『Sweet Valentine Day−ファンアルver−』





※『君ため』番外編。幼き日の2人です。













 2月14日は、Valentine Day。
 そのこと自体は、忘れているワケでは無かったけれど。





 ――――――・・・あのね、ふぁんとむ。これあげる・・・。





 アルヴィスが、ちょっと恥ずかしそうに差し出してきたモノを見て。


「・・・・・・・・・・」


 ファントムは少しの間、『それ』を凝視した。

 アルヴィスが小さな手で持っているのは、透明なビニール袋。
 中にはカラフルな包装がされた、ウズラの卵大のモノが幾つか詰められているのが透けて見えていた。

 包装自体には見覚えがあるから、その正体がチョコレートだというのは分かる。
 輸入物のチョコだが、アルヴィスが気に入っていたので何度かあげた記憶があるから、彼が持っていても不思議はない。

 問題は、何故これをアルヴィスがファントムにくれるのか・・・ということである。


「・・・ボクに、くれるの・・・?」


 とりあえず差し出されたままにしておくワケにもいかないから、手を伸ばしつつ問えば、アルヴィスはこくりと頷く。


「ありがとう」


 何故くれるのかは不明だが、とにかく礼を言ってファントムが受け取ると、アルヴィスが嬉しそうにニッコリとした。

 元から天使みたいに愛らしい子供だから、笑うと余計にその可愛さが増す。
 零れ落ちそうに大きな青い目も、白く柔らかそうな頬も、まだ低いけれど形の良い鼻や小さな唇も、どれもが可愛らしく、可憐で・・・まるで生きた人形のようだ。


「嬉しいけど、・・・どうしてこれをボクに?」

「・・・えとね、・・・」


 その可愛さにうっとりしながらファントムが問いかけると、アルヴィスはまた少し、もじもじとしながら口を開く。


「だってきょうは、ばれんたいん、なんでしょう?」

「え? あ・・・・うん、そうだね・・・?」


 まさか、まだ4歳のアルヴィスからバレンタインという単語を聞くとは思わなくて、ファントムは少々面食らった。

 確かに今日は、バレンタインデーで。
 ファントムも別に忘れていたワケじゃなかったから、アルヴィスには意味が分からないだろうと思いつつ、メッセージカードとヌイグルミを用意していたファントムである。

 バレンタインデーは、自分の好きな人や感謝をしたいと思う人に、カードや贈り物をする日。
 まだ幼いアルヴィスには分からないだろうな、と思いながらも準備はしていたのだ。

 それが、アルヴィスからバレンタインデーのことを言われるとは思ってもいなかった。

 遊ぶ約束をしていて、アルヴィスの家まで迎えに行ったら、ちょっと待ってて―――――――と、玄関まで出てきたアルヴィスが中へと駆け戻り。
 どうしたのかと思いつつ待っていたら、何かが詰まったビニール袋を手に走って戻ってきてファントムにそれをくれた。

 けれどまさか、バレンタインのプレゼントとは思っても見なかったファントムである。


「おれはふぁんとむが好きだから、ふぁんとむにちょこれーとあげるんだよ」

「・・・・うん・・?」

「だって、ちょこれーとのひだもんね!」


 舌っ足らずにそう説明してくれるアルヴィスは、文句なしに可愛い。
 嬉しいでしょ、と言いたげにちょっと顎を上向かせ、得意そうな顔で言っているのが本当に可愛らしかった。

 だが。

 ファントムとしては、いまいちピンと来ないことがある。




 ―――――――・・・ボク、チョコレートが好きだってアルヴィス君に言ったことあったっけ・・・??

 それに、チョコレートの日って・・・一体何のことだろう・・・・・・・??




 チョコレート自体は、ファントムは別に嫌いでは無い。
 けれど、好きでもないというのが本音だ。

 甘さは嫌いじゃないけれど、舌触りというか食べた後のネットリ感が余り好きではない。
 固形のよりは、どっちかというと液状の・・・ドリンクとしてのチョコレートの方が好きである。

 だから、チョコレート好きなアルヴィスには良く与えていたが、自分が食べたり好きだと言った記憶は無かったファントムだ。

 ついでに言うと、チョコレートの日、という言い方もいまいち良く分からなかった。



 ―――――――・・・アルヴィス君は自分がチョコ好きだから、ボクも好きだと思ったとか・・・・?




