『空色