『イミテーション−LOVE−ドール』  by ゆきの 茉理−Forbidden Lover Extra− 















「・・・・・・・はあっ!??」


 研究所内にある、豪華な接待室に呼び出され。
 いきなりに打ち明けられた話の後、続けられた言葉に―――――――アルヴィスは、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


「だから〜〜、適役はアンタしか居ないのよう!」


 これがどんなに重大な事項かは、さっき説明したわよね・・・?

・・・・などと、目の前のピンクの髪した白衣姿の女が尚も繰り返してくるが、それで納得できる筈も無い。


「・・・・・・・重大事項というか、問題なのは俺にも分かるが・・・・・・・・」


 知能システム科学研究専門であるこのラボ(Laboratory−研究所)は現在、人間そっくりのロボットを作り出すという技術研究を行っている。
 まだ試作段階だがそれなりに成功し、数人のモニターにロボット・・・通称ドール・・・を雇って貰い、アルヴィス達研究員がそのデータをまとめている所だ。

 そのモニターの1人の家に派遣されたドールが、破損して戻ってきたらしい。
 何をした訳でもないのに突然動きを止めて、そのまま動かなくなってしまったらしいのだ。
 オート(全自動)で微量の光源からエネルギーを調達するから、バッテリー切れなどはあり得ないし、完全防水だから濡れても漏電なんかはしない。
 ほとんど人間に近い身体を持ち、飲食だってOKという、高機能が売りのロボットなのである。
 ――――――だから確かに、何もしていないのに動かなくなったなんていうことは、大問題だ。

 そして、その壊れたドールをモニターしていたのが・・・・・・・・・この研究に多額の寄付をしてくれている財閥の御曹司、だった事が更に問題を深刻なモノにしていた。
 ヘタに機嫌を損ねれば、寄付は取りやめ。
 研究に多大な影響を及ぼすことになるのは、必至である。
 それは、研究員であるアルヴィスだって避けたい。

 だが、しかし。


「なんで。・・・・・この俺が代わりに、その御曹司の所へ行かないといけないんだドロシー・・・・?」


 困惑顔で、アルヴィスは自分の上司の顔を見つめる。


「だからァ、・・・さっきから説明してるじゃないアルヴィス!」


 たっぷりとした長いピンクの髪を、頭の後ろで高く括った少女と見紛う可憐な外見の持ち主である上司・・・ドロシーが大きく肩をすくめた。


「こっちとしては、すぐにでも修繕してお屋敷にドールを戻したいのよ。だけど、・・・内部に致命的な欠陥が見つかって修理するのにかなり時間が掛かりそうなの。でも向こうはとてもそのドールを気に入っているから、少しでも早く戻せって・・・・・既にお冠(かんむり)状態らしいのよ。そこで、アンタの出番って訳なのよアルヴィス!」

「・・・・・・・・・・だからどうして、そこで俺の名前が出てくる・・・・・?」


 びしっと指をさされて、アルヴィスは顔をしかめる。

 大のお得意様がお気に入りなのだから、至急直さなくてはいけなくて。
 それなのに、直すのにかなり時間が掛かるから――――――何とかしないといけない、というのはアルヴィスにだって分かる・・・分かるのだが。

 死ぬ気で、今日から家に帰らずに寝ないで修理に取りかかれ・・・・とか、言われるのならまだしも。
 何故に、人間の自分がロボットと偽ってその家に赴(おもむ)かねばならないのか。
 ついでに言えば、アルヴィス担当の業務は直接そのタイプのドール研究には関わりがない、別verのロボットデータ収集だったりする。

 しかし上司であるドロシーは、そんなことは全く気にしていないと言わんばかりにケロッとして言い切った。


「アンタならバレないからに決まってるじゃない!」

「・・・・・・・・・・・?」

「あら、言ってなかったかしら。ファントム氏の所に送ったプロトタイプ−ALV−の姿は、アンタの身体を忠実に再現してあるの」

「・・・・・・・・・・・は?」

「もちろん、モニターして頂くときに希望の条件は全部お聞きしたんだけどね・・・そしたら、何と偶然にもアンタが条件にぴったりだったのよね。だから、データ入力してドールを作成する時にアンタの身体とか思考データ、丸々使わせて貰ったのよ。ラク出来て素敵だったわー♪」

「・・・・お・・・れの、・・・・」


 ドールは、個別注文型の高性能ロボットだ。
 価格も勿論かなりの高額だが、その代わりに客のニーズには全て応えられるだけの能力を持っている。
 客好みの外見から性格から能力から・・・・オプションで幾らでも変更・追加可能なのだ。

