『遊郭悲恋物語』













 ――――――ずっとずっと、一緒に居られると思っていた。

 ――――――ずっと傍に、置いておけると思っていた。

 家柄的にも申し分無く、6歳差ならば娶るのにも何の支障もない。

 だから、・・・・ずっと傍に。


 小さな幼なじみを優しく見守り、いずれは・・・・・・・・・そう、思っていたのに。



 ―――――――彼を手放し、・・・・そしてあんな『場所』で再会する羽目になろうとは想像もしていなかった・・・・・・・・。















「坊ちゃま。・・・・お床の用意が出来ましてございます・・・・」


 窓を開け放ち。
 ぼんやりと外を眺めていたインガに、襖(ふすま)を開けないまま静かな声が廊下から掛けられる。

 インガは軽く溜息をついて、気乗りしない口調で返事をした。


「・・・わかった。今行くよ・・・」


 用件は、分かっている。
 ここは郭(くるわ)であり、自分は今日、客として此処へ来ているのだから。

 ――――――することは、1つだ。


「・・・3階の奥・・・?」


 襖を開け、廊下に控えていた楼主(ろうぬし)・・・この郭(妓楼)の主だが・・・に、つまらなそうに確認すれば。
 愛想笑いを浮かべた男が、何度も頷く。


「ええ、ええ。『白蘭の間』です。・・・もう待たせておりますから、すぐお試しになれますよ!」

「・・・・・そう」

「すごい上玉ですよ坊ちゃま。私も長くこの遊郭をやらせて頂いておりますが・・・あそこまでキレイな容姿の子は見たことがありませんや」

「・・・・・・・・・・・・・」

「本来なら、相当の大店(おおだな)の主人か身分の高い方じゃなければ、突き出しはお願い出来ないとこですよ。こっちが足らないでしょうからねえ・・・・!」


 ニコニコと笑いながら、楼主は人差し指と親指で輪を作ってインガに見せた。

 『突き出し』とは、遊郭で働く『遊女』・・・要は自分の性を売り物にして客に買わせる職種の総称だが・・・・の、『初物』を抱く儀式の事である。
 遊女は、その突き出しで客に抱かれ、それで初めて一人前の遊女となれるのだ。
 上玉であればあるほど、その価値は高く―――――比例して、突き出しに掛かる費用も甚大(じんだい)となる。

 それなりの地位や恵まれた家柄の者でなければ、支払いの金銭が追いつかないと言いたいのだろう。


「・・・・父の言いつけで来ているだけだ。別に、どうでもいい・・・・」


 だが、インガは別に自ら望んで『突き出し』を行いたい訳では無かった。
 この妓楼(ぎろう)のオーナーである父親からの言いつけで、ここを訪れただけなのだ。

 ―――――跡取りである一人息子のインガに、一度くらい遊女の初物買いを経験させてやろうという・・・・・・所謂(いわゆる)ありがた迷惑な思いつきのせいで。

 だからちっとも、気分が高揚などはしない。

 インガの父親は、とかく息子に何でも勝手に押しつけるのが大好きなのだ。
 これまでも経営学だの西洋哲学だのといった知識面から、果てはこういった遊郭などでの粋(いき)と称される『遊び』方面まで口を出してきて、悉く(ことごとく)インガに干渉してきた。

 故にこうして遊郭を訪れるのだって、そう珍しいことでは無い。
 両手に満たない歳の頃より、後学の為にと父親に連れられてきていたし、それなりに遊びだって経験し、百戦錬磨な彼女達に舐められないだけの手管だって覚えさせられている。
 遊女と寝る事に、特別な意味合いを持つような気分になる筈も無かった。

 いくら初物を買う権利が与えられ、それがそうそう無い機会なのだと知っていても、だからといって楽しみかといえばそうでもない。
 どちらかといえば辟易(へきえき)としており、・・・・父に言われて仕方なく出向いた、というのが本音なのである。


