『歪な幸福論』(ファン×アル←ロラン視点)










―――――─ファントムは歪んでいる!

―――――─何故、それに気付かない!?






 そう言って、自分の事を糾弾した彼。

 ファントムに選ばれ、ファントムに望まれて洗礼を受けた彼なのに。

 永遠を拒み、ファントムを否定し、自分たちの思想は理解できないと忌み嫌った。




 その彼が―――――今、ファントムの傍に居る。

 一時も離れたくないと言わんばかりに、玉座に座るファントムの足下に縋り、ペットのように膝に頬を寄せ幸せそうに目を閉じている。
 銀髪の主はその少年の黒髪を時折優しく撫でてやり、彼のしたいままにさせていた。
 彼の頭を撫でるファントムの端正な顔は、近しい者で無くともそれと分かるほどに機嫌の良い笑みを浮かべている。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 その光景は、何度見ても酷く違和感があり不自然に思えて―――――─ロランはそっと、二人から目を逸らした。








 ファントムを、自分たちチェスを頑なに否定し、拒絶した彼・・・アルヴィスがレスターヴァ城へと連れてこられたのは今から数ヶ月ほど前の事である。
 二度目のウォーゲームの決着が付いた、直後だった。

 ARMを奪われ身体を拘束され、アルヴィスはファントムの元へと差し出された。
 タトゥに全身を侵蝕され激痛に苛まれながらも、アルヴィスはファントムへの抵抗を諦めなかった。
 甘い誘惑の言葉や絶望を煽る囁き、今にも完成してしまいそうな不死を約束する呪印にも屈せず、アルヴィスは耐えた。


 そんな彼が壊れ始めたのは、ある人間の首を見せられた時からである。

 血の気を失い、造り物めいて見える、斬首された人間の頭部。
 それは、―――――かつての彼の仲間の顔をしていた。
 それまで頑なにファントムを拒み、努めて無反応でいようとしていたのだろう彼の態度が、一変した。
 悲痛な、悲鳴に近いような呻き声を上げ。

 ファントムお気に入りの大きな青い瞳を更に大きく見開いて―――――ぽろぽろとキレイな涙を沢山零した。見ている方が胸が痛くなるほどの悲しみようだった。

 その彼の反応が、ファントムはいたくお気に召したらしい。

 次の日から、どんどんどんどん、彼の仲間達や見知った者の処刑を命じ始めた。
 そして、必ず、死体をアルヴィスに見せるのである。
 それは切断された頭部だけだったり、引きちぎられた上半身だったり、肘からしたの腕のみだったりと多種多様だったが、どれもそれが誰だったかが判別出来るような部分だった。

 彼はそれらを見せつけられるたびに、悲壮な顔をして目の前の光景を拒絶するかのように首を力無く横に振っていたが―――――─やがて、何を見せられても反応せず、頭を抱えて牢の隅で蹲るようになっていった。

 牢の隅で身体を震わせながら、食事も取らず夜も寝ない。
 そんな様子のアルヴィスを、ファントムはただじっと彼の状態を伺うだけで何もしなかった。彼を甘やかす事の好きなファントムには酷く珍しい事だったが。
 アルヴィスはどんどん窶れ、衰弱し――――・・・・そのままタトゥが完成する前に死んでしまうかと思われた。




 そして―――――─もはや頭を抱えることもせず、ただ虚ろな瞳で床を眺め、死を待つだけになってしまったアルヴィスに、ようやくファントムは手を差し伸べたのだ。
 ホーリーARMによる、癒しの力と共に。