 例えば外見ならば、髪や瞳、肌の色から、体型、身長、声の質・・・・・顔かたちから、手指の長さ爪の形に至るまで、希望通りの設定が出来るし。
 そして性格も、従順やら反抗的やら、はたまたツンデレなどの特殊な設定まで事細かく指定する事が出来る。
 もちろん、外見も性格も研究員がその希望イメージに合わせて作りあげることになるので、実際に注文した側がそれでOKするかは引き合わせてからでなければ分からない。
 だから、どれだけ客のニーズに合わせてイメージ通りに作れるかは研究員の腕に掛かっている。

 ドロシーの場合は、その御曹司用のドールをプログラムしたらしいが――――――・・・アルヴィスの身体のデータを無断で丸々使ったというのなら・・・さぞかしラクが出来たことだろう。


「―――――・・・髪は青みがかった感じの黒で、コシが強くて少しつんつん立つくらいの癖付き。目はコーンフラワー・ブルー(矢車草の青色)・・・最高級サファイアの色よね・・・で、多少吊り上がり気味の猫っぽい形希望。睫毛は長く。・・・全体的に、可憐で人形ちっくな繊細さを持った美少年顔・・・・・・ほらね、こんな感じで希望要項が、ことごとくアンタとイメージぴったりだったのよー」

「・・・・・・・・・・・・・・」


 呆れて二の句が継げないでいるアルヴィスに、ドロシーは持っていた鞄から何やらデータの書かれた数枚の書類を出して読み上げながら説明してくる。
 そして見た目だけは可憐な美少女然とした顔に、透き通るルビー色の瞳を年相応に妖しく煌めかせながら笑みを浮かべた。


「だからね、アルヴィス。・・・・上司命令よ・・・・行ってきなさい!」


 バレたら自己責任fだからね・・・? そう言葉を続けるドロシーに。

 部下であるアルヴィスは、渋々頷くしかなかったのであった――――――――――。











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 上司の命令で仕方なく、本物が修理を終えるまでロボットと偽り。
 ラボ最大のスポンサーである御曹司の大邸宅へと向かう羽目となったアルヴィスだったが―――――――――・・・内心、絶対バレてしまうだろうと、覚悟していた。

 いくら人間そっくりに作られているとはいえ、ロボットはロボット。
 彼らのようにアルヴィスが働き続けられる訳は無いし、それに幾ら姿形を似せたとは言っても限界があるだろう。

 モニターをして貰って、もう数ヶ月。
 見慣れていたドールとは、似ているけれど違うとすぐに見破られてもおかしくない。
 まあ、そこを指摘されたら『顔のパーツも相当数変えてますから』と言えと、上司のドロシーには言われているが。

 その他諸々、バレることは盛りだくさんだ。
 何せ、食事の用意から果ては子育てまで――――――メイドやナニーとして出来るようなことは全てこなせるロボットの筈なのに、当のアルヴィスはまるっきり出来ないのだからして。




 ――――――ああもう、いっそ早くバレてラボに帰りたい・・・・・・・・




 行った途端にバレて、ラボに帰る羽目になったら。
 それは相当ドロシーに大目玉を食らうだろうが、それでもいいとアルヴィスは思っていた。
 研究費も、寄付が無くなり大幅に減らされることは痛手だろうが・・・・・それでも、ロボットになりすまして自分の神経がすり減るよりはマシだ。

 まあ、わざとバレるような真似をしなくても。
 演技力など皆無なアルヴィスでは、どう繕ったって正体が露見することは火を見るよりも明らかなのだろうが・・・・・・・・・・。







 ところが、・・・である。



 予想外にも、大邸宅の主は全く疑うことなくアルヴィスを迎え入れた。

 闇に浮かぶ、白々と輝く月のように冷たく整った顔の相好(そうごう)を崩し。
 アルヴィスが部屋に入るなり近寄ってきて、いきなり抱き締めてきたのだ。


「やっと逢えたね、アルヴィス君!」

「!??」


 抱き締められながら。
 名前を呼ばれたことに、アルヴィスはもう少しで声を上げてしまう所だった。


「・・・・・・・・・・・・・・・」






 アルヴィスって、・・・え、俺の名前・・・・なんで?

 ドールは通称『ALV』だし・・・・・・・・どうして俺の名前・・・・・・・・・・・・・??





