『ご飯を食べよう−2−』







「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 まあ、とにかく。
 回想が多少脱線してしまったが、ファントムに頼んで食した『朝ご飯』は、かなりアルヴィスの望みからかけ離れたモノだったのである。

 和食が食べたいといえば、またああいった場所に連れて行かれると分かってしまった以上、もう言うことは出来ない。





 ―――――――・・・昼の学食、ちょっとだけ奮発して和定食のセットとか頼もうかな・・・。




 目玉焼きにナイフを入れながら、アルヴィスはこっそりそう思う。

 普段、昼食はラーメンかうどん、もしくはオニギリの単品にしているアルヴィスだ。
 本当は定食ランチの方が好みだが、うどんなどの麺類や握り飯の単品が1番値段が安い。

 別に資金が乏しい訳では無いけれど、その資金源が全てファントムだと思うと・・・・何とはなしにゼイタクするのは気が引けてしまうのだ。
 昼食代だけで、月額2万円貰っているし、足りなければ使ってとカードも渡されている。
 だから、毎日900円以下ならば余裕で使って良いだけは貰っているのだけれども。
 昼飯代だけで500円以上使うなどという無駄遣いは、良心が咎めて、とてもアルヴィスには出来ないゼイタクである。

 とはいえ、自宅で和食を食べるのは諦めた方が良さそうだし。
 学食の和定食ならば、アルヴィスの好み通りのメニューや味が期待出来るだろう。

 第一、誰もアルヴィスが食べる時に後ろに控えている人間は居ない。
 誰に遠慮することなく、気兼ねなく食事することが出来るのだ。
 それだけでも、アルヴィスにとっては大きなプラスである。



 ―――――――そうだよ。
 毎日は駄目だけど、600円のA定食を週1回くらいなら頼んでもいいじゃないか・・・・!




「・・・・そういえばさ、」


 アルヴィスがそんな決心をした矢先に、テーブルの向こう側からファントムが話しかけて来た。


「この前アルヴィス君、和食が食べたいって言ったじゃない?」

「ああ、・・・うん」


 ちょうど、その時の事を思い出していた直後だったから、アルヴィスも聞き返すことなく頷いた。

 伊勢エビのお造りに驚愕してから、まだ1ヶ月も経っていない。
 記憶は未だ鮮明だ。


「だから、この上にあるレストランに連れて行ったけど・・・・・好きな味付けじゃなかった?」

「え?」

「だって、あんまり喜んでくれてなかったみたいだし」

「いや、・・・そうじゃないけど・・・」


 問われてアルヴィスは、口籠もった。

 白ご飯で、何処にでも売ってるようなおかずで、誰にも付き添われたりしないで、普通の食事をしたかった。
 ・・・・そんなことを訴えても、この目の前の恋人には理解して貰えないだろう。