―――――─怖いんだね・・・・大丈夫、僕がいるよ。

 アルヴィス君の傍には、僕がいる。もう絶対に、離さないから大丈夫―――――─






 自分の大切だった者達が、根こそぎ奪われた事による喪失感からくる恐怖なのか。

 それとも、自分の意識を侵蝕していく呪印の効力への恐怖なのか。

 衰弱し、もはや逆らう意志すら保てていなかったのか。



 それはロランには判別できなかったが、差し伸べられた手をアルヴィスは・・・・取ったのだ。

 精神的にも肉体的にも、彼はもう限界だったようである。
 それからファントムは三日三晩、彼を抱いた。

 精神的に参ってしまっている彼の、なけなしの思考を全て奪い去るかのように自室に閉じこめ、アルヴィスを完全に壊した。

 彼の頭にはもう、命より大切だと言い放ったメルヘブンの事も・・・あれ程に衝撃を受けた筈の仲間達の死も・・・彼を今まで形作ってきただろう全てのモノは、何も残っていないだろう。



 全て壊れた――――・・・意志も記憶も、心すらも。







 そうして今。アルヴィスは片時もファントムから、離れたがらない。

 ロランが再びファントムの方へ目を向ければ、チェスの司令塔はちょうど玉座から立ち上がる所だった。
 けれどファントムが少し彼から身を離しただけで・・・・・アルヴィスは必死にファントムの服の裾を掴み、縋るような目で顔を見上げる。

「どこいくの・・・?」

 かつての美しいが剣を帯びた表情は微塵も伺えない、雨の中うち捨てられた子猫のような不安そうな瞳で、ファントムを見上げていた。

「おいてかれるの、や! おれも、いく」

 幼い仕草に相応しい、まるで小さな子供のような物言い。
 今のアルヴィスは身体だけ成長してしまった、赤子のようなモノである。
 全てを壊されてしまったから―――――最初に擦り込まれた『対象』のみを慕う。
 白紙に戻されてしまったアルヴィスを、ファントムはただ、己への依存度のみが強まるように教育した。

 ファントムが居なければ、駄目。ファントムが居てくれる事こそが、全て。

 だからアルヴィスは常に彼を追い・・・・傍に居る事に執着する。それが、彼にとっての存在意義なのだから。

「ああ、大丈夫だよ・・・アルヴィスを置いてはいかないよ」

 そんな彼にファントムは破顔し、宥めるようにまた頭を撫でてやる。

「アルヴィスは、僕がいないとダメなんだもんね。・・・よしよし・・・いい子だね」

 ファントムに頭を撫でられ、アルヴィスが嬉しそうに目を閉じた。
 今の彼の頭の中には、ファントムしか存在しないのだ。
 彼が全て。ファントムだけが―――――大切。そういう風に、ファントムが仕込んだから。






―――――─ファントムは歪んでいる!

―――――─何故、それに気付かない!?

―――――─お前に与えられているのは、愛情なんかじゃない!!






 そう、叫んでいた彼を思い出す。

 人形のように整った、けれども人形にはほど遠い、気高くも激しい気性を持った彼。
 毅然として永遠への誘惑を突っぱね、世界の為などという大義名分の為に命を懸けて―――――──戦っていた彼。

 でも彼は、それで幸せだったのだろうか。

 彼の仲間達は、彼の幸せそうな笑顔を見たことはあったのだろうか。

「・・・・・・・・・・・・・」

 今のような―――――満たされた、至福そのもののような、彼の笑顔を。

 ファントムに抱きしめられ、幸せそうに嬉しそうに・・・微笑むキレイな顔を。

 年相応に幼く見える、無邪気で可愛らしい・・・屈託のない笑い顔を。





―――――─見たことなど、無いに違いない。





 だって、今の彼は。

 何も考えなくていいのだ。ファントムの事以外、何にも。

 ファントムに愛され、抱かれて至福の時に包まれるだけで、他には何も。

 ただ笑って、幸せに過ごせばいいのだ。

 今の彼の方が、前よりずっと・・・幸せな筈。

 アルヴィスは、壊れて良かったのだとロランは思う。
 壊れたからこそ・・・幸せを手に出来たのだ。
 そしてファントムも、そんな彼の幸せをこそ望んでいる。
 アルヴィスの幸せはファントムの幸福なのだ。









―――――─ファントムは歪んでいる!