「・・・・・・・・・・・・」


 激しく疑問だ。

 一瞬、もう人間だとバレたのかと思った。
 しかし、ドールがそう呼ばれていたのなら今更、・・・聞き返すことはおかしい。


「どうしたのアルヴィス君?」


 けれど、そんなアルヴィスの疑問を御曹司が運良くアッサリ教えてくれた。


「ボクが付けた名前、忘れちゃった? ・・・・ALVだから、A・L・V・・・から始まる名前考えて、付けてあげたのに」


 それでようやく、アルヴィスも合点がいく。

 アルヴィスの名の綴りは『ALVISS』。
 つまり、・・・ALVから始まる名だ。

 いきなりに名を当てられヒヤリとしてしまったが、偶然だったようである。


「でも良かった。・・・・ちゃんと僕の元に来てくれて」


 すごく心配だったんだ、と言いながら。
 これからしばらくの間、主人として仕えなければならない人物・・・・ファントムは、相変わらずアルヴィスを抱き締めたままで頬ずりをしてきた。

 どうやら、全くバレていないらしい。
 とってもお気に入りだったという、ALVが帰ってきたと疑いもしていないようだ。

 そこはひとまず安心だと思いつつ・・・・アルヴィスは段々とファントムの自分への態度が気になってきた。
 一体この主人はALVに、どんな使用目的をセッティングしていたのだろう?

 抱き締められたり頬ずりされたり――――――・・・・本来はメイドやナニー(幼児保育の専門職)としての能力を持つロボットなのだから、それ相応の役割・・・要は使用人として扱う存在だろうに、これではまるで客人・・・どころか親しい友人、もしくは恋人扱いされているような。

 どうにも、ファントムの態度がドールへのそれでは無い気がするのは、単なるアルヴィスの思い違いなのだろうか。


「アルヴィス、ボクはキミをずっと待っていたんだよ・・・・・!」


 内心でアルヴィスがアレコレと思案している間にも、ファントムは抱き締めた腕を離さず。
 アルヴィスの前髪を掻き上げ、露わにした額に口付けしてきた。


「っ、・・・・!??」


 ファントムの予想外の行動に思わず、びくっと身体が強張りそうになり・・・・アルヴィスは慌ててそれを必死に押さえ付け、何とか成功する。

 ドールは、あくまで主人に従順なロボットだ。
 出来うる限り、主人の希望に添おうとするし――――――・・・まして反抗などは決してしない。
 主人が愛情を持って接すれば、ちゃんと相手を尊敬し懐くという機能までプログラムされている。

 故にまだ試作段階ではあるが、将来的には子供や孫、はたまたペットの代用品としてのドールの販売も検討しているのだ。

 当然その検討項目の中には、恋人なんかの代用も含まれていたりするのだが・・・・・・・。


「・・・・・・・・・・・」




 ―――――――・・・まさか、・・・な? あり得ない、・・・よなっ?

 


 本当に恋人のような扱いだ、と思いつつ。
 アルヴィスは脳裏に浮かんだ可能性を、打ち消した。

 救いようのないブサイク男だったら考えられるとしても、目の前の男はアルヴィスが知っている中でもダントツに端麗な容姿だ。
 サラサラした目映(まばゆ)い銀糸のような髪と、蕩(とろ)けるような甘い輝きを放つ宝石みたいな紫色の瞳。
 高い鼻梁(びりょう)に、薄く形良い唇・・・・色素の薄い肌のファントムはまるで、彼こそが人間では無く造り物めいた存在の如くに美しい顔立ちをしている。

 あんまり、キレイだったから。

 人間の顔の造形になどさして興味のないアルヴィスだけれど、――――――――――・・・僅かな間、見とれてしまった程だ。


 その容姿で、更にこの国でも指折りの大財閥御曹司。

 どう考えたって、恋人候補などは引く手数多(あまた)だ。
 わざわざ、人間外のドールを恋人代わりになどはあり得ないだろう。




 ―――――――・・・無いない! ・・・そんなことある訳が無いよな。

 お気に入りだから、ドールが治って戻ってきたの喜んでるだけなんだよな・・・?