 そんな簡単に、理解して貰えるくらいなら。
 アルヴィスは今こうして、食べ物のことで悶々としていない。


「どういうのが良かったのかな?
 こういうのが好き、とか教えてくれたらボクもシェフが選びやすいんだけれど」

「・・・・シェフ?」

「うん、今雇ってるのはフレンチ専門で、他に契約してるのはイタリアンと中華だから。
 アルヴィス君が和食好きなら、懐石のシェフも雇おうかなって」

「・・・・・・・・・・・」


 しかし、アルヴィスの気も知らず。
 ファントムは、全く見当違いな心遣いをしてくれている。

 アルヴィスの考えなら、何だってくみ取り理解して、先回りだってしてみせる幼なじみだが、何故かこういった生活環境的な配慮に関しては全く分かってくれない。

 金銭的な感覚だとか。
 生活水準の違いだとか。
 そういったモノに関する、アルヴィスの戸惑いだけは、何故かまるで察してくれないのである。

 普段は勘が鋭すぎるくらいなのに、何故にこの分野だけには勘が働いてくれないのか。
 いっそワザとかと思う程、ファントムはアルヴィスの戸惑いをスルーしてくれる。


「・・・・・そうじゃないんだ、」


 シェフを雇うなんて、一体幾ら掛かるのかも想像出来ない。
 それも、アルヴィスの為だなんて、とんでもない話だった。


「そうじゃなくて、・・・・俺、・・・」


 たまらずアルヴィスは、口を開いた。


「普通のが食べたいだけなんだ。・・・・白いご飯とか、その、・・・焼き魚とか、」

「だから、和食が食べたいんでしょう?」

「いや、だからっ・・・その、この前みたいのじゃなくて・・・・!!」

「?」

「・・・・・っ」


 どう言えば、この生まれながらの王子様には伝わるのだろう。
 キャビアとかフォアグラとかは分かっても、きっと『のりたま』だとか『佃(つくだ)煮』とかは分からないのに違いない。

 けれどこのままでは、無駄に人件費を費(つい)やして、要らない人間(シェフ)を雇ってしまう。
 アルヴィスは、焦った。


「俺は、モヤシ炒めとか! 納豆とか食べたいんだよ!!
 白いご飯と、のりたまとか・・・・餃子とかコロッケとか。なんかこう、・・・落ち着いたご飯が食べたいんだっ!!」

「・・・・・・・・・・・」

「おやつも、スコーンとか高級そうなチョコレートとかケーキとか、そういうのも美味しいと思うし好きだけど!
 でも、たまにはスーパーで売ってる袋入りセンベイとかポテトチップスとか、板チョコが食べたいんだよ・・・・!!」


「・・・・・・・・・・・・」


 焦って、思わず本音を叫んでしまったアルヴィスだが。
 それに対して、珍しくファントムがノーリアクションだった。


「・・・・・・・・・・・・」


 キレイなアーモンド型の瞳を見開いて、こちらを凝視している。
 心なしか、その美しい顔が固まっているように見えた。


「・・・・ファントム?」


 もしかして、呆れられたのだろうかと少しだけ不安になる。

 ファントムと自分では、生まれも育ちも違い過ぎて釣り合わないと、ハッキリ認識したのかも知れない。
 自分の生まれを恥じるつもりは無いが、ファントムとは生まれながらに生活水準が段違いだということは、紛れもない事実だ。

 そんな庶民じみた味が食べたいなんて。
 そう思い、呆れるというのもあり得なくは無いだろう。


「・・・・・・・・・・っ・・・」


 何だか急に、とんでもない失言を犯した気がして、アルヴィスは唇を噛んだ。

 食べたいという気持ちばかりが募って、つい口に出してしまったが。
 ここにこうして住まわせて貰っている以上、ファントムの生活様式に馴染まなければならなかったのでは無いかという気が今更ながらにしてくる。
 恋人なのだし、彼と付き合っている身として、ファントムが恥を掻かぬようアルヴィスは努力して今の環境に溶け込まねばならなかったのでは無いか。

 ――――――――それでなくとも、アルヴィスには至らぬ部分が多々あるだろうというのに。



 食べ物くらい、ガマンすれば良かった・・・・。


「・・・・・・・・ごめん。今の、嘘だ」


 思わず、先ほどの言葉を否定する言葉を吐けば、ファントムが我に返ったように瞬きをした。


「え? ああ、ん? ・・・なんで謝るの?」

「だって、・・・」


 俺が言ったことに固まってたじゃないか・・・と言外に示せば、ファントムが苦笑を浮かべる。


「ごめんごめん、・・・餃子とかコロッケは分かったんだけど。
 ノリタマとか、モヤシイタメって何なのかな? って考えてたんだ」

「・・・・・・・・・・」

「ああ、ナットウは知っているよ。発酵させたsoybean(−ソイビーン−大豆)だよね。
 アルヴィス君、そういうの食べたかったんだ?」


 その口調には、アルヴィスが食べたいと主張したことへの呆れた様子は無かった。


「・・・・呆れたんじゃないのか?」

「ボクが? ・・・なんで?」


 つい確認するように聞いてみれば、ファントムはナプキンで口を拭いながら此方を見つめてくる。


「ボクがアルヴィス君を呆れる筈が無いでしょ」

「でも、・・・そんなの食べたいなんて・・・・ヘンだとか思うんだろう?」

「いや、べつに?」

「・・・・・・・・・・・」

「餃子はれっきとしたチャイニーズ・フードで、点心の代表的なモノだし。
 コロッケ・・・はクロケットのことで、要はフレンチの一品だしボクも好きだし。
 別に、変なモノでは無いよねえ?」

