに・・・・喉元まで何かが込み上げてきて、言葉が出ない。 ありがとうと、俺も同じ気持ちだと伝えたいのに―――――声が出なかった。 「・・・・・・・・・・、」 早く言わないと、ナナシが誤解するかも知れない。 嬉しいのに、違うと思ってると考えてしまうかも知れない。 「・・・・・・・・・・・」 焦るのに、言葉がなかなか出なかった。 代わりに涙ばかりがポロポロと零れてくる。 「アルちゃん・・・・泣かんといて。自分が絶対、守ったるから」 「・・・・・・・・・・」 ナナシが唇で、涙を拭うように眦にキスをしてきた。 触れられた箇所から感じる、温もり。 アルヴィスは酷く安らいだ心地になって、目を閉じた。 「・・・・・・・・・・・・・・」 そしてまた、ナナシの肩口に顔を埋めるようにして抱きつく。 言いたいのに、伝えたいのに、・・・言葉が出ないのは。 それはきっと―――――果たされてはいけない約束だからかも知れない。 自分を蝕む運命は、恐らく止められないだろう。 その時、・・・・・やっぱり彼には生きていて欲しいとアルヴィスは思うのだ。 自分なんかと、運命は共にしないで欲しいと・・・・切に思う。 でも、アルヴィスが一緒に生きたいと思えるのは、ナナシだけだから。 もしも呪いに打ち勝つ事が出来たなら―――――─彼の元へ帰りたい。 それも・・・・本当。 ―――――─俺が命を絶つ時は・・・絶つ瞬間までも、お前を想うよ。 ・・・・・たとえ、精神が侵されて何も分からなくなったとしても。 ―――――それでもきっと、お前を想うよ。自由で風みたいな、お前を想うよ。 「・・・ナナシ・・・・・ありがとう」 それだけを、アルヴィスは口にした。 好きだ、とも。 守る、との言葉にも、何も返さず。 ただひと言、ありがとうと口にした。 己を侵す呪いは強力で。 解放される確率は限りなく低く。 ましてもう、時間が無い。 そんな状態では―――――─・・・・約束が果たされるのは、奇跡だろう。 だから、自分のエゴなのかも知れないけれど、約束はしない。 自由な彼の時間を、自分が止める事だけは・・・したくない。 彼にはいつまでも自由に、風のように生きていて欲しい。 そんな彼に・・・・アルヴィスは憧れたのだ。 彼を、『俺も好きだ』という言霊でだけは―――――縛りたくない。 だから、言わない。 心の内は、明かさない。 想ってくれているだけで・・・・・もう死ねるくらいに幸せだから。 「・・・ナナシ・・・ありがとう」 強く抱き締められ、抱きつきながら。 アルヴィスはその言葉だけを繰り返した―――――───。 「おいで・・・・アルヴィス・・」 銀髪の悪魔に手を差し招かれ、黒髪の少年は一瞬抗うように顔を歪めた。 けれど強引に手を取られ、その身体を抱き締められる。 細い顎を捉えられ、唇を重ねられそうになるのを必死な形相で避けようとする少年を、悪魔は紫水晶を思わせる蠱惑的な瞳で面白そうに眺めた。 「キスは嫌? ・・・まだ洗脳がうまくいってないのかな・・・・それとも他に、キスしたい人でもいるの・・・?」 「・・・・・・・・・」 その言葉に、ピクリと少年が身体を震わせる。 「ふ〜ん・・・そうなんだ?」 悪魔がその秀麗な顔に、酷薄な笑みを浮かべた。 そして、手にしていた鎖をグイと強い力で引く。 太い鎖は少年の細い首に填められていた首輪に繋がれており、自然、アルヴィスの身体は更に悪魔――――ファントムに引き寄せられて、少年は息苦しさに顔を顰めた。 「アルヴィス君、僕に無断でそんなヤツ作ったの・・? 許せないね」 「・・・・・・・・・!」 悪魔が発した声の冷たさに、少年は息を呑む。 顔は笑みを浮かべているのに、目が笑っていない。 視線だけで人を凍らせてしまえそうな、氷そのもののような冷気を放っている。 「ねえ誰? ギンタ? それとも・・・あのナナシとかいうヤツ? まさかアランじゃないよねえ?」 悪魔は次々と少年の仲間達の名を口にした。 ここで悟られる訳にはいかない・・・・知られたら間違いなくこの悪魔の手に掛かってしまうだろう・・・そう考えて少年は唇を噛み締めた。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 「そんなヤツ許せないから―――――僕がこの手で引き裂いてしまおうか。