 この態度はきっと、彼なりの帰ってきて嬉しいよ!な歓迎の気持ちを表す態度なのだろう。
 セレブって変わった人間が多いって言うし――――――・・・そう結論づけ、気持ちを落ち着ける。


「大好きだよ、アルヴィス君・・・」

「はい、ありがとうございます・・・」


 ファントムの言葉に、マニュアル通りの受け答えをしながら。
 アルヴィスは、身体の力を抜き。
 お気に入りドールとの再会を喜んでいるらしい主人の好きにさせ、抱き締められるままになっていた。


 どのみち1週間ほど頑張れば本物と交代出来る筈だし、修理が終わるまで何とか持ちこたえられればそれでOKなのだ。

 特別手当が貰えるらしいし、それに何だかこんなに喜ばれると・・・悪い気もしない。
 こき使われるんじゃと覚悟していたけれど、この部屋へ通されるまでにすれ違った沢山の使用人の数を見れば・・・・そう雑用を言いつけられる恐れも無さそうだし。
 この屋敷に来るまでは、やたらと気構えてはいたが・・・・・・せいぜい、暇な時に話しかけられる程度なのかも知れなかった。

 ―――――――様々な事業を展開し、それを操作しているらしい彼には早々、そんな暇などは訪れるとは思えなかったが。


 ともあれ。
 不本意な流れではあったが、ドールとして生活してみることはアルヴィスの研究に決してマイナスでは無いだろう。

 考えてみれば。
 顧客の希望がどんなモノか、どのような点を不満に思うのかを、データ上では無く実際に感じられる貴重な機会でもあるのだ。

 ・・・・そう思うと、気持ちが少しラクになってくる。





 ―――――――よし、頑張るぞ・・・!!





 アルヴィスは偽ドールとして精一杯、自分の役割を勤め上げようと決意したのだった――――――――――。



















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 けれどもそれが、大きな勘違いだったと発覚したのは、アルヴィスが四苦八苦しながらご主人様のお相手を勤め上げて。
 ようやく、明日にでも修理が終わって本物のドールと交代出来る―――――――・・・という前日の晩だった。

 大財閥の御曹司であり、ラボの最大のスポンサーであるファントム・インフェルノ氏は。
 ドール研究に将来性を見出し多額の寄付をしているというだけの、単なるスポンサーでは無かったのである・・・・。









「・・・・・・・・・ネオン・ファーって名前、聞いたことない?」


 手首を掴み、アルヴィスを自分が寝ているベッドに引き込みつつ、ファントムはそう口にした。
 突然出された覚えのある名前に、何事かとアルヴィスの顔が強張る。


「・・・・・・・・・!!」


 聞いたことがあるどころか、ラボでその名を知らない者は居ないだろう。

 ネオン・ファー・・・・ドールの人工頭脳を開発し、最初にプログラムを発案した―――――――名前以外の一切の情報が不明の天才科学者。
 他の追随を許さないその抜きん出た才能で、他の者には到達出来ないレベルの人工生命体を創り出すスペシャリスト。
 実は、開発途中であるドールの人工頭脳もアルヴィス達はいまだ構造を完全に把握している訳では無く、彼・・・ネオンのプログラム通りに作成しているだけの段階なのだ。

 名前しか分からず、顔も国籍も、どんな人物なのか声も、性別すらも正体が掴めない謎の人物。
 国の科学水準を大幅に引き上げることが出来る人材として、政府が血眼(ちまなこ)になって探している人間。
 それが、『ネオン・ファー』だ。

 その人物と、ファントムがどう関係しているというのか。


「・・・・・・・・・ボクの名字、知ってるよね。・・・アナグラムしてご覧?」

「・・・・・・・・」


 想定の範囲外の言葉に、咄嗟の対応も出来ずベッドに引き込まれるままになりながら。
 アルヴィスはファントムに言われた内容を、必死に考える。

 アナグラムとは、アルファベットのスペルをバラバラにして、新たに別の言葉に組み直す事だ。
 ファントムの名字はインフェルノ―――― I N F E R N O ・・・・入れ替えて組み直せば、それは即ち・・・・『N E O N  F I R』・・・ネオン・ファー・・・――――――――。


「・・・・・っ、・・!!?」

「分かったようだね」


 ご名答、とでも言うようにファントムが形良い唇の両端を笑みの形に吊り上げた。
 銀色の髪も色素の薄い肌も、紫色の瞳も・・・どこもかしこも白くて神々しい程の美しさなのに、その姿は何故だか酷く禍々(まがまが)しい。

 細められたアメシストの瞳に映る自分がまるで、悪魔に魅入られ取り殺される運命にある、生け贄のようだ。


「だからね、『ALV』・・・ドールの名前を付けたのもこのボクだし。・・・つまりは構造だって手に取るように分かってるんだ・・・・・ラボの中の誰より、このボクがね?」

「・・・・・・・・・・・」


 クスクスと、楽しそうに笑いながらファントムが説明を始める。


「―――――――ねえアルヴィス君。・・・変だと思わない? 真の開発当事者であるこのボクが・・・・、ALVの故障を直せず、まして原因も分からなくてラボに連絡するなんて?」

