『Sapphirus 4』


 

 



 ―――――――遠いとおい昔。





 ある所に、魔族の男が住んでいました。


 彼は魔界の4大貴族の1人で、本来ならば魔界の城に住んでいる身分でした。
 けれども彼は、人間達が住まう地上の森に居を構え、そこで静かに暮らしていたのです。

 たまたま魔界から地上を覗いている時に、1人の少年を目にして・・・・その彼を気に入ってしまったから。

 少年は、魔族が大好きな完璧である美しい容姿と、何より好んでいる穢れないキレイな心を持っていました。
 一目で彼を気に入った男は、少年の住む村の近くにある森から、彼を眺めて暮らすことにしたのです。




 少年は真面目で、良く働き。
 昼間は畑で汗を流し、夜は遅くまで書物を読んで、朝はまた早く起きて近くの森まで水を汲みに来たり、薪(たきぎ)にするための小枝を拾いに来ました。

 勤勉に働くその姿を眺めるだけで、男は満足でした。

 少しだけ、彼に気がつかれないように魔力で水の入った桶を軽くしたり。
 少年が見つけやすい場所に、小枝を並べてみたりして・・・・・・・・・彼がそれを見つけ嬉しそうにしている様子を見ているだけで、良かったのです。



 低級な使い魔達と違って本来、魔界の上級種族である魔族は人間達に干渉することは殆どありません。
 補食対象でも無いし利害関係が一切生じない彼ら魔族と、人間達は関わり合う必要性が無いからです。

 ただ永遠にも似た長いながい時間を生きる魔族達にとって、人間達及び地上世界は退屈しのぎの格好の場でもありました。
 観察して眺めたり、チョッカイを出して人間達の運命を少しだけ狂わせてみたり・・・・遊び半分に、人間達の願いを聞き届けたり。
 全ては魔族達の気まぐれで、殺して人口を減らしたり、操って逆に増やしたり――――――地上や人間達は、いわば彼らの生きた玩具なのです。

 そんな彼らを、地上の人間達は『神』や『悪魔』と呼び、畏(おそ)れ敬っていました。


 しかし、その魔族の男は少年を出来の良いオモチャとして、見初めた訳ではありませんでした。

 種族の違いを超えて、彼は少年に恋をしていたのです。
 けれど人間である少年に、どうやって想いを打ち明ければ良いのかが男には分かりません。


 人間同士に恋愛をさせるのならば、さっさと心を操れば簡単ですし。
 魔族同士なら、利害が一致した時のみの関係ですし、そもそも恋愛感情などは互いにありません。

 魔族が人間を気に入った場合・・・・・強引に魔界に連れ去り自分のモノにするのが、普通です。


 けれども、男はどうしても少年にそういった無理強いはしたくありませんでした。

 本当は、最初は・・・・少年を見つけたばかりの頃には、連れ去ろうと思った事もあったのです。
 その為に最初、男は森までやってきたのでした。

 しかし。
 魔界にいた頃から水晶玉で彼を眺めていたので、少年の日課を把握していた男が。
 森を訪れた初日に、こっそりと彼のために小枝を用意しようとしていた所に少年が来てしまったのです。

 何も知らない少年は、男が小枝を拾うとしているのだと勘違いしました。
 そして自分の分をまだ取り終えてもいないのに、親切にも男の方を手伝ってくれようとしたのです。
 魔界から眺めて、知ってはいたつもりでしたが―――――――本当に気立ての良い、面倒見の良い子でした。

 断るに断れず、そのまま少年に手伝って貰ってしまった男でしたが、逆にその後に少年を手伝うと・・・・・・・・・・・・・・彼は本当に、素敵な笑顔を男にくれました。
 少年の人柄が滲み出てくるような、穢れなく美しい・・・とても可愛らしい笑顔です。


 その笑顔を見た途端、男は本当に彼のことが好きになってしまいました。


 無理強いして、魔界の城へ連れ帰ったら絶対に見られない笑顔だろうと・・・・そう思いました。
 だから男は自分の想いも、・・・まして自分の正体も打ち明けられないままに、森で少年に会って話す事だけを至上の悦びとしていました。