「ボクがチョコ好きだと思ったから、くれるの?」

「ちがうよー」


 当たりを付けてそう聞いてみれば、アルヴィスはブンブンと細い首がもげそうな程に大きく頭を振る。


「ばれんたいんは、だいすきなひとにちょこれーと、あげるひだろ」

「・・・・・・・・・・チョコレートあげる日・・・?」

「ふぁんとむしらないの? あのね、ばれんたいんはだいすきなひとにちょこ、あげるんだよ!」


 知っていて当たり前のことをファントムが知らないと思ったのか、得意げにアルヴィスが繰り返した。


「ようちえんでいってたもん」

「・・・・・・そうなんだ」


 ――――――・・・もしかして。

 そこでようやく、ファントムも思い当たる。
 この国では、バレンタインにはチョコレートを贈るというのが普通なのかも知れないと。

 ファントムの家は、祖母がF国人とのハーフだし、彼自身が通っている学校もI国系のインターナショナルスクールだ。
 だから年中行事なんかも、そっちの風習に則って行う傾向がある。
 そしてそれは、実際に住んでいるこの国のイベントと、似て非なることが多々あるのだ。

 例えばファントム達は11月末の木曜日に、Thanksgiving Day(感謝祭)なる七面鳥やパンプキンパイを食べるイベントがあるけれど、この国にはそれは無いし。
 逆に7月7日にこっちの国では七夕という、細長い色紙に願い事を書いて笹に飾るという行事があるが、ファントム達にはそんな風習は無い。

 Valentine Dayといえば、好きな人や感謝したい人にプレゼントやカードを贈る日・・・と漠然と思い込んでいたけれど。
 それがこの国では違う、ということだって充分あり得ることだろう。

 そういえば、テレビのCMでやたらにチョコレートのPRがされていたような・・・と、思い当たる。


「なるほどね・・・」


 ようやく合点がいって、ファントムは独りごちた。


「だからね、ふぁんとむにちょこあげるー」


 嬉しい? と伺うように此方の顔を見上げるアルヴィスが可愛くて、ファントムは思わずその小さな身体を抱き上げる。


「うん、嬉しいよ。ありがとね・・・アルヴィス君」


 もう一度お礼を言ってスベスベの頬にキスを贈れば、小さな天使はきゃっきゃと声を上げて可愛らしく喜んだ。


「あのね・・・いちばん、おいしいのあげたかったの」


 抱き上げられたアルヴィスは、ファントムの耳元で秘密を打ち明けるように小さな声でそう言って来た。


「・・・ふぁんとむがくれたの、とっておいたんだよ」


 やはり、ファントムにくれたのは、以前自分がアルヴィスにあげたモノだったらしい。

 以前に与えたら、とっても美味しそうに食べて気に入ったようだったから、それ以来ことある度にあげていたのに。


「どうして? アルヴィス君、このチョコレート好きだったでしょう?」


 何故食べてしまわなかったのか、と聞けばアルヴィスが恥ずかしそうにボソボソと打ち明けてくる。


「・・・おれがたべたのでいちばん、おいしかったから・・・」

「・・・・・・・・・・」

「おいしいの、・・・あげたかったんだもん・・・」

「・・・・・・・・・・」


 打ち明けられた内容が、あんまり可愛くて。

 ファントムは、言葉を失った。

 甘いお菓子が、大好きなアルヴィス。
 これくらいの小さな子供が、目の前にある好きなモノを我慢することがどれだけ大変なことか―――――――・・・それを考えたら、アルヴィスがどれほどファントムを慕ってくれているのかが手に取るように分かる。

 一度に食べ過ぎたらお腹を壊すし、ご飯が食べられなくなっちゃうから・・・そう思って、逢う度に1つずつしか渡していなかったチョコレート。
 それをアルヴィスは大切に家に持ち帰って、・・・・食べたいのを我慢して取っておいてくれたのだ。