「・・・ま、・・・さか・・・・・?」


 1つの可能性を思いつきつつ、アルヴィスは信じられない想いで否定するかのように頭を振る。

 全ては、1つのことを指している気がする。
 けれど、・・・認められない。認めたく、・・・・無い。


「そうだよ、キミが欲しかったんだ」


 だが、目の前の男はアッサリとアルヴィスの思いついた内容を肯定した。


「半年前ラボに行った時、初めてキミを見かけてね。・・・・・・すごく欲しいと思ったんだ。でも、ラボの研究員は政府で飼われてる存在だから、ウチで雇うのとかは強引に出来ないし・・・研究熱心なキミが、ボクの誘いに乗って、自分の意志でボクの所へ来てくれる可能性は極めて薄いだろうなと思ってさ」


 だからボクは一計を案じたんだよ――――――――・・・そう言って、にっこりと笑いかけてくる。


「スポンサーとして、ALVのサンプリングを提案し。ボク自身もサンプルを試すということにして・・・・キミそっくりのドールを希望した。それで頃合いを見て、ALVの修復に時間の掛かる部分を破壊し・・・早く治せとラボをせっついた。そうすれば、ボクの機嫌を損ねたくないラボが、どう行動するかは分かっていたからね―――――――・・・修理が終わらない以上、本体の修繕が完了するまでの穴埋めにそっくりの姿をしたキミが来るって事は」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「もちろん、希望を言えばドールがキミそっくりになるのは確信していた。希望要項を細かく言えば、目の前でうろついてるキミをモデルにするだろう事は当然の心理だからね・・・そこも計算してあったんだよ。でもやっぱり、本物には適わないね―――――――・・・初めてキミがやってきた時、ドールじゃキミの美しさは表現し切れてないって痛感したよ・・・・!!」

「・・・・・・・・・」

「これからボクは、キミがALVのイミテーションだって事をラボに連絡する。明日、本物のALVとキミが入れ替わるらしいし、そろそろ潮時だよね」

「・・・・・!!」

「・・・ああ、ラボの情報は全部ボクには筒抜けなんだ。キミが僕の目を盗んで頑張って書いてた、報告書の内容も知ってる。・・・あ、参考までに教えておいてあげるけど、○○社製のネットセキュリティカードは、簡単に傍受出来ちゃうから気をつけた方がいいよ?」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「――――――・・・まあとにかく、ラボにキミのことを報告して。取引を持ちかけるよ・・・・・今まで通りに寄付はしてやるから、キミをボクの所に寄越せって条件でね。どのみち、ラボに選択権なんか無いけど。イミテーションで誤魔化そうとした責任は、どうしたって言い逃れは出来ないだろうからね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」


 アルヴィスは衝撃のあまり、言葉も出ない。

 反論したいことが山ほどあるが、声が出てこなかった。
 あまりにもショック過ぎて、頭がクラクラして眩暈(めまい)がする。

 喉がカラカラに乾き、舌がもつれた。
 けれど必死に、何とか口を開く。


「なっ、・・・ぜんっ・・・全部、・・・・知ってっ、・・・・!!!?」


 懸命に発した声には、悲痛な色が籠もっていた。

 ドールは主人の言うことに従順だから、言いつけられたらその通りにしなければならない。
 だから、可能な限り言うとおりにアルヴィスは動いた。

 どちらかと言えば、他人とは距離を置きたい自分の性格をねじ曲げ生活の殆どを共にして、望まれるままに出来る限りの事をした。
 奥手だったから、キスも初めてならそれ以上だって初めてだったが、拒絶すればラボに損害が及ぶのだと自分に言い聞かせて耐え忍んだ。
 抱き締められるのもキスをされるのも、身体に触れられたり一緒に寝るのだって・・・・・全部、拒否しないで受け入れた。


 ――――――――アルヴィスなりに、頑張ったのだ。


 それもこれも全部、ラボの為であり。
 延いては、・・・・そんなにもラボが創り出したドールを・・・・・・・・・・・彼が気に入ってくれていたのだと思ったから。

 驚いたりびっくりしたり、受け入れがたいと思った事も多々あったが、それでも・・・そんな風に彼に気に入られているドールを羨ましくさえ感じることもあったのに。
 だからせめて、本物と入れ替わるまでの一週間は、精一杯彼に仕えようと決意して頑張ったのだ。


