『君の生きる時間』
「・・・・・・・・嘘・・・やろ」
クリスマスがあと二週間後に近づいた、週末。
雑多に混み合う街中で偶然目にした『彼』に、思わず声が漏れる。
「・・・・・アル、・・・ちゃん?」
青みがかった黒髪に、透けるような白い肌。
人形みたいに整った中性的な美貌や、華奢な体躯は、自分の記憶の中にある『彼』の姿・・・そのもので。
まして、その一対の希有な宝石のような青い瞳は、見間違えようも無い。
あの頃に、自分が惹かれていた『彼』だ。
好きで、好きで。・・・大好きで。
女の子を口説くのなんか、朝飯前。
軽い気持ちで、相手をとろけさせる言葉なんか大得意で。
相手の気を引く手立てだって、沢山持っている自分が。
本気すぎて・・・・・気の利いた言葉ひとつ言えず。
真面目すぎる程に堅い気質の『彼』が、軽蔑するような言葉しか、口に出すことが出来なくて。
好きだという本音も伝えられないまま―――――――・・・強制終了してしまった、恋の相手。
忘れられる筈が無い。
諦めるとか、諦められないとか、それ以前に。
自分の前から、消えてしまった『彼』だったから。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
記憶の中と、ぴったりと一致するその姿。
けれども、・・・・だからこそ。
───────有り得ない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
誰かを待っているのか、店の入り口傍の壁に寄りかかったコート姿の『彼』に、ナナシは呼びかけることを戸惑った。
けれど、見つめている視線を感じでもしたかのように。
『彼』の方が此方を見やって──────・・・・その人形みたいに整ったキレイな顔に驚愕の色を浮かべる。
それは、確かに『彼』も自分を知っているということの証拠だろう。
「・・・・やっぱりアルちゃんなんか・・・・、けどこんなん、・・・・あり得んやろ・・・・・?」
頭の中で、どうにも納得のいく答えの出ないまま。
混乱した状態で、『彼』に向かって足を進める。
『彼』は一瞬、逃げだそうとするかのように左右に素早く目線を走らせたが、観念したのか此方をじっと見据えて立っていた。
一歩ごとに、『彼』との距離が近づいて。
『彼』の姿がアップになる度に、見間違いなどでは決してないと確信する。
「・・・・・・・・・・アルちゃん、・・・」
恐る恐る名を呼べば、『彼』は記憶通りの声を発した。
「・・・ナナシ・・・・」
自分を知っている。
ナナシの名を呼び、記憶通りの姿と声を持つ『彼』。
間違いなく、『彼』は自分の高校時の1年後輩だった『アルヴィス』だ。
「・・・・・・・・・・・・なあ、なんで?」
堪えきれず、先ほどから頭の中をぐるぐる回っている疑問を口にする。
聞いてはいけないような・・・・・恐らく『彼』だって聞いて欲しくないだろうと思いながら・・・・・・それでも聞かずにいられなかった。
「なんでアルちゃん、その姿なん・・・??」
高校の制服が似合うだろう、華奢なその姿は。
ナナシの中にある、記憶の中のアルヴィスそのもので。
今はもう社会人として働いているナナシと1才違いである筈の『彼』が、その姿で在る事は有り得ない筈なのに。
「病気で。・・・・・ずっと寝とる・・・て、聞いとったけど・・・・」
ナナシが高校3年の夏に、アルヴィスは突然学校を休み始め・・・・そのままついに、登校してくる事は無かった。
厄介な病気に掛かって。
長く療養しなければいけないから─────────と、休学したままになり。
そのまま連絡も取れなくなってしまい、それっきりアルヴィスはナナシの前から姿を消した。
彼に近しかった、誰に聞いても言葉を濁し、誰もハッキリとはアルヴィスの状況をナナシに教えてはくれなかった。
一方的にアルヴィスに話しかけ、ちょっかいを出していただけの自分では。
彼と親しいのだという認識を、与えていなかったらしい。
ただ、何となく言葉を濁した相手の硬い表情から。
もう助からないような、厄介な病にかかっているらしいことだけは察せられたのだが。
それからもう、7年。
もちろんアルヴィスと再会することもなく、ナナシはもう、『彼』はこの世に居ないのではないかと・・・・心の奥底でそう思い始めていた。
アルヴィスが生きているのか、それとも・・・・。
それを、確かめる勇気は無かった。
知らないでいる間なら、『彼』はずっと生き続けていられる────────ナナシの中で。
けれども、真実を確かめてそれで・・・・・アルヴィスがもう、この世の何処にもいないと知ってしまったら。
そう思うと、怖くて確かめる気にはならなかったのだ。
けれど今、目の前にいる『彼』は紛れもなくアルヴィスだ。
生きている。・・・・生きていてくれた。
それは嬉しい。
・・・・・嬉しいのだが。
何故『彼』は、あの頃のままなのだろう?
