『DOLL』








「・・・・ただいま」


 寝室に入ってすぐ、そう声を掛けるけれど―――――それに答える声は無い。
 でも、ボクの帰りをずっと待ってくれている姿はあって。


「ごめんね。・・・寂しかった?」


 ボクはそっと、大人しく椅子に腰掛けている『彼』に笑いかけた。


「・・・・・・・・・・・」


 青みがかった黒髪に、白くて小さな顔。
 長い睫毛が縁取る大きな瞳に、通った鼻筋、堅く引き結んだ薄くて小さな唇。

 繊細に整った、可憐でキレイな顔立ちはボクのお気に入りだ。

 サファイアを陽に透かして覗き込んだみたいな、鮮やかな青の瞳がとくに、好き。


「今日はもうずっと、一緒に居られるからね」

「・・・・・・・・・・・・・・・」


 けれど『彼』は、ボクが笑い掛けても声を掛けても、反応はしない。

 でもボクは、それに構わず『彼』に話しかける。
 だって『彼』は、自分で動く事も話す事も出来ないお人形だからね。


「――――大好きだよ、アルヴィス君」


 微動だにせず、ただ瞳を伏せて黙っている少年にボクは優しく語りかけた。


「ねえ、・・・今日はどんなお洋服着ようか?
 可愛いのがいい? それとも色っぽい感じ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「昨日は、アリスだったんだよねえ。
 今日は、お姫様になってみる?」


 クスクス笑いながら、クローゼットから白くて可愛らしいフリフリの洋服を出してきて『彼』の目の前に差し出してあげる。

 ちなみに今している格好は、ひと言で言い表してしまえば・・・・囚われの美少年ファッション。

 真っ赤な革製の首輪と太い鎖、そしてやっぱり鎖付きの手首と足首に填めた鉄製の枷がポイントな、ちょっぴりSMちっくな格好だ。
 シャツのボタンを全開にして少しだけ素肌が露わになってる所とか、ジーンズのファスナーが半分くらいまで引き下ろされて際どい部分スレスレまで見えてる感じがチラリズムでなかなかに素敵。

 まあ、ボクがさせた格好だけどね。・・・アルヴィス君は自分で動けないし。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 少年は、自分の意志で動かす事の出来る数少ない箇所である瞳を、ボクに向けてきた。

 剣の篭もった、鋭い色。 何か言いたげな、瞳。

 目は、口ほどに物を言う―――――っていうけれど、キミを見てるとホントだな、ってしみじみ思うよ。

 ああでも、そうだよね。

 喋れないんだものね。・・・・ボクがキミの声を奪ってしまったから。
 話せないから、目で語るしか無いんだものね。

 ・・・好き、だったんだけどな。キミの声。

 可愛くて、お気に入りだったんだけど。

 でも、仕方ないよね。
 ボクは、そのキミの可愛い声で、ボクを拒絶する言葉なんか聞きたくないから。

 キミのその唇から、ボク以外の男の名前呼ばれるのも耐えられないし。


「・・・うん、決めた。今日はプリンセスだよ。
 あとでお着替えしようね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 目の前の、ボクだけのお人形の瞳が、絶望の色に揺れる。

 ああ、キレイだね。
 とても、―――――キレイな色。


「今日もキレイだね、アルヴィス君・・・・大好き」


 椅子の傍に屈み込んで、ボクは『彼』を抱き締めた。

 ちゃんと温もりがあって、着ている服越しに『彼』の柔らかさを感じる。
 顔を寄せれば、確かに『彼』の、心臓の鼓動が聞こえて。
 唇に触れれば、『彼』の息づかいを感じられる。


 ちゃんと、・・・・・・生きてる。


 でも、『彼』はボクの手が無ければ生きていけない。

 だって歩くことも、喋ることも、・・・・手を動かして何かを掴む事すらも・・・・自分では何も出来ないんだから。

 食事はボクが、胃の中までチューブを通さなければ摂る事は出来ないし。
 排泄だって、ボクが手伝ってあげないと無理。

 『彼』が自分で出来るのは―――――─こうしてボクを見つめることくらい、だろうね。


 ボクが、・・・・・そういうクスリを、使ったから。


 ボク無しでは、決して生きていけないように。

 ボクから、離れていかないように。



「愛してるよ・・・ボクがキミをずっと、守ってあげるからね」




 幼いころに、小さなキミと約束をした。

 守ってあげるって。
 ずっと傍にいてあげる、って。

 ボクはその約束を、忘れたことは無かったよ。




「アルヴィス君が気の迷いで、ボクから離れたいなんて言っても。
 ―――――──ちゃんとボクが、正しい道に引き戻してあげるから」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「こんな風に、キミをお人形にしてでも、・・・ね?」


 華奢な身体を抱き締めている腕に、更に力を込め。
 ボクは滑らかな頬に、自分の顔をすり寄せた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ボクだけの、愛しい人形のキレイな瞳から、ぽろぽろと涙が溢れてくる。
 長く濃い睫毛に、涙の雫が付着してキラキラ光るのが、とても美しい。