 けれど、そうじゃなかった。
 その理由が、自分が欲しかったからだと言われても―――――――――・・・騙されていた事に変わりは無い。

 ファントムは、内心激しく動揺しながらドールを演じている自分を知りつつ、からかって見せていたのだ。


「・・・・・・・・・・・、」


 寝転んだファントムの上に乗る形固定されていたアルヴィスは、その体勢のまま・・・・ポロポロと涙をこぼした。

 見開いた大きな青い瞳からポタポタと頬に落ちてくる、透明な雫にファントムがぎょっとした顔をする。
 アルヴィスが初めて見る、慌てた表情だ。


「ア、・・・アルヴィス君・・・・っ、・・・!!?」

「・・・・・っ、・・」


 ファントムの上擦ったような声に、しまったと我に返り。
 アルヴィスは、唇を強く噛んで堪えようとしたが・・・・・・・・・・・・・・・涙は止まらない。
 瞬きを何度も繰り返して、必死に食い止めようと思うのに――――――勝手に眉根が寄り唇がへの字に曲がって、表情筋は典型的な泣き顔を作り出し・・・・・・・涙は後からあとから溢れ出し、頬を伝い続ける。

 この一週間、自分の感情を押し込めて。
 ただひたすらに、ドールになりきろうと努力してきた。

 その張り詰めていた緊張の糸が、ぷっつりと切れてしまったのかもしれない。

 綯い交ぜ(ないまぜ)になった感情が堰を切ったように、涙は止めどなく流れ続ける。


「・・・・・・・ひ・・・っく、・・・・・ぅ・・・」


 ―――――――・・・ドールが泣くなんて、おかしい・・・早く泣き止まないとバレてしまう・・・と一瞬思いかけて。
 もう、演じる必要は無いのだと思い直す。

 最初から、バレていたのだ――――――――・・・アルヴィスのヘタな芝居は、さぞや滑稽(こっけい)な見物だった事だろう。


「・・・・・・・・っ、・・・」


 悔し涙なのか、それとも傷つけられた心が痛んで涙が出るのかはアルヴィスにも判断が付かなかった。

 ついに泣き止むことを諦め、けれどせめて自分を笑いものにしていただろう男の顔は見たくなくて。
 アルヴィスはぎゅっと強く、目を閉じる。
 本当ならば、このままファントムの手を振り切って屋敷を飛び出してしまいたい所だが・・・・腰に手を回され、手首を掴まれているままでは、それもままならない。


 ―――――――その時、ふと。
 掴まれていた手首が外され、替わりに優しく・・・・けれどしっかりとファントムの両腕が背に回り抱き締められるのを感じた。


「・・・・・・・・・・・・・・、」

「・・・ごめん! ・・・・・ごめんね・・・・?」


 そして。
 酷く後悔しているような、打ちひしがれた小さな声が耳元で囁かれるのを、―――――――――・・・アルヴィスは確かに聞いた。


「キミを傷つけるつもりは無かった。ただ・・・・ボクはどうしても、キミと仲良くなりたかったんだ。でも、どうしたらいいのか全然分からなくて。・・・・ドールや使用人は命令したら何でも言うとおりにしてくれるし、ビジネス上の事ならお金で何とかなる。だけどキミはラボの人間で、そう言うわけにいかなかったから――――――――・・・キミに近づくには、ボクにはこの方法しか思いつけなかったんだ・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 密着しているから、ファントムの表情は伺えない。

 だが、言っているファントムの方が傷付いているんじゃないかと思えるほど、弱々しい頼りなげな声だった。
 いつも自信たっぷりで、誰に対してだって傲岸不遜(ごうがんふそん)な態度を改めない彼とは思えないくらいの変貌ぶりである。


「・・・泣かないで? アルヴィス君。・・・・キミに泣かれると、ボクはどうしたらいいのか分からなくなる・・・・」


 言いながら、ファントムは優しくアルヴィスの後頭部を撫でてきた。


「何でだろう・・・・、キミが泣いてるの見るとボクの胸がズキズキするよ。・・・・なんだかスゴク辛いんだ・・・・・ねえ、どうしたら泣き止んでくれる?」


 今まで聞いたことがない、とても困ったような声音だ。


「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・キミがラボに帰れるように計らったら、・・・・・泣かないでくれる? また、笑顔を見せてくれるのかな・・・・?」


 だが、ここでアルヴィスが頷いたところで、実際に言ったとおりにしてくれる訳では無いだろう。
 本当にアルヴィスが欲しくてこんな計画を思いついたのなら―――――――・・・それなりに手間暇掛かっているのだろうから。