「・・・・・・・・・・・・」

「食べたかったんなら、そう言ってくれれば良かったのに」


 その口ぶりは、まるでリクエストしたら出してくれた、とでも言わんばかりだ。


「言ったら、・・・食べさせてくれたのか?」

「そりゃ、もちろん?」


 恐る恐るアルヴィスが聞けば、ファントムはアッサリと肯定した。


「・・・・・・・・・・・・・」


 あんまりアッサリと頷かれ、アルヴィスは拍子抜けしてしまう。

 それじゃあ、今までの葛藤(かっとう)は一体何だったんだろうか。
 てっきり、そういった庶民的な味は理解してくれないものと判断していたのに、それは単なる思い込みだったらしい。

 すっごくすっごく、・・・・ガマンしたのに。
 絶対分かって貰えないだろうと、密かに諦め、食べたいという気持ちを押し込めてきたというのに。

 それは単なる杞憂(きゆう)で、言えば何てこともない他愛なさで叶うレベルだったのだ。


「じゃあ、白いご飯とか・・・?」

「ああ、うん。食べたいなら、もちろん用意させるよ」


 遠慮がちに問えば、ファントムは事も無げに了承する。


「・・・・・・・そうなんだ」


 なんだ、・・・・言えば良かっただけなのか。
 脱力しながら、アルヴィスが殆ど手を付けていなかったトーストに手を伸ばしたその時。


「まあ、ナットウとかは無理だけどね」

「・・・・・・・・・・!?」


 さらっと続けられたファントムの言葉に、アルヴィスはトーストを取り落としそうになる。


「点心とかコロッケは別に構わないけどさ?
 ナットウとか、スナック菓子は却下かなー・・・」

「・・・・・・・??」

「ああそれから、おせんべいも駄目だね!」

「・・・・・・・・・・???」


 涼やかにそう告げられるが、その判断基準が良く分からない。


「和食はべつに構わないよ? ご飯とお魚ってのも、有りだと思うし。
 ノリタマとかモヤシイタメってのは、良く分かんないから、実物見てから決めようね」

「・・・・・・・・・・・・・」

「だけど、ナットウとかは駄目」

「・・・・・臭うからか?」

「いや、それは別にモンダイじゃないよ」


 納豆の強烈な臭いを、海外育ちの人間は苦手とすることが多いから。
 ファントムもそうなのかと聞けば、銀髪の美青年はけろっとした様子で首を横に振った。

 では一体、何が問題なのか?
 アルヴィスの表情が段々と、怪訝(けげん)なモノになってくる。


「・・・・・・・・・・・」


 コロッケと餃子は良くて、納豆とスナック菓子が駄目。
 その判断基準が、本当によく分からない。

 だって、いずれもスーパーで売ってる庶民の味だ。


「じゃあ、なんで納豆は駄目なんだよ?」

「だって似合わないもん」

「・・・・・は?」


 返された言葉に、思わず目が点になる。


 似 合 わ な い 。

 ――――――何が、・・・・何に??


「・・・・・・・・・・・」


 理解不能で一瞬、思考が止まった。

 そんなアルヴィスを余所に、口を拭ったナプキンを無造作にテーブル上に放り。
 ファントムは、その美貌に柔らかな微笑を浮かべて此方を見つめる。


「顔立ち的に、洋食の方が似合うと思うんだけど。
 まあでも、和食も懐石とかなら・・・・・有りだと思うんだよね。
 で、・・・・スコーンと紅茶とかがやっぱりティータイムには似合うと思うし、スナック菓子とかはイメージじゃないと思うからさ」

