『Sleeping Beauty -Prologue-』









「702号室の患者さん、なんて呼ばれているか知ってる?」


「知ってる! 『眠り姫』でしょう」


「・・・・もう何年眠ったままなんだっけ? 私なんて彼が此処に運ばれてきた頃まだ看護師じゃなかったわ」


「私だってそうよ。・・・・確か・・・・6〜7年の筈よね」


「もう6年以上眠ったままかぁ。・・・・ホントに100年眠ったりして」


「まさか! ・・・・でも、目覚める兆しは無いのよね・・・・意識はもう戻らないのかしら」


「さあ。例のない奇病だし、・・・ソレは何とも言えないでしょう。でも、・・・目覚めない代わりに年を取った風も無いわ。昏睡状態になったと同時に一切老化もせず、時間を止めたままなんて・・・・・ある意味、うらやましいような気も・・・」


「何言ってるの、不謹慎よ? 彼は6年前からずっと17才のままで───────・・・・眠ったきりなんだから。家族の方達の事も考えなさい・・・・原因不明の奇病ですもの、今は容態安定してるけどいつ急変するか・・・それは誰も分からないことなのよ」


「・・・・そうね。眠り姫も可哀想だけど、身内のヒトがお気の毒だわ」


「すごいキレイな顔の子だけに、余計残念よね。・・・私、眠り姫の瞳の色が知りたいわ」


「・・・・毎日のように来てる大学生の子は、彼の恋人なのかしら・・・・」


「さあ・・・? でもあの子も、私が最初に見かけたときはまだ高校の制服着てたのよね。眠り姫が目覚めなければ、このままいずれ・・・・・・・・・彼を置いて大人になっていってしまうんでしょうね。時間を止めるって、残酷な事だわ・・・・・・」




 ───────可哀想。


 ───────可哀想ね。



 ───────眠り姫の魔法は、いつになったら解けるんでしょう・・・・・・・・・・?



















 白い壁。
 白い床。
 白い天井。
 そして、・・・白いベッド。

 何もかもが白で埋め尽くされた室内で眠る、少年が1人。

 白しか存在しない、その部屋の窓が開け放たれ。
 白いカーテンがフワリと、気持ちの良い風を運んでくる。
 風が眠る少年の青みがかった黒髪を乱し、柔らかくその白い額を擽った。


「・・・・・・・・・・・・・」


 けれど少年は、身じろぎすらせずに黒々とした長い睫を伏せ、昏々と眠ったままだ。


「・・・・・アルヴィスさん・・・・」


 その様子を、半ば諦めかけた──────けれど僅かな希望を捨てきれない複雑な色の瞳で、少年の傍らに立つ青年は見つめる。

 淡くグリーンがかった銀髪をスッキリと分け、賢そうな額を露わにしたその顔は、どことなく神経質そうな線の細さを伺わせるが、整った造形をしていた。
 年の頃は二十代前半といったところで、少しきつめの海色の瞳と意志の強そうな口元が印象的である。
 白皙の肌や高い鼻梁の横顔が、育ちの良さを感じさせる青年だ。


「・・・・アルヴィスさん・・・・ボク・・・・・」


 青年はそっと、眠っている少年の手を取り、握りしめた。


「ボク、前に言っていた通りに先生になりましたよ。・・・・アルヴィスさんが通ってた・・・ボク達が一緒に通っていたあの高校で、教鞭を執ることになったんです」


 そして、まるで少年が聞いているかのように話し続ける。


「だから、アルヴィスさんの目が覚めて学校通えるようになったら、・・・・・一緒に通いましょうね? ボク、いつまでだって待ってますから」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 少年は、答えない。
 その人形のように整った白い顔を、ぴくりとも動かすこともなくただ眠り続けたままだ。


「・・・・アルヴィスさん・・・・・」


 『眠り姫』と、彼が病院内で呼ばれているのを知っている。

 彼はもう、かれこれ7年近く一度も目覚めることの無く眠り続け・・・・・今も尚、目覚める兆しは無い。
 世界でも例のない奇病ということで、治療法も見あたらないまま生命維持の為の器具を取り付けられ、ただ生かされている状態だ。

 昏睡と同時に、まるで時間を止めてしまったかのように成長がストップしたアルヴィスの姿は、7年前と寸分違わない。
 彼の1年後輩であった青年・・・・インガが22才となった今でも、アルヴィスの姿は17才のままだ。