 アルヴィスが此処で今泣いているからといって、その通りにするとは考えられない。
 恐ろしく頭の回転が速い彼のことだ、・・・・アルヴィスを再び誤魔化すことなど造作もないだろう。


 けれど。


「――――――いいよ? キミをラボに返してあげる。気付かないふりして、入れ替わった本物のドールを受け取るよ。・・・キミはラボに戻ればいい。暴露したいのならボクの正体をバラしたって構わないから」

「・・・・・・・・・・!?」

「ボクの計画は全てパァで、色々と面倒くさいことになるかもだけど・・・・でも、いいんだ。キミがそうやって泣いてるより、ずっといい・・・・・」


 ファントムは静かに、きっぱりとそう言い切ったのだ。
 そしてアルヴィスを抱き締めたまま、言葉を付け加える。


「ねえアルヴィス君・・・・キミは偽物のドールを演じてて、ボクはキミが偽物と知りつつドールとして・・・・偽物の態度を貫いてきた。指示と、服従だけが存在する偽りの態度をね。・・・・偽物だらけの関係だったけれど、それでもキミが欲しいって気持ちは本物だった・・・・・。キミへの気持ちには、嘘偽り無かったよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「フフッ・・・やっぱり信じて貰えない? ラボに実際に返した時じゃないと、キミには信じて貰えないかな・・・・」


 少しだけ密着していた身体を離して、アルヴィスの顔を覗き込みながらファントムは自嘲気味に笑った。

 その表情が、声と同じであんまりにも寂しそうで。
 アルヴィスはさっきとは別意味でまた、胸が痛くなった。

 そして、あれほど止まらなかった涙がいつの間にかぴたりと出なくなっている事に気付く。


「・・・・・・・・・・・・・・ファントム・・・」


 誰もが振り返るような、キレイな容姿を持ち。
 他人が羨むだろう、恵まれた環境に生まれ育って。
 人々が望んでも手に入れられないだろう、才能までも手にしているのに。

 命令と、財力でしか他人の心を動かせない・・・・動かす術(すべ)を知らないという彼。
 その存在が、とても悲しいモノに思えた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ラボに帰れば、アルヴィスには今まで通りの人生が待っている。
 研究に没頭し、その方面で苦労しながらも充実した人生が。

 自分勝手で気分屋で、他人をからかうのが大好きな主人相手に、四苦八苦する事はもう二度としなくて済む。
 必要以上に身体が密着するような、キスやそれ以上の行為だって・・・・迫られずに済む・・・解放されるのだ。


 だけど、―――――――――・・・きっともう二度と、こんな風に彼とは会えない。
 ラボのスポンサーとして、たまにすれ違って挨拶するのみになるだろう。

 そしてファントムは・・・・また、命令と財力のみで人を動かす人生を送る事になる。






 ――――――・・・・好きだとか、愛してるとか・・・・・・・そんなの、俺にはまだ良く分からないけど・・・・・・・。



 ―――――――でもこれっきりなのは、・・・・・・・・・。






「・・・・・イヤだ」


 小さく首を横に振りながら、アルヴィスはそっとファントムに自分からしがみついた。


「アルヴィス君・・・・?」


 不思議そうにアルヴィスを見上げるファントムをしっかり見据え、口を開く。


「ラボには帰らない。・・・・ここにいる」

「・・・・・・・・・・・、」


 瞬間、ファントムがキョトンとした表情を浮かべた。
 キレイなアーモンド型の瞳を丸くして、小さくポカンと口を開けてアルヴィスを凝視している。
 例えて言うなら、鳩が豆鉄砲を食ったよう・・・・・との表現がぴったりな顔だ。


「・・・・ぷっ、」


 その顔が、やたらにあどけなく可愛らしいものに見えて・・・・アルヴィスは思わず吹き出しそうになってしまった。
 普段の隙のないファントムからは到底想像出来ない、親しみの持てる「らしくない」表情だ。

 意を決して伝えたというのに、これでは全然、場が締まらない。


「アルヴィス君・・・・!! ほんと!? 本当に帰らない・・・・!!?」


 笑われているのに、ファントムは気分を害した様子も無く、酷く嬉しそうな顔をした。
 表情を輝かせ、子供みたいに無邪気な笑顔でアルヴィスを見つめてくる。

 キレイな顔立ちなのに、・・・・・・・・やっぱりその印象は何だか可愛らしい。


「・・・・笑われたんだぞ、お前。・・・・なんでそんなに嬉しそうなんだ・・・・?」


 何となく照れくさくて、アルヴィスはつい仏頂面で突っ込んでしまった。


「え、だって。帰らないって言ってくれたし・・・・アルヴィス君の笑った顔、すごく可愛かったんだもん!」

「ば、・・馬鹿・・・っ!」


 けれどアッサリ、満面の可愛らしい笑みを返されて返り討ちだ。
 思わずアルヴィスの方が、ドキッとして顔を赤くしてしまう。

 ―――――――何だか今日は、やたらにファントムのレアな表情を見ている気がした。
 でも、もっと見てみたいと思う。
 自分の知らないファントムが、まだまだ沢山、居るはずなのだ。
 それを全部、・・・誰よりも一番近くで、見たいと思う。