ナナシの記憶と寸分違わぬ、17才の少年の姿のままなのか・・・・・・・・・・?
「・・・・・・・・・・・・・・なんで年、取っとらんの・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
俯いてしまっているので、アルヴィスの表情は伺えない。
線の細い顎のラインと、形の良い口元だけが長い前髪の隙間から覗いている。
華奢な白い首筋といい、・・・・やはりその姿はあの頃のままだ。
「・・・・・・・・・、」
人形みたいに整った小さな唇が、きゅっと噛み締められたかと思うと。
アルヴィスは何かを思い切るかのように勢いよく、顔を上げた。
当時もナナシを引きつけてやまなかった、鮮やかな青色の瞳と目が合う。
「・・・・俺さ・・・」
7年前と少しも変わらない繊細に整った顔の中で、肌の白さのせいか妙に朱く見える唇が笑みの形に弧を描いた。
「・・・・吸血鬼なんだ」
「・・・・・はァ?」
どちらかといえば、あどけなさを感じさせるビスクドールみたいな顔立ちなのに。
そうやって笑う姿が、酷く妖艶に見えて戸惑いながらも。
アルヴィスの言葉の内容に、ナナシは思わず間抜けな声を出してしまった。
まったくもって、予想外。
年を取ってない理由なんて、考えたって想像が付く筈もないのだが、それにしたって予想外。
――――――吸血鬼なんて架空の存在を挙げられるなど、誰が考えつくだろう。
リアクションだって、咄嗟に出来ない。
アホみたいに、聞き返すのが精一杯だ。
「・・・なんですと?」
「だから、・・・吸血鬼なんだって。俺、噛まれたんだ吸血鬼に」
けれどアルヴィスは笑みを浮かべたまま、同じ言葉を繰り返した。
美しいけれど何処か含みを感じさせる微笑・・・・・悪魔の笑みだ。
いや、姿形はどこか猫みたいなキュートさを感じさせるから・・・・・・小悪魔、といった所だろうか。
「吸血鬼に噛まれると、年取らなくなるっていうだろ・・・? それだよそれ。他人から血を貰わないと俺は生きていけないし、身体だってほら、・・・・こんなに冷たい」
言いながらアルヴィスは白い手を伸ばし、ぴたっと此方の手に触れてくる。
「・・・・・っ!??」
その、人間にしては低すぎる体温に、思わず手を振り払いそうになった。
氷みたいに冷たい手。
「だからもう、お前とは違う世界で生きてんだよ俺。・・・・久々に顔見れて嬉しかったけど、・・・・きっともう逢うことないから忘れてくれよな」
「・・・・・・・・・・・アル・・・ちゃん・・・・」
そんな馬鹿な。
有り得ない。
吸血鬼なんて、居るわけ無いやん・・・・・・そう、思うのに。
じゃあ、7年経ってるのになぜ同じ姿なのか。
冷たすぎる手は何なのか。
説明の付かない気持ち悪さに、『彼』への態度を決めかねる。
「もう行けよ。・・・・それとも俺に・・・・・噛まれたい・・・・・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・っ、・・・・!!」
握られた手を引っ張られ、首元に顔を近づけられた瞬間。
ナナシは反射的に、飛び退いた。
「・・・・・・・・・・・・・」
アルヴィスは、それを予測していたのかのようにあっさりとナナシの手を離す。
「・・いや、・・・これは・・・」
何故か、酷くアルヴィスを傷つけたような気がして。
ナナシは、慌てて何か言いつくろおうとした。
「・・・ち、違うねん! 今の、これは別にアルちゃんから逃げよ思ったんやなくて、その・・・・・・・そ、そう! ちぃーっとな? 自分寒がりやねんから反射的に手ェ冷たくてやな、それで・・・」
「大丈夫だ。俺とナナシの血液型、違うだろ。俺は、同じ血液のヤツからしか貰わないからな」
「へっ?・・・・良かった・・・・・あ、いや、そうやなくてやね・・・・!!」
「ナナシ」
けれど、それを遮るようにアルヴィスが名を呼ぶ。
「じゃあな。少しだけど、逢えて嬉しかったよ・・・」
そう言って、先程もたれ掛かっていた店のガラス戸を開いて中へと入っていこうとする。
「! ア・・アルちゃ・・・・!!・・・・・・・・・・・、」
咄嗟にナナシも後を追おうとして、振り返ったアルヴィスの表情に思わず足を止めた。
アルヴィスは、笑っていた。
さっき浮かべていた少し意地悪そうな顔ではなく、柔らかくて見ている此方が引き込まれそうになる―――――――親しみを込めた笑顔。
