『Sapphirus 2』
「知らない」
問われるままに、素直にそう答えれば。
目の前の少年は、酷く胡散臭い(うさんくさい)モノを見るような目で此方を見た。
「・・・・知らない、って。・・・・誤魔化(ごまか)す気か・・・・?」
気分を害し、感情が高ぶったからなのか。
少年の瞳の、鮮やかな青が険を帯びて一層美しく燃え上がる。
非の打ち所がない、というのはこういう造作の顔立ちを言うんだろう・・・初めてアルヴィスを目にした時、ファントムがそう感心した美貌も険しいままだ。
「誤魔化すだなんて。・・・僕はただ、正直に答えただけだよ」
笑ったら、きっとすごく可愛いだろうに。
今の仏頂面も、それなりに可愛くて好みだけれど、少しだけで良いから笑顔も見てみたいなあ――――――・・・そんなことを思いつつ、ファントムは首を横に振った。
「どう正直に答えれば、あんな返答になるというんだ・・・・?」
だが、少年の表情は少しも柔らぐことなく。
口にした言葉もトゲのある、堅い声のままだった。
やはり、最初の出会いの印象が良くなかったのだろう。
アルヴィスとは、この街に辿り着き興味の引かれるまま勝手に立ち入った、神殿内部で出逢った。
簡素な白い長衣をまとった服装といい、手にしていた掃除用具などから見習いの神官だと思われたその少年に、ファントムはそれなりに愛想の良い態度で接したのだが。
アルヴィスにしてみれば、ファントムは、その神殿に不法侵入したアヤシイ輩(やから)としか思えなかったらしい。
長く旅を続け方々の国の人間を目にしてきたファントムでも、内心目を見張る程の整った顔立ちをした少年の表情は、堅いままだった。
実際まあ、その通りだから・・・・・・・・・・・自分に対して警戒心バリバリなのも、致し方ないというものだけれど。
「・・・・このままじゃ、お前は捉えられて地下牢に入れられてしまうぞ。・・・不審者ってことで」
だから正直に答えろ、とアルヴィスが仏頂面で再度言葉を掛けてくる。
「・・・俺が、衛兵を呼ばないでいる内に。ちゃんと、言え・・・」
しかめ面のままで、そう即してくる少年を可愛く思った。
呼ぶ気であれば、とうの昔に呼べただろうに。
神像の前に立っていたファントムの手を掴み、神殿外庭の人目に付かない柱の影まで引っ張り込んでくれたのはアルヴィス自身である。
「えー、・・・それはヤダなあ。痛い目に遭いそうだし」
「・・・痛い目どころか、命が無くなるぞ」
地下牢と聞いて、のんびりと感想を述べたファントムに、アルヴィスが律儀に答えてきた。
不審者だと判明しているファントムを、どうやら心配してくれているらしい。
そうでなければ、さっさと警備兵に突き出しただろうし、こうして物陰に引っ張り込んでくれはしないだろう。
年よりずっと、大人びた態度で。
どちらかといえば、冷たいとすら感じる凛とした美貌の持ち主だが・・・・・・・・その言動には年相応にまだあどけなさが残っていて、不審者に対しても非情になりきれない甘さが感じられた。
本当に可愛らしい。
青みがかった、少し癖のある黒髪も。
この地方では珍しいだろう、アルビノ(色素欠乏症)みたいに白い肌も。
豪華なお城の一室に飾られていそうな、お人形のように可憐で繊細に整った顔立ちも。
希有な一対の宝石のような、鮮やかに深い青色の瞳も。
見る者の心を奪う容姿も・・・・・・・・・・その気立ての良さも本当に、可愛らしい。
「だから、名前はファントムで。・・・今の仕事はエクソシストだよって言ってるじゃない」
「・・・・出身は何処で、この国に来る前は何処に居て、いつから・・・・その、そういうのに就いてるんだと聞いてるんだ・・・!」
「そういうのって、なに?」
「だからっ、・・・・エクソシストとかいうアヤシイ職業にだ・・・!!」
のらりくらりと答えるファントムに、アルヴィスが声を荒げてくる。
普段のファントムであれば、わざわざ少年の気持ちを逆撫でする事はせず、望んだ答えを言っただろう。
自分の身上をアレコレ詮索されるのも、説明するのも面倒だし嫌いだから。