 偶然を装って、森を訪れた少年と出会い。
 彼の枝拾いを手伝いながら、話す・・・・・ただ、それだけ。


 四大悪魔の1人と謳われ、その魔力の強大さは他の追随を許さないと言われる立場でありながら、男はそれだけで満たされていたのです。

 少年が徐々に心を許して、男が大好きなあの可愛らしい笑顔を沢山自分に向けてくれているだけで、幸せでした。







 いつか、ちゃんと想いを打ち明けて。

 ちゃんと、自分の正体も明かして――――――――それから、城へ行かないかと誘ってみよう。

 急がなくて良い・・・・彼の気持ちが、もう少し此方に傾いてくれれば。

 そうしたら、永遠の命をプレゼントして・・・・・彼を本当に自分だけのモノに・・・・・・。









 けれど、男の幸せはそう長くは続きませんでした。

 魔族である男を魅了するほどの容姿の持ち主であった少年は、それから程なくして―――――――・・・短い命を散らすこととなったのです。


 手を下したのは、他ならぬ魔族の男・・・本人でした。




 少年の美貌に前から目を付けていた村人達が、ある日、彼に手を掛けたのです。
 たまたま、男が所用で城に戻り―――――――地上から目を離していた、僅かな間の事でした。


 地上に戻り、事情を悟った男は激しく憤りました。

 こんなに怒りを覚えたことは終ぞ無い・・・というくらい。
 目の前が真っ赤になって、脳が沸騰して、身体中から溢れ出す魔力が押さえきれず、周囲に漂う精霊達が震え上がる程に怒りました。


 そして男はその怒りのままに、村ごと人間達を殲滅(せんめつ)しようとしました。

 少年を襲った男達をその場で引き裂き、跡形もなく灼き尽くし―――――――・・・・それから目に映る存在全て、人であろうが家であろうが、何も区別せずに高熱で燃やし尽くしてやりました。

 自分の想い人への狼藉(ろうぜき)が、男にはとても許し難かったのです。
 こんな場所、根こそぎ消滅させてしまえば良いと思いました。


 しかし、驚いたことに。
 それを止めたのは真っ青な顔をした、少年本人でした。

 震えながら男の背に抱き付き、頼むからやめてくれと泣いて懇願(こんがん)してきたのです。
 しかも、先ほど消した彼に乱暴した男達の事も、嘆いているようでした。


 男には、少年が何故そんな事を言い出すのか、理解出来ません。

 だって、彼は酷い目にあったのです。
 許し難い行為を受け、深く傷付いたでしょうに――――――・・・何故、そんな奴らの居た村を庇うのか、到底理解出来ませんでした。
 君の為なんだよ? 君の為の報復だ・・・・そう言っても、泣きながら駄目だと言うばかりです。







 黙っていて悪かったけど、僕は魔族なんだ。

 でも君に手出しはしないから、安心して?

 ただ、ここら一帯をキレイにするだけだから・・・・大人しく見ていてね。

 ――――――君にはあとで、永遠をあげる。

 こんな場所、君にはやっぱり相応しくないから・・・・いっしょに僕の城へ行こうね。

 そして僕と、ずっといっしょに暮らそう。





 そう言って。
 再び男が村を灼こうと。魔力を練りあげ思い切り放った時でした。



 ――――――――――・・・・事もあろうに、少年が両手を広げてその前に立ち塞がったのです。



 驚愕した男が、慌てて魔力の方向を逸らそうとしましたが既に手遅れ。
 膨大に放出された光の線は、少年から完全に外れることなく・・・・その細い身体の中心を打ち抜きました。



 こうなってはもう、幾ら高位の魔族である男にも、何の対処も出来ません。

 少年の身体に流れる血液に、傷口から迸るのを止めるように命令しても。
 傷口付近の臓器や筋肉や皮膚の組織に、再生するよう促しても。
 既に完全に失われた臓器や組織には、干渉出来ないのです。

 辺りを漂う精霊達に何の命令をしたとて、役には立ちません。

 少年の身体には、大きな穴が出来ていました。
 そうなる事も厭わないほど、少年は村を救いたかったのです。






 ―――――――もしかしたら、人間じゃないかも・・・と思ってたけど。

 そんなの、構わな・・いって、思ってた・・・・。





 抱き起こした少年は、苦しそうな息を吐きながら悲しそうに言いました。




 ――――――――でも、やっぱりにんげ・・んじゃないから、きもち、・・・分かって貰えないんだ・・・な・・・・・・・。




 そんなことない、君の言うことなら分かるよ!