鮮烈な光を宿す、強い青の瞳が甘く細められ、口元を優しく綻ばせた笑み。
けれど、どこか切なそうで哀しそうな色が浮かんだ笑顔だった。
親愛の情を伝えつつ、拒絶の意志も表すかのような。
「昔の俺だけ、・・・覚えていてくれ。アルヴィスは、お前の1つ下で。ちゃんと、・・・高校と大学卒業して・・・・今はどこかで働いているのだと」
「・・・・・・・・アルちゃん・・・」
「・・・・お前と同じに、年を取って生きていくんだって・・・思って、そして記憶していてくれ。・・・・・頼む」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ナナシの目の前から、アルヴィスの姿が消えていく。
今追えば、捕まえられる。
店の中にさえ入ってしまえば、彼の姿をまた見つけることは出来る。
だけど。
「・・・・・・・・・追うな、・・・言うことやね・・・・」
ぽつりと呟き、ナナシはそのまま留まった。
――――――吸血鬼なんて、嘘だろう。
きっと他に、事情はあるに違いない。
どうして成長していないのかも。
何故あの姿のままなのかも。
今、どうしているのかも。
事情があるに違いない。
それも、ナナシには到底考えつかないような深刻な事情が。
だがアルヴィスは、それを言いたくはないのだ。
記憶の中の『彼』だけを留めておくことこそが、・・・・・・アルヴィスの望みなのだろう。
「・・・・・・・・生きててくれただけでも、・・・・・ごっつ嬉しいことやねんけど・・・・・・・・」
好きだった・・・・いや、過去形にせざるを得なかったさっきまでのことを考えれば、それだけでも素晴らしいことのように思えるし。
好きな子の願いなら、何だって言うとおりにしたいとも思うのだが。
「今は追わん。・・・・・けど、次は追うで? 次偶然、また逢うたら・・・それはもう運命やからな・・・・・!」
想っていた当時のままの姿が消えた、店のガラス扉を見つめながら。
ナナシは複雑な想いを胸に抱きつつ、ひっそりと呟くのだった─────────。
ナナシの―――――止めたくなかったけれど、止められてしまっていた時間。
それがようやく、今、動き出したのである・・・・・・。
「・・・・あんな事言って、良かったの?」
様子を伺っていたのだろう。
アルヴィスが店へ入った途端、1人の青年が傍へ寄ってくる。
年の頃は20代前半。
白皙の肌に淡くグリーンがかった真っ直ぐな銀髪、意志の強そうな海色の瞳が印象的な青年だ。
手には、大きな紙袋を提げている。
どうやら用事は終わったらしい。
「別にいいだろ」
遠慮がちに聞かれた言葉に、アルヴィスは抑揚のない声で答えた。
どことなく、諦めが滲んだ声だ。
「・・・・・・・・・・・」
年上の青年は、その様子を少しだけ痛ましそうに見つめ、また口を開いた。
「うん、だけどアルヴィスはナナシ先輩のこと気に入ってただろう・・・・・?」
あんな言い方して良かったのと、言葉を重ねてくる。
青年は、アルヴィスの『事情』を知る数少ない1人だ。
7年前はアルヴィスの1年後輩で、恋人だったが。
今年からは化学の教師として働きながら、アルヴィスの保護者として面倒を見ている。
むろん、7年近く昏睡していたアルヴィスに付き添いずっと待ち続けていた彼とは、現在も恋人関係にあった。
当時は名前にさん付けで敬語が徹底していたのが、今は呼び捨てタメ口になっている辺りが、2人の年齢が逆転してしまった事による変化だろうか。
アルヴィスにしてみれば、意識は高校生のままで止まっていたから。
最初はいきなり未来へと自分が飛ばされてしまったかのような、現実味の無さで。
すっかり大人になった恋人の姿を見たら、────────それが自然の事のように受け止められたけれど。
インガは、時間を止め17才のままのアルヴィスを受け入れてくれた。
ずっと傍にいて、目覚めるのを待っていてくれた。
敬語がタメ口になり、さん付けだった名前が呼び捨てになるという変化はあったが・・・・変わらず、想い続けてくれている。
だが、誰しもが受け入れられるような病では無いだろう。
原因不明の、世界でも例を見ない奇病だというのだから。
気味悪がられたって、不思議じゃないのだ。