呪い師をしながら旅をして、各地の神殿を趣味で見て回ってます―――――――とでも言うのが1番、納得されるし怪しまれない。
それで面倒ごとはスルー出来るし、アルヴィスの機嫌を損ねることもなくて得策である。
「ここの前に居たのは、レギンレイヴ。ここ、レスターヴァに着いたのは昨日。・・・・出身は・・・何処だろう。エクソシストになったのも、いつからなのかなあ・・・知らない」
けれどファントムは、この少年に対しては何故か不審がられると分かっていつつも、最初から正直に語っていた。
「知らない・・・・訳がないだろう!? 自分のことだぞ!」
からかわれていると思ったのだろう・・・・・・・アルヴィスの目が更に、吊り上がる。
だが、彼に言ったことは嘘ではないのだ。
「ホントだってば。・・・僕には、10年前からの記憶しか無いんだ。気がついたら、ゲイレルル・・・っていうずっと南にある廃墟の街に座り込んでてさ? そこから前の記憶がサッパリ無くってね。エクソシストになったのも・・・・何となく成り行きからで、記憶無くす前もやってたのかどうかは分かんないし、いつから他の人間に見えない存在が見えてたのかだって分かんないんだ」
ファントムの記憶は、10年ほど前からしか存在しない。
ソレより前の記憶は一切無く・・・・・・・よって、自分の年齢も定かでは無い。
容姿の印象から言って、恐らく20代半ばであろうと推測は出来るがそれだけだ。
他人には確認出来ない、『超常的な存在』を見て意志を交わす能力が自分に備わっている事にも気付いたが、果たしてそれがどのようにして身についたのか・・・生まれつきのモノなのかも判断出来ない。
最初の記憶が生まれた場所――――――・・・つまりはファントムの意識が覚醒した場所では、誰も彼のことを知らなかった。
充分すぎる程の資金と、旅に必要だろう全ての備品を所持していた事から、恐らく何処かから家出でもしてきた金持ち息子ではないかと推測されたのだがそれを実証するモノは何も無かった。
「覚えてたのは、ファントムって名前だけ。・・・・あとは何にも覚えてないから、知らないとしか言いようが無いでしょ?」
肩をすくめて、ファントムはそう説明する。
自分でも嘘くさいと思えるような実話で、アルヴィスが尚更に機嫌を悪くするかも知れないと思ったが、事実だから仕方ない。
これでまあ、警備兵に突き出されて牢獄へ入れられてしまうのなら、それまでである。
地下牢なんて、大抵が石造りでジメジメと陰気で居心地悪いから、出来ることなら一瞬たりとも入っていたくない場所だから呼ばれたらその場で逃げないと。
でも逃げたらもう、この子と逢えなくなるのは残念だな・・・・そんな事をつらつら考えながら、ファントムは身構える。
もちろん、アルヴィスが怒り出して大声で警備兵を呼ぶのに備えてだ。
「・・・・・・・・・記憶、無いのか・・・」
しかし、アルヴィスは途端に少し困った顔で眉尻を下げた。
「なら、・・・仕方ないな」
そう言って、納得したようにファントムに向かって溜息を付く。
どうやら、ファントムの言葉を信じてくれたようだ。
「だけど、そんな事情は神官長達には通じない・・・・尋問されてそんなの答えても信用されないだろう。俺はお前のこと見なかった事にするから・・・・・早々にこの神殿立ち去れ」
「・・・・・・・・・信じてくれるの?」
しかも見逃してくれるらしいアルヴィスの言葉に、ファントムの方が半ば面食らった。
けれどアルヴィスは、キレイな青い瞳で真っ直ぐにファントムを見返してくる。
毛ほども疑わないと言いたげな・・・・とても澄んだ美しい目で。
「? だって、本当の事なんだろう?」
「・・・・うん」
こんなにすんなりと、信じて貰えたのは初めての経験だった。
アルヴィスが10代半ばというまだ幼い年齢なのせいもあるだろうが、神殿で生まれ育ち純粋培養されているせいで、彼は他人の言質(げんち)を疑うという事を知らないのだろうか。