 男は必死にそう言いましたが、少年は弱々しく首を横に振ります。

 こうして抱いていても、見る見るうちに少年の顔からは血の気が引いて、呼吸が弱まっていくのが男には分かりました―――――――人間は、とても脆いのです。
 そしてそれを回避させる術は、男にはありませんでした。
 回避不可能な死・・・・それを覆せる存在は、無いのです。




 ――――――――俺は、こんなの望んでない・・・・殺して欲し・・・なんて、・・・思わない。

 たのむ、から・・・・・・・・これ以上、むら、を・・・・・・。





 それでも、少年が口にするのは村を助けて、という事だけでした。
 苦しそうな息の下から、繰り返しそれだけを訴えるのです。





 ――――――――欲し・・・なら、俺の・・・魂・・でも何でも、・・・やる。だから、・・・・もう村には・・・・・・・・・・






 違うよ、君の心は欲しいけどその為なんかじゃないんだ!

 僕は君のことを考えて・・・・・・・・・・・。






 ―――――――――おね・・・がい・・・・







 少年の死期が近いことを悟り、男は泣きながら彼の身体を抱き締めます。

 泣いたのなんか、生まれて初めての経験でした。
 涙が溢れると、しっかり見つめていたい少年のキレイな顔がぼやけて良く見えません。
 けれど、後から後から溢れる涙は止まらなくて・・・・少年の顔にパタパタ降りかかります。





 わかった、もう村なんかどうでもいいよ・・・・・!!





 そう口にすると、腕の中の少年が微かに笑った気がしました。

 堪らず男は、自分の想いを口にします。






 好きなんだ! すごくすごく大好きなんだ・・・!!

 だからお願いだ、・・・・死なないで・・・・・僕の前から消えないで・・・・・っ!!!






 ―――――――・・・・・・・・・・・。






 男が少年からの返事を聞くことは、ついに出来ませんでした。
 彼はその儚い命を、終えてしまっていたからです・・・・。











 それでも、男は諦められませんでした。

 魔族である男でも、死んでしまった身体を完全に蘇らせることは出来ません。
 けれど、その長いながい永遠にも思える寿命を持つ男は、待つことが可能でした。

 魔界の者は死を迎えればソレは即ち消滅ですが、地上の者の魂は、寿命が短い代わりに何度でも転成し生まれ変わります。

 だから、男は待つことにしたのでした・・・・・・・・少年の魂が再び生まれ変わり、この地上へと戻ってくるのを。

 転生した魂は通常、転生前の姿を持って生まれてくる事は在りませんが、男は死んだ少年の魂に彼の容姿を記憶させてそのままの姿で生まれてくるように手を加えました。
 あとは、少年が再び生まれてくるのを待つだけです。






 それから何年も、何十年も・・何百年も経ちました。



 少年の居た村は滅び、新しい村が出来、また滅んで・・・・その内に幾つかの村が合併し、大きな街が出来ました。

 その内に少年が命を落とした真実は歪められ、街には強大な神が住まうという伝説が出来、その神への最高の供物が『ある条件に見合う男子』という事になりました。

 青みがかった黒髪で、見事なサファイア色の瞳をし、左目の下に逆三角形型の痣が2つある、見目の麗しい少年―――――――・・・即ち、あの少年の姿をした子供です。
 実際はそこまで条件の揃う子はなかなか見つからず、ただキレイな青い目だったり、少しだけ青っぽい髪色の男の子が選ばれる事が多かったのですが。

 何にしろ、街が危機に襲われた際にはその供物を献げれば、街は救われる・・・という伝説が語り継がれることとなったのでした。
 少年が命を賭けて村の壊滅を阻止した事が、曲解され歪められて伝わったのです。