 『眠り姫』は、年を取らず眠ったときのままの姿で眠り続けるアルヴィスに、誰と知れず自然に付けられた呼称である。



「・・・・ボク、ずっと待ってるんですよ・・・? 貴方の目が覚めるの、今か今か・・・って」


 言いながら、インガは優しく少年の柔らかな黒髪を梳いて。


「今日だって、アルヴィスさんにボクのスーツ姿見て貰おうと思って・・・・着てきたんですけど・・・・」


 照れたように、はにかみながら。
 もう片方の手で、締め慣れない自分のネクタイに触れる。


「どうですか? ・・・・おかしくないです・・・?」


 けれど当然のように、答えは返らない。


「───────目が覚めたら、ちゃんと感想言ってくださいね? 約束ですよ? 先生になったから、センス悪かったら生徒にバカにされたりしそうですし。ちゃんと言ってくださいね!」


 だが、それには構わずに青年はアルヴィスが聞いているかのように話し続けた。


「・・・そういえば、アルヴィスさんが起きたらボク、・・・・アルヴィスさんに先生って呼ばれちゃうんでしょうか? ・・・それはなんか、すごい申し訳ないような・・・・・あっ、嘘ですごめんなさい! アルヴィスさんがボクを先生だなんて有り得ないですよねっ!! インガでいいです・・・!!!」

「・・・・・・・・・・・・・」

「何て呼ばれたって、・・・いいんです。アルヴィスさんの声、・・・・・聞きたいな。キレイな青い目、・・・・また見たいです」


 そっと眠る少年の、長い睫毛に指先で触れ。
 覚醒を即すように、その指で閉ざされたままの瞼(まぶた)を撫でる。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 少年の瞼はピクリと震えることもなく、柔らかに閉ざされたままで。
 青年が切望する、瞳の色を覗かせることは無かった。

 それでも青年は、眠る少年へ話しかける事を止めない。
 楽しそうに、まるで少年と2人で喋っているかのような表情で、言葉を続ける。


「今でも目を閉じたら、アルヴィスさんが弓道やってた時の姿とか・・・・ボクに話しかけて笑ってくれてる時の顔とか、すごくハッキリ思い出すんですよ? 学校以外でも色々出かけたし一杯、色んなトコ行ったのに──────・・・何故でしょうね? 学校での姿ばっかり、思い出して」

「・・・・・・・・・・・・・」

「・・・だから、教師になろうって思ったんですけど。アルヴィスさんが起きるまで、寂しいからそれで紛らわしたかったんです・・・・・・・・・・・・って、女々しいって怒っちゃいますか・・・・?」

「・・・・・・・・・・・・・」


 少年の様子を、伺うように見つめても。
 眠る彼の顔の眉根が、寄せられることも・・・・・・・・唇が不快を表し、引き結ばれる事も無いのだが。


「・・・・・・・怒ってても、拗ねちゃってても、構わないですから」


 青年はそっと、またアルヴィスの手を握りしめ。


「そんなのはボクが絶対、機嫌取って甘やかして宥めまくって、アルヴィスさんの気分良くしますから・・・・・」


 彫像のように動かない美しい顔の唇に、そっと自分の唇を重ね。
 青年はただただ、心の底からたった1つのことを希(こいねが)った。


「───────早く、目を覚ましてください・・・・・・・・・・・・!」










 呟いて、祈るように握りしめた手に力を込める。

 それは、願い。

 それは、希望。


 それは、───────たった1つだけ捧げる、心からの愛──────────。









 ────────早く目覚めて、眠り姫・・・・・・・・・・。








 To be continued...

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言い訳。
以前日記に載せた話の、ほぼそのまんまです。
痛々しいネタには違いないし、これから発展するこのシリーズのインアルは全てこのネタが基本形になるので、こっちに移そうかなと(笑)
何故でしょうね・・・可哀想なネタってインアルじゃないと浮かばないんですよ^^;
ファンアルだと、ファントムに色んな余裕が有りすぎて隙もなさ過ぎるせいか、可哀想系の痛々しいネタはなかなか出来ません。
なので、こういう痛々しくも可哀想系な話はほぼ、インアルになると思います・・・。


↓は、以前日記に載せた時の言い訳丸写しです。
説明文として、ご覧頂ければ分かりやすいかと・・・!^^;



単に、年下だけど年上になっちゃうインガっていうか、そういうインアルが書きたかっただけです(爆)
それと、教師なインガと生徒なアルヴィスに萌えちゃいましt(殴)
鈴野さんと妄想して盛り上がり、膨らんだお話なんですが(笑)
ちなみにインガは化学の先生vv
似合いますよねー白衣(笑)
ゆきのやっぱり、白衣とかスーツとか、かちっとした紳士モノの制服に弱いんですよ・・・!!
「君ため」でトム様も白衣inスーツで、眼鏡掛けてたりしますが・・・・インガもまんまそういうの似合いそうでスゴイ想像したら萌えます(笑)
あっちは医者で、こっちは化学の先生ですが。
是非、インガ先生にアルヴィスの個人指導をして欲しいですね・・・!!(萌)