「ああ、それから。・・・・御神のことを悪魔呼ばわりとか、御神が視えるとかは・・・・・・・・・・・・・・・・・御神への不敬罪と見なされて、処刑されてもおかしくない事だから絶対にもう口走らない方がいいぞ。お前みたいなのは、さっさとこの街からも出た方がいい・・・・・今、この街は酷く荒れているしな・・・毎日のように、罪のない人々が尋問に掛けられて処刑されている・・」
「・・・・・・・・・・どうして? どうして君は、僕を・・・・・?」
見逃すだけどころか、ファントムの身を案じるような言葉も掛けてくれるアルヴィスに。
ファントムは知らず、問うていた。
街が、住民の心が荒れているのは、神殿に辿り着くまでにファントムも気がついていた事だ。
気候が温暖で農作物が豊富に取れ、富める大きな街――――――・・・レスターヴァについては、そういう噂ばかりを耳にしていた。
けれど実際に訪れてみれば、気候は荒れて田畑は枯れ、農作物が殆ど取れず人々は明日食べる物にも事欠く暮らしをしている。
いつ、暴動が起こっても仕方のない状態だ・・・と、感じた。
実際、そんな輩を取り締まる為に連日、大勢の人間が処刑されているという話も耳にした。
恐怖の街と化した、レスターヴァ。
だからこそ、街の中央に位置する巨大な神殿・・・・・そこに天変地異や人々の不和を巻き起こす悪魔が巣くっているのだと推測したのだが。
ともかく、飢えた街の人々の怒りの矛先は神殿に向けられている筈である。
信仰の中心である神殿に何とかして欲しいと救いの手を求め、・・・・それが叶えられていない現在、神殿はかなり苦しい立場だろう。
怒りの矛先を少しでも逸らす為に、ファントムのような不審者への追求や拷問は、徹底して行われるものなのだ。
神殿で生まれ育ち、神殿の教育が染み込んでいるだろう敬虔な信者であるアルヴィスならば、問答無用でファントムを衛兵に突き出してもおかしくはないのに。
出逢った時から、彼の機嫌を損ねてばかりのファントムを見逃してくれようとするアルヴィスの考えが読めなかった。
ここに神なんて存在しない、・・・そうファントムが言い切った時の彼は、心底怒っていたのだ。
「・・・・どうして、・・・かな」
ファントムの目の前で、アルヴィスは柔らかく苦笑した。
その時の彼の目が、穏やかな全てを諦めきったような暗い色を浮かべていて――――――――ファントムはその表情がとても美しいと思いつつ、何故か胸が締め付けられるような苦しさを覚える。
「たぶん、・・・・無駄に血が流れるのを見たくないんだ。・・・・もう少しで全部、元通りになるから。そうしたら皆の気持ちも落ち着くから、・・・・・・・」
「・・・・もう少しで・・・・?」
アルヴィスの、何故か確信めいた言い方を不思議に思いファントムは聞き返した。
それにしっかりと、アルヴィスは頷く。
「ああ。もう少しで、御神は願いを聞き届けて、・・・・・・・・この飢饉(ききん)から街を救って下さる」
「・・・・・・・・・・・・・」
黙ったままのファントムを、アルヴィスはその美しい青の瞳で真っ直ぐに見据え―――――――・・・口を開いた。
「俺は、御神に捧げられる為に生まれてきた。・・・俺の血と肉を献げれば――――――御神は必ずや、この街を救って下さる・・・・」
「!??」
―――――――俺の命は、御神に捧げられる為に使われるもの。
自分の胸元に、片手をあて。
そう静かに言ってのけた、華奢な少年の姿に・・・・・・・・・・・・・・ファントムは自分でも制御しきれないような、猛烈な激情が沸いてくるのを感じていた―――――――。
To be continued...
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言い訳。
・・・あれれ?(笑)
世界観やら、状況設定の説明してたら全然ファンアルになってくれてませんね!?(爆)
でも、一応フラグは立ってるんですが・・・ファントム側的にだけは。
次回・・・次回こそ、甘いファンアルにしたいです。
設定上、甘くなる前に切なくなりそうな気もしますが・・・!(笑)
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