 供物に選ばれる少年は赤子の内に探し出され、皆、例外なく『アルヴィス』と名付けられました。

 魔族の男が愛した少年の名前だけは、歪められる事無く長い年月を越えて伝わったのでした――――――。










 その長いながい、待っている退屈な間に。

 魔族の男は、考えました。

 生まれ変わった彼が、自分を愛してまたあの可愛らしい笑顔を向けてくれるようになるかは、分からない。
 最後にあんなに悲しませてしまったのは、自分が彼の気持ちを理解し切れていなかったからなのだ・・・・と。



 ならば、一切の魔力を捨てて。
 人間として暮らしてみるのも、良いかもしれない―――――――そう考えました。




 人間の心を知るには、人間になりきらなければなりません。

 人間は魔力など持たない酷く脆い存在ですから、男は一切の魔力も強靱な身体能力も、全てを封印しなければなりません。
 けれど封印することは、魔族である彼にとっては命取りでもありました。

 権謀術数の渦巻く魔界・・・・そこは信頼関係などは殆どなく、純然たる力関係でのみ支配される世界です。
 4大貴族の1人で、魔界の次期帝王とされる男の立場を狙う他の魔族などは、数え切れない程存在するのでした。
 そんな彼が自ら魔力を封じた事を知られれば、命を狙ってくる者は少なくありません。


 だから男は、全てを捨てました。


 自分の城も、部下も、権力も全てを、他の者に譲りました。

 そうすれば、誰もわざわざ、男の事は狙いません。
 男が自分たちに権力を譲るのは、自らの力が衰えたからだ・・・そう勘違いするからです。

 少年の心を手に入れる為に人間になる―――――――・・・・男はそれが叶えられるのなら、自分の地位だって捨ててもいいと思っていました。
 そして、別にまた欲しくなったら奪うだけだ、とも思っていました。
 封印さえ解いてしまえば、それが出来るだけの自信はあります。




 そして男は、自分の力を封印しました。



 封印しただけでは人間になりきれないかも知れないので、ご丁寧に記憶も封じました。

 さらに、人間とは違う寿命に記憶を失った自分が違和感を持たぬよう、年を取らない自分の姿を異常に思わないように、10年ごとに再び記憶を失うという暗示もしました。

 『ファントム』という、自分の名前以外の一切の記憶を封じました。
 そうしてゆっくりと、少年が生まれ変わるのを待つことにしたのです・・・。






 魔力と記憶を封じても、男には生まれ変わった少年と巡り会えば必ず運命を感じる自信がありました。

 彼をひと目見れば、恋に落ちられる―――――そんな確信が、男にはありました。



 だから男は、何十年も何百年も・・・・・・・・・・・ただ1人だけを待つ事が出来たのです・・・・・・・・・・。











 ―――――――今から遙か、遠いとおい昔の話。
 今ではすっかりと忘れ去られ、歪められた伝説だけが残るのみの、悪魔に愛された少年の物語――――――――――。







 To be continued...


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言い訳。
物語口調で、軽く複線の説明を・・・と思ったならば。
なんか、やったらに長くなりましたね(汗)
当初は、さらっと終わらせて、続きからまた現在のファンアルの2人に視点戻そうと思ってた自分がバカっぽいです(苦笑)
でもまあ、ということで2人は過去の生まれ変わりなのでした☆
正確に言うと、生まれ変わったのはアルヴィスだけなんですけどね(笑)
トム様は、自分で人間だと思い込んでますが正体は魔族です。
そこらに生息してる悪魔達(使い魔レベル?)より格は数段上設定ですので、そりゃあ特別記憶や知識無くたって悪魔払い出来ちゃいますよね・・・・だって、魔族だから視えるし命令したら簡単に言うこと聞くでしょうから、追っ払えますもん(笑)
まあお互い、記憶が全くない状態ですのでこれからどうなるの・・・?? って感じですが。
ゆきのとしては、早く日記で書き殴ってたシーンくらいまではいきたいですね・・・ってアレも別にクライマックスなシーンでは無いんですけども☆
どうでもいいですが、鳥籠に入れられてるアルヴィスが早く書きたいでs(爆)