「・・・・面倒だな・・・・・」


 上玉らしいが、だからといって何だろう。

 そもそもインガはこういった場所で相手を買うのは好きではないし、生まれつき他人と肌を合わせるのに余り喜びが見出せない質である。
 幼い頃から、性行為を金儲けの手段としている遊郭になど、連れてこられていたせいだろうか。
 性の営み自体も、所詮は生理的な現象としかインガは捉えられなかった。


「まあまあ坊ちゃま。今日のお相手は本当に美人ですよ!? ご覧になったら、きっとお心も浮き立たれます!」


 浮かない顔のままのインガを即すように、楼主はさあさあ・・・と声を掛けてくる。
 彼の立場からいえば、ヘタを打ってインガがやめるなどと言い出せば、自分の父親から叱責される羽目になるのだろうから、必死だ。


「まだ慣れておらず、多少無愛想に見えるかも知れませんが、・・・あ、く、ま、で、緊張の為ですので!!」

「・・・・・・・・・・・・・」


 どうやら、顔はキレイだが愛想の足りない遊女らしい。

 まあ、どうでもいいか――――――と、インガは投げやりに考える。
 どうせ、することは1つだ。
 抱いて、儀式さえ済ませれば父親の気も済むだろう。

 買われてきたばかりで、変に嫌がられたらそれはそれで手を焼くだろうし、何となく気も咎める。
 けれど無愛想で、同情せず済むような相手ならば後腐れ無くて済むじゃないか・・・・・そうも考えた。

 一度抱いて、儀式を済ませればそれでお別れ。
 懇意(こんい)にする気も無いし、父親に言われでもしなければ遊郭通いをする気もサラサラ無い。

 ・・・・だから、それで終わる筈だった。
 それ以上でも、それ以下でもなく。

 アッサリと、一夜のちぎりを結び―――――――・・・後腐れ無く終わる筈だった。



 それなのに・・・・・・・・・・・・・・・・。










 奥座敷へ、通されると。
 真新しく仕立てられたばかりの布団が敷かれたその隣に、目にも鮮やかな緋色の襦袢(じゅばん)を纏った遊女が控えていた。

 今宵の、インガのお相手である。

 突き出しは大体12〜13歳で行われるから、この遊女もそれくらいの歳なのだろう。
 俯いている為に顔は伺えないが、襟足から覗く首筋や肩、そして手指の細さがそれを物語っていた。
 肉付きも薄そうだし、骨格自体が華奢であるように見受けられる。

 青みがかったやや癖のある黒髪と、纏(まと)う真っ赤な襦袢が、肌の白さを余計に引き立て――――――・・・遊女の、未成熟だろう硬い身体を、奇妙に艶(なま)めかしく見せていた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 僅かな風に揺らされただけでも、ポキリと折れて萎れてしまう花のような風情が何となく、・・・大切な幼なじみを思い出させて。
 インガはらしくもなく、これから自分が散らす事となる遊女の運命を儚んだ―――――――。





 

 

 To be continued...


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インガは、いいとこのお坊ちゃま。
遊女はもちろん、アルヴィスです(笑)
更に言っちゃうと、お察しでしょうがインガの幼なじみもアルヴィスです(爆)
家が没落し、買われていってしまったアルヴィスとその店のオーナー息子であるインガとの出会いシーン。
この直後、お互いを見つめて驚愕しちゃいます☆
インガはもちろん知らなかった事ですが、この後相当にアルヴィスはインガを恨む事となるでしょうね・・・!!
インガは今後アルヴィスの元に通い続けますが、アルヴィスは誤解してるので心を開きません。
密かにインガは身請け(遊女を買い取り、自由の身にしてあげること。まあ要は娶るということですが)を計画しますが・・・・・・・・・なんて、ネタを考えてました(笑)
ていうか、コレ鈴野さんとメッセでお話してた内容なんですが(笑)
当時は完全にインアルとして考えてたのですけど、コレにファントム出しても面白いかなーって気もします^^
トム様、即座に身請けするって言い出しそうなんで、そうするとインアル的には思い切り悲恋になってしまうんですが・・・。
悲恋は悲恋で萌えるかなーって気がしますvv
↑小説として載せることを決めたので、あくまでインアルにしますけど!!(笑)