 この気持ちが、恋だとか愛とか呼ぶものなのかは、まだ良く分からないけれど。
 ファントムが大事だと思う・・・・その気持ちは、確かだ。

 だって、ドールとして暮らしたこの数週間は少しも嫌じゃなくて。
 彼と共に過ごせた日々は、戸惑ったり焦ったり、混乱したりする事の連続だったけれど――――――――とてもとても充実した、楽しい時間だった。

 ファントムと過ごした日々は、幸せだった。
 心の何処かで、いつまでも本物のドールが戻ってこなければいいのにと、願う自分が確かに居た。



「ねえねえ、本当だよね? さっきの言葉、嘘じゃないよね・・・?」

「嘘じゃない。・・・・さっきから、言ってるだろ・・・!」


 しつこく子供のように念を押してくるファントムに。
 アルヴィスは恥ずかしくてつい、また返事がぶっきらぼうなモノになった。


「・・・別にこっちに居たって、研究は続けるつもりだし。・・・・お前があの、ネオンだって言うなら優秀な指導者だって居る訳だし・・・・! もうドールの真似しなくていいなら、・・・此処にいる・・・」

「うん、うん。アルヴィス君が此処に居てくれるなら、ボクは何だってするよ!! 研究だって協力する! ドールなんてもういいよ・・・・欲しかったのはキミだけなんだから」


 アルヴィスの言葉に、ファントムは心底嬉しそうな顔で何度も頷いてみせる。
 普段の姿や態度は猫っぽいのに、今の状態はまさしく主人に向かって尻尾をパタパタちぎれんばかりに振っている、犬そのものだ。


 アルヴィスは、偽のドールとして。
 ファントムは偽の情報を操って、偽りの関係を自分たちに強いた。

 偽物尽くしで始まった恋愛・・・・Love of imitation・・・―――――――――でもこれからきっと、本物になるのだ。






「大好きだよ、アルヴィス君・・・・ボクは本当に、キミが大好きだ・・・・!」



 ・・・・だってほら。

 偽物として扱われていた時と、同じ言葉が今、繰り返されている。
 偽物の中にも、真実の気持ちは確かに散りばめられていた。


 一見同じようにキラキラしてる、イミテーションの宝石の中。

 本物の石は紛れて、よく分からないけれど。
 でも目を懲らせば・・・きっと見つかる。

 偽物じゃない、真実の輝きを持った石。


 探すのは大変で、イミテーションの石で指先が傷付くこともあるけれど。
 それでも、信じて探せばきっと見つかる。

 その人にしか探せない、他の誰にも見つけられない特別な宝石。


 ・・・・・自分だけの、真実が。












 ―――――――あのね、アルヴィス君。『ALV』ってね、単なる製番じゃないんだよ。


 キミの名前、アルヴィスから取ったんだ。
 製番が『ALV』だから、キミのことをアルヴィスって呼んだんじゃない。

 ボクがキミの名前『ALVISS』から、最初の3文字を取ってドールを名付けた。





 ・・・・・・・・・・・・・・・それくらい、キミが欲しかったんだ。


 キミを手に入れる為、それだけの為にボクは、ドールを開発したんだよ――――――――――。





















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言い訳。
非っ常に長ったらしく、かつ中身がスッカスカな話でどーもスミマセン(滝汗)
でも一応、サイト1周年ということで、記念にフリーとして献げます!(笑)
長いので、三分割にしてみました☆
まとめて1ページで載せちゃうのも、2ページとか3ページで載せるのもご自由にです^^
・・・ていうか、こんな長くて意味不明な話、貰ってくれる方がいらっしゃるんでしょうか(笑)
ま、自己満足ですね☆
おかげさまで1周年です。
ここまで続けて来れたのは、皆様のおかげです^^
本当にありがとうございます。
これからも頑張りますので、生暖かく見守ってやって下さいませ・・・!!

2008/05/01
2008/05/10誤字脱字酷かったんで、一部修正して入れ替えました・・・(汗)