それとも、死なない程度にちょっとずつ切り刻んで、最後はミンチにしてしまおうか。最初は皮膚を全部剥いで、それから肉を削いでいって・・・それから筋肉を切り取るでしょ、そして骨を・・・ああ、その前に出血多量で死んじゃうかなァ? フフ・・・それとも、重たいガーディアンでも召喚して・・・押し潰してしまおうか?」 きっと、豚肉のケチャップ煮みたいな色に染まりながらペチャンコだよね―――――──楽しげに悪魔が残酷な処刑方法を口にする。 「・・・・・・・・・・・・・・」 少年の繊細に整った顔が、みるみる間に青ざめた。 それを見て、悪魔がこの上もなく嬉しそうに笑う。 「ふふっ・・・・ねえ、アルヴィス君。僕にキスして」 「・・・・・・・・・・・・・」 「上手に君から僕にキス出来たら、・・・・余計な詮索はしないでおくよ」 「・・・・・・・・・・・・・」 「君の心は、僕のモノという証にキス出来たら・・・ね?」 「・・・・・・・・・・・・・」 少年は諦めたように目を閉じ―――――そっと背伸びをして悪魔の形良い唇に自分のそれを押しつけた。 服従の証。 「・・・・・・・・・・・・・・」 彼との初めてのキスを思い出す。 あの時はもっと、心が跳ねて・・・気分が高揚した。 けれど今は、・・・・もう。 「・・・・・・・・・・・」 唇を離して、悪魔を見上げればとても機嫌の良さそうな顔をしていた。 「・・・良くできました。アルヴィス君はもう、僕のモノだよね?」 「・・・・・・・・・・」 頷かなければ従わせようと、また無理難題を言ってくるのだろう。 そう思い、アルヴィスは無表情なまま顔を俯かせるようにして、頷いた。 「イイ子だねアルヴィス君。僕は君が大好きだよ・・・」 「・・・・・・・・・・・・・」 大人しく抱き締められたまま、アルヴィスは薄茶の長い髪をした、『彼』の事を思い浮かべる。 風のように自由で奔放、・・・・そして明るくて気さくで、一見とても軽薄そうな・・・・・けれど実際はとても情熱的で真摯な心を持った男。 憧れていた――――大好きだった。 その彼に、好きだと言って貰えた。 「・・・・・・・・・・・」 それだけで、充分だとアルヴィスは思う。 たとえ想いは叶わなくても―――――それだけでいいと、本気で思う。 その想いだけを胸に、・・・死ねる。 首に填められた枷も、鎖も自力では外せない。 だから、何処かに逃げる事は出来ない。 でも、鎖と枷があれば―――――─命は絶てる。 人目さえ避けられて、数分の時間さえあれば・・・・・・扉の取っ手に鎖を引っ掛けてでも、死ぬ事は可能なのだ。 ―――――─このまま、悪魔に身を委ねる事だけはしない・・・・・・。 彼のことが、分からなくなってしまう前に。 この恋心を消されてしまう前に。 せめて、お前のことだけを想って―――――そのまま、逝かせて。 「・・・愛してるよ・・・」 「・・・・・・・・・・俺・・・も、です」 偽りの囁きに偽りの答えを返して。 銀色の悪魔に抱き締められたまま、青灰色の眼差しを想い浮かべ――――アルヴィスはゆっくりと目を閉じた。 ―――――──俺は永遠に、お前のモノでいたい。 それだけは、伝えられて良かった―――――──そう思いながら。 ++++++++++++++++++++ 言い訳。 アニメルのクラヴィーア編、アルヴィス浚われる直前くらいの話(の捏造です)。 ゆきの初書きの本格的なナナアル(爆) 最後にトム様が出張ってるのは、・・・・ファンアルLoverなのでお許しを(殴) やっぱり書きやすいんですよねーファントム(笑) でも、アルヴィスが想ってるのはナナシです。 この後、色々あって、最後はナナシの元へアルヴィスは戻れる事でしょう。 ・・・・アニメル沿いのままで行けばネ(爆) 両想いですからね、ラブラブですよ戻ったらvv (でも、アルは少しだけトム様にも靡けばいい・・・そしてナナシを不安に陥れて やればいいと思いますよ(笑) いや、結局はラブラブですけどねナナアルで) 関西弁間違ってたらスミマセン(汗) 多分間違ってますいや絶対。でも・・・わかんないですお許しを(泣) |