 なのに。

「・・・・・・・・・・・・・・」

 目の前の光景に、酷く胸がざわついて、ロランは前を正視出来なかった。

 違和感がある。





 あんなに拒絶していたのに。

 あんなに嫌がっていたのに。






 そう、目の前で、彼が敵意を剥き出しにしていたチェスの司令塔に懐いている少年に・・・言ってやりたかった。




 ファントムが大切。ファントムが全て・・・それは、ロランとて同じだったけれど。

 ファントムが嬉しければ、ロランも嬉しい。

 ファントムの願いは、自分の願い。

 目の前のファントムは、今とても幸せそうだ―――――ならば、自分だって幸せな筈。

 なのに。

 目の前で幸せそうに微笑む二人の姿が、歪んで見えるのは何故だろう?
 ファントムの見慣れた端正な白い顔も、アルヴィスの人形めいた綺麗な顔も・・・・どちらも歪み霞んでいく。




「・・・・・・・・・・・・・」

 目頭が、何故か熱く感じた。


 壊れたのは、彼。
 壊れて幸せを手に入れたのは―――――彼。





「・・・・・・・・壊れてしまいたい」

 ポツリと、無意識に呟く。

 相手の意志を奪い強引に自分の物にすることは、確かに歪んだ行為なのだろう。
 憎悪していたのに精神を壊され、愛するようになってしまうことは、歪められたといえるだろう。
 でも―――――─歪んでいたとしても、アルヴィスへのファントムの行為は、紛れもなく彼への愛。





―――――─お前に与えられているのは、愛情なんかじゃない!!





「・・・そうですね。貴方へ与えられているものこそが、そうなんだろうと思います・・・」

―――――アルヴィスへ与えられているファントムの感情こそが欲しいと思う。
 決して与えられないと知っていながらも、求めて止まず・・・いっそ壊れてしまえば愛して貰えるのでは無いかと儚く望み続ける事もまた、歪んでいるのかもしれない。

「・・・・・・・・・・・・・・」

 自分が欲しいのは、彼の歪んだ愛情こそ、だから。






―――――─ファントムは歪んでいる!

―――――─何故、それに気付かない!?






「・・・気付かなかったんじゃないんですよアルヴィスさん・・・・」

 幸せそうにファントムに抱きついている少年を見ながら、ロランは低く囁いた。

「私も歪んでるから―――――─、それでいいんです」

 歪みきった世界では、歪んでいるモノこそが正常。

 正しさなど、誰も必要としていない。

 だってほら。目の前の二人は、あんなに幸せそう。





 あんなに永遠を、ファントムを否定していた貴方なのに、今は幸せなんでしょう?

 壊れてしまえば、歪んでいても気にならないんでしょう・・・?





 自分も壊れてさえしまえば―――――彼の幸せこそが、己の幸せなのだと、それだけを思えるようになれれば・・・・幸福になれるから。
 歪んだ心で、本当の望みが見えないようにさえ、してしまえれば。

 全てが歪んだ世界では、歪んでいる事こそが幸福の証。

 だから、全て歪んでしまえ。

 壊れてしまえ。

 自分も彼も、・・・・何もかも―――――───。











end

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言い訳。
なんだかものっそい暗い話になりました(爆)
でも、別にダークな嫉妬に狂ったロランが書きたかった訳じゃないのです。
単に、トム様がアルヴィスを壊してしまって。
そんでもってその壊れちゃったアルちゃんが、トム様にベタベタ懐いて
それをトム様が更にベタベタに甘やかす――――って場面が書きたかった
だけです(爆)
この設定でのファンアルなら、
「鬼ごっこしよっか。僕が鬼だから逃げてアルヴィス!」
「じゃにげるから、つかまえて!」
「ほら早く逃げてアルヴィス。・・・捕まえちゃうよ・・?」
「やだー!」
フフフアハハ・・・・!!!な世界もイケルと思います(寒っ!)
ほら、二人とも壊れてますから(笑)
アルは壊されちゃったし、トム様は元々・・ね?(殴)