「・・・・・・・・・・」

「そういう観点からいくと、ナットウなんて却下に決まってるでしょ?
 アルヴィス君が、あんな腐ったマメ食べてるのなんて、似合わな過ぎるに決まってるし!」

「・・・・・・・・・・」


 どうやら、却下の理由はアルヴィス(の顔)に、それらが似合わないから、というモノらしい。


「・・・・・・・・・・そんなのが理由なのか・・・?」


 呆れて、うっかりそう口に出したら。
 ファントムが心外な、というように眉をしかめた。


「そんなのって、重大な理由だよ?!
 ボクの、キレイでとびっきりキュートで可憐なアルヴィス君がっ!
 ぼりぼり行儀悪くスナック菓子を袋ごと食べてるのとか、糸引く腐敗したマメなんか口にしてるとこなんて、見たくないに決まってるじゃない!!?」

「・・・・・・・・・腐敗(ふはい)って言うな」

「ボクのプリンセスには、甘い砂糖菓子しか食べて欲しく無いくらいなんだからね!?」

「・・・・・・・・・不可能だろ」


 それでは、生きていけないだろう。
 医者なんだから、人一倍そういった知識はある筈なのに、声に本気が滲んでいる辺りがかなり怖い。


「でもね、それだと栄養面で問題あるから。
 百歩譲って、ボクのアルヴィス君には、せめて似合う料理を食べて欲しいんだよ!」

「・・・・・・・・・・・・・・」


 俺がご飯食べるのって、譲歩なんだ・・・・・呆れて、アルヴィスはもうツッコミも出来なかった。


「アルヴィス君にはね、アルヴィス君に相応しいキレイでお洒落で、センス良い最高ランクのモノしか口にして欲しく無いんだ!」

「・・・・・・・・・・・・・」


 随分とトチ狂った物言いだが、本気で言ってるらしいことは長い付き合いのため、残念ながら分かってしまう。

 そしてファントムの美意識的には、アルヴィスが大好きな納豆は却下らしい。
 庶民的だとか、そういった理由じゃ無くてイメージが合わないから・・・な辺りが切ない所である。



 ――――――納豆やセンベイが似合う顔って、どんなだよ・・・。



「・・・・・・・・・・・・・・」


 内心で思うことは沢山あったが、口ではファントムに敵わない事を知っていたから。
 アルヴィスは大人しく、口を噤む。

 ファントムがこういう風に主張してくる時は、逆らったって無駄なのだ。


「やっぱり、繊細さが感じられる料理がイイと思うんだよねボクは」

「・・・・・・・・・・・・・」

「和食なら真鯛のお造りとかさ、見事な飾り切りの―――――・・・」

「・・・・・・・・・・・」

「・・・それでね、やっぱりフレンチの・・・って聞いてるアルヴィス君?」

「・・・・・聞こえてる、」


 延々と続くファントムの言葉を、アルヴィスは諦めの境地で黙って聞いていた。

 この言い分では、実家で食べていたような状態での食事などは夢のまた夢だ。
 納豆どころか、こうやって給仕係が控えているような状態だって回避するのは無理な気がする。


 とりあえず、白ご飯を許可して貰っただけでも良しとしないと。

 ・・・・そんな気がしてくるアルヴィスだった。


 好きになったのが、白馬の王子様だったのだから――――――・・・・仕方がない。
 王子様に、俗な食べ物は似合わないのだから、食べたくてもガマンだ。

 どうしても食べたいときは、ギンタの所にでも行って食べさせて貰おうと決意する。


「分かった。・・・納豆は諦めるから」

「Now you're talking!(そうこなくっちゃね!)」


 溜息をつきながら言った自分に、年上の恋人が満足そうに頷くのを見て。
 戸惑うばかりではなく、自分も今の環境に慣れる努力をしようと思うアルヴィスだった――――――――――。

 

 

 

 

 

 

 END
 

++++++++++++++++++++++++
言い訳。
実は、トム様に『似合わない』発言をさせたくて書いた話でした(笑)
アルヴィスはおせんべいとかスナックとか、そういったチープな食べ物が大好きなんだけど、似合わないから駄目という☆
だから、別に庶民な食べ物でもチュッパとかロリポップとか・・・そんなのはOKなんです可愛いから(笑)
くだらない話を書いて、どうもすみませ・・・!(汗)