 ファントムに、自分が美味しいと思ったチョコレートをあげたい一心で。


「でも、・・・ごめんなさい・・」


 黙り込んでしまったファントムを、どう思ったのか。
 抱えられたままで、アルヴィスが悄気(しょげ)た様子で見上げてきた。


「せっかくくれたのに、たべなくてごめんなさい・・・」

「・・・・・・・・・・・」

「でもおれ、どうしてもふぁんとむにおいしいのあげたかったの・・・・」


 まだお小遣いなども貰っていないアルヴィスでは、当たり前だがチョコレートなど買える訳も無い。
 それどころか、1人で買い物になど出歩ける年齢では無いし・・・行けたら行けたで大変だ。

 だからアルヴィスが、ファントムにチョコレートをあげようと思ったら、必然的に入手経路は限られてしまう。
 即ち、誰かから貰ったモノということになり―――――・・・その中で一番美味しいモノを、と考えたらファントムから貰ったモノだった、ということなのだ。

 アルヴィスの年齢なら、貰った本人にその貰い物を渡す・・・というのが微妙だということは理解していないに違いない。
 ごめんなさいと言っているのは、ひとえに貰ったのに食べていなかったということにのみだ。


「・・・・・・・・・・・」


 けれどもちろん、ファントムだって、そんなことを気にする気は毛頭無い。
 だってこれは、アルヴィスなりの精一杯のファントムへの気持ちが詰まった、微笑ましくもいじらしい・・・・純然たる好意なのだから。


「・・・・いいんだよ。ありがとねアルヴィス君・・・・ボク、すっごく嬉しい・・・・!!」


 本心からの想いを込めて、ファントムは腕の中の小さな天使に頬ずりをした。


「ほんと? うれしい? ふぁんとむもちょこすき?」

「うん、好き。大好きだよ、チョコレート大好き。でもね、・・・アルヴィス君のことの方が、もっと好き」

「おれもふぁんとむ、だいすき!」

「ふふっ・・・ありがとう。アルヴィス君は可愛いね」


 可愛さが募るままに顔中にキスを贈ると、アルヴィスがくすぐったそうに笑い声をあげる。


「I'll be with you forever・・・!(もう君のこと離さないよ・・・!)」

「・・・あいるびうぃ・・じゅ?」

「ああ、ゴメンね? アルヴィス君が可愛すぎるから、ずっと一緒に居たい、って言いたかったんだ」

「うんっ、おれ、ふぁんとむとずっといっしょー!」


 元気よく抱き付いてきた小さな身体をぎゅうっと抱き締め、ファントムはその感触がもたらす幸福感を噛みしめた。



 『かわいい』 『いとしい』 『だいすき』 『しあわせ』


 ――――――全ては、アルヴィスから教わった感情だ。


 アルヴィスが居なければ、恐らく味わうことも無かった想い。
 知らなかった、感情。

 ファントムの幸せは全部、アルヴィスが運んで来てくれる。



「あのね、そのちょこすごいおいしいんだよ。・・・ちゃんとたべてね?」


 最初にアルヴィスにあげたのはファントムなのだから、味を知らないわけは無いのだが・・・・そこには考えが及ばず、一生懸命教えてくれるのが可愛かった。


「そっか、美味しいんだね。じゃあ今、一緒に食べてみようか?」

「うんっ! ・・・あ、だめだよ・・・だってふぁんとむにあげたんだもん・・・」


 うっかりイイお返事をしてしまった後で、遠慮するのがまた可愛らしい。
 本当は食べたいのが、丸わかりだ。


「ふぁんとむがたべないとだめだもん・・・」

「そんな美味しいチョコレートなら、一緒に食べようよ? だってボクもアルヴィス君が大好きだから・・・・チョコレートあげたいし」


 迷う様子の子供に笑いかけ、器用にアルヴィスを抱き上げたまま、ファントムは手にしたビニール袋からチョコレートを2つ手に取り出す。


「ね? 一緒に食べよう。アルヴィス君がボクを好きで、ボクがアルヴィス君を好きなんだから食べなくちゃ!」

「・・・・・・・・・」


 バレンタインはそういう日なんでしょう? と問いかければアルヴィスはおずおずと小さな手を出してくる。

 その手に2つとも渡して、ファントムはアーンと少し口を開けてみせた。


「じゃあボクに食べさせてくれる?」


 ファントムの言葉に、アルヴィスはコクリと頷いて小さな手でチョコレートの包装を辿々(たどたど)しく剥き始める。
 そしてチョコレートを摘むと、素直な仕草でファントムの口に入れてくれた。