「ある意味嘘は言ってない。 ・・・・俺は眠ってる間に血の入れ替えしないと生きていけないんだし、・・・実際寝てる間は殆ど呼吸もしてない仮死状態なんだろう? それで成長も止まってしまう。・・・・だったらそれはもう吸血鬼みたいなモンじゃないか・・・・・」
「それはアルヴィスが病気だから・・・・! 症状によったら輸血したりするのだって当たり前だし、病気で体温低くなって呼吸がゆっくりになってるだけだ。あの頃と姿が変わってないのだって、ナナシ先輩ならちゃんと、説明したら分かってくれると思うし・・・・」
「説明したくない」
アルヴィスはゆっくりと、首を横に振った。
「俺は普通に高校卒業して、大学も行って、今はちゃんと何処かに就職してるって思ってて貰いたい。・・・・インガ、お前の先輩でアイツ・・・ナナシの1年後輩のまま」
「・・・アルヴィス・・・・」
「今の俺は、お前と家族そして病院の先生方以外には、『化け物』でいいんだ。『吸血鬼』でいい。・・・・過去の俺を知る奴らは皆、過去のままの姿の俺を知らなくていい」
─────知ってしまったら。
きっと、驚く。
きっと、目を疑う。
きっと、・・・・・哀れんで。
二度と、・・・・・・あの頃のようには見てくれない。
だから。
せめて、・・・・当時の想い出は当時のままに、切り取って箱にしまっておきたいのだ。
――――――時間に置き去りにされてしまった自分を、・・・・・当時の彼らに知って欲しく無い。
「・・・・・・・・・・・・・・」
「俺は、・・・俺の真実はインガさえ知ってるならそれで・・・・いい」
「・・・・アルヴィス・・・・・・・・・!」
青年が、アルヴィスにもう言うなと言葉を遮るかのように強く抱き締めてきた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
アルヴィスももうそれ以上言わず、黙ってインガに抱き締められるままになる。
通常の人間より、体温の低い身体。
冬は余計に、気を付けなければ体温が維持できない。
「・・・・冷たいね。だから中で待っていてって言ったのに・・・・」
青年が心配そうに言って、自分の首に掛かっていたマフラーをアルヴィスに巻き付けてきた。
「だって外、キレイだったから・・・・」
「ああ、イルミネーションあるもんね。だけど風邪引いたら大変だよ」
大人しく巻き付けられながらぶすっと答えたアルヴィスに、インガが同調しつつも釘を刺す。
「ほら、指先だってこんなに冷たい! ・・・早く帰ろう」
冷え切ったアルヴィスの指を躊躇無く握り、インガは帰りを即してきた。
それに黙って頷きながら、アルヴィスは心の中で呟く。
「・・・・・・・・・・」
自分にはこの手だけで、いいのだ。
他には何もいらない。
冷えてしまった指先を、ためらいなく包んで温めてくれる、彼だけで。
他の誰が自分をどう思おうと────────どうでもいい。
止められていて、ようやく動き出したアルヴィスの『時間』。
それは、彼だけの為に使いたいと願うから──────────――。
+++++++++++++
言い訳。
何なんだ、って感じの話ですね(笑)
単にパソゲーで吸血鬼モチーフの話をプレイしたから影響受けて書きたくなっただけです!(爆)
設定的に補足しますと、アルヴィスは高2の誕生日前日に謎の昏睡状態になりそのまま7年近く眠ってしまうのです。
その間、年は取らなかったので姿は高校2年生のまま。
目が覚めてからも、時折昏睡状態に陥る彼ですが、治療法が確定しておらず対処療法の一端として全身の血を入れ替えるなんてことをしちゃってます。
それで体温低いとか何とか言ってますが、要は簡単に仮死状態陥っちゃうような身体なんで、常にほぼ冬眠状態なんですy(殴)
それをアルヴィスが自分で皮肉って『吸血鬼』なんて、喩えた訳ですn(笑)
わかりにくくてスミマセン><
小説の後にこんだけ説明必要って、どんだけ分かりづらい話なんでしょうかごめんなさい・・・(汗)
つか、鈴野さんと最近よく語ってる萌えネタなんですが。
呼び捨てタメ口なインガがすごい萌えなのに、なんか私やっぱり上手く書けません!!(笑)
好きなのに書けないって、ホントもうすごい焦らしなんですけど。
切ないです・・・!(笑)
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