「泣かないで? アルヴィス君・・・」


 ボクは、『彼』の涙をそっと、唇で吸い取ってやった。


「ボクがキミを守ってあげる。
 怖い事なんか何もないよ・・・キミに幸せだけをあげるから・・・」


 まだ、『彼』は自分にとっての幸せが何なのか、理解していない。
 ボクの傍で、ボクだけを見てボクの声だけを聴いて、ボクだけに触れられる事こそが幸せなのだと、・・・・理解していない。

 でも、それはいいんだ。
 時間は、たっぷりあるからね。


 自由だなんて、無責任で漠然としたモノを希(こいねが)うより。

 ―――――ボクに支配されることの悦びを、これから知っていけばいい。



 キミに、幸せだけをあげるよアルヴィス君。

 キミの自由を全て奪う代わりに、ボクのたったひとつの愛を、捧げる。



「愛してるよ・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」


 物言わぬ、愛しいお人形に、ボクは深いふかい口付けをした―――――───。

 

 

 

 

 

 


 END

++++++++++++++++++++++++
言い訳。
日記からのサルベージ。
一応、『君ため』でACT8〜24くらいまでの展開で、トム様にインガのことがバレたとしたら??的なネタです(笑)
医者の知識を悪用して、アルヴィスを生きたお人形さん状態にしちゃってます(爆)
でも、別にコレ単独のパラレル話としても読めるかなという内容ですね☆
トム様、本来であればアルヴィスをこうやって閉じ込めておきたい人ですから。
こんな風に、誰にも見せず自分だけで囲ってる状態って、トム様的にはかなり幸せなんだと思いますy(笑)


ちなみに↓は、お人形にされる前に、アルヴィスがどんなお仕置き受けたのかチョットだけご披露を☆
これも、日記からのサルベージです。
まあ、インガがアルヴィスに手を出して、それがトム様にバレたらこうなるよ、ってネタですn(笑)
(※ただし、結構グロいですので注意!/爆)





















「・・・・・・・彼は、悪い子だったからね」


 そう言って、ファントムはニッコリと笑った。

 天使のような、無邪気な笑み。
 この世の穢れなど一切無縁であるかのような、清浄な空気を纏った銀色の天使。
 銀髪に紫の瞳の、白くてキレイな顔が微笑んでいる。

 けれど、その優美な白い手は鮮血に濡れ。
 身につけた白衣も、赤く染まっていた。

 そしてその足下に転がっているのは―――――─・・・・・頭部を失った胴体だ。


「他人のモノを盗むのは、悪い子でしょう? ・・・・罰を与えたんだ」


 己と同様、血に染まったそれを見下ろし。
 ファントムは、手にしていたモノを無造作に放った。

 重量のある柔らかなモノが潰れるような音がして、丸い塊が・・・地面にゴロリと転がる。

 それは、元からファントムの足元にあった赤黒い肉塊の上へと落ちた。
 所々赤く染まり、まだら模様になった銀糸の髪が床に散らばり――――その毛先が血溜まりから新たな赤を吸い上げる。


「指の先から少しずつ切り取ってみたんだけど。
 ・・・スゴイね、彼、・・・・四肢を失ってもまだ生きていたよ。
 内臓もね・・・・ああ、どこまで生きてたか、知りたいかいアルヴィス君?」


 血に濡れた指先を、まるで猫が毛繕いするように舐め取りながらファントムは言った。

 クスクスと、楽しそうに笑いながら。
 彼は、足元の塊を踏みつける。

 原型を留めない程に、皮膚を剥がれ切り刻まれ。
 内臓を抜かれ骨が砕かれた――――――かつて、人間(ひと)であった筈の身体を。



 今、目に映っている全てを否定したいのに。
 こんな怖ろしい現実があってはならないと、拒絶したいのに。

 喉が裂けるほど叫んで・・・・・絶叫して、いっそ狂ってしまいたいのに。
 視線が剥がせなかった。

 今ここに無残な姿で転がっているのが、『彼』だなんて―――――――分かりたくないのに!!



「どうしたの、顔強張らせて。
 ・・・・だって、仕方ないでしょう?
 彼が僕の大切なモノを取ろうとするんだもの」



 ――――――アルヴィス君は、僕だけのモノなのにね・・・・・?



 そう口にして。

 死の天使は、アルヴィスの眼前でまたクスクスと楽しそうな笑い声を上げた。




 ―――――――もちろん、キミにだって罰は用意してあるよ?

 ボクがこんなに愛してるのに、こんなのと遊ぼうとするなんて酷いもの。

 キミはもう、外には出さない。

 ボクの大切なお人形さんとして、大事にしまっておいてあげる。

 ね、それがキミにとって1番の幸せだよね、アルヴィス君―――――――?