 独特の、甘い香りと味が口内に広がる。


「・・・ホントだ、美味しいね」


 ゆっくりとチョコレートを口の中で溶かし、呑み込んでから。
 アルヴィスと目線を合わせて、ファントムは口の両端を吊り上げた。

 自然と、笑みが零れ出る。

 嘘じゃなく、本当に美味しいと思った。
 チョコレートが、こんなに美味しいなんて感じたのは初めてである。


「アルヴィス君にもアーンてしてあげるから、もう1つ剥いてくれるかな?」

「うん」


 言われた通りにまた一生懸命、包装を外してくれた小さな手から、チョコレートを受け取り。


「はい、アーンして」


 ファントムは、可愛らしい口にそれを放り込んでやった。


「おいしぃねぇー」


 マシュマロのような頬をモゴモゴさせて、チョコレートを頬張るその姿は小動物のように可愛らしい。
 小さな子供の、お腹の具合を考えなくて良いのなら、もう幾らだって与えたくなる愛らしさだ。



 ――――――・・・可愛いな。



 アルヴィスを見ていれば、いつだって湧き上がってくる感情だが、今日は特にそう感じる。

 チョコレートを贈る日、なんていう習慣には馴染みが無かったけれど、これはこれで素敵だな、とファントムは思った。

 チョコレートだって、特に好きという印象は無かったけれども、・・・・今度から好物に挙げてもいいくらいには評価が上がっている。

 他ならぬアルヴィスが、一生懸命ファントムのために取っておいてくれた大切なチョコレート。
 自分が一番食べたかったんだろうに、ファントムにあげたいと思って、残しておいてくれたモノ。

 それを考えたら、何より素敵な贈り物だ。


「ちょこ、おいしいねっ!」


 チョコを食べて美味しそうに笑う天使が、ファントムには一番の宝物。

 その宝物がくれたんだから、――――――チョコレートは特別な菓子だ。


「ありがとねアルヴィス君。ボク、チョコレート大好きになりそうだよ」

「えへへ・・・」


 少し得意げに笑う、アルヴィスが可愛らしくて。
 ファントムはまた、その白く柔らかな頬に自分の頬を擦り寄せた。

 あどけない天使の口元からは、ふわりと甘いチョコの香りが漂う。


 甘いあまい匂いと、アルヴィスの柔らかな身体から伝わる温かさがファントムの胸を優しい何かで満たしていく。


 きっと、・・・・・・・チョコレートを口にする度に。
 この甘さを舌で味わう度に、――――――ファントムは、この幸せな気持ちを思い出すだろう。


 毎年、こんな風にアルヴィスと過ごせればいい。

 幾つになっても、オトナになっても・・・・・・・こうして2人で、甘い日を過ごせたらいい。



 ―――――――・・・Valentine Dayには、甘いあまいチョコレート。




 花束やヌイグルミ、想いを込めたメッセージカードもいいけれど。

 バレンタインにはやっぱり、チョコレートがいいかな・・・・なんて。


 すっかりチョコレート好きになってしまった8歳のファントムは、来年はアルヴィスが大好きなチョコレートを山ほど用意してあげよう――――――――などと考えて、悦に入るのだった・・・。









 END


++++++++++++++++++++
言い訳。
オトナになった『君ため』のトム様は、チョコレートが大好きなんですけど。
子供の頃は別に、実はそんなに好きじゃなかった・・・って話です(笑)
でも、バレンタインにチョコレートをくれたアルヴィスが、あんまり可愛くて。
チョコを食べる度に、それを思い出しちゃったりして・・・幸せな気持ちになるので、好きになったんですね。
これから、お別れするまでと再会してからの毎年、トム様はアルヴィスにチョコを贈るようになります(笑)
海外の思考だと、好きな人に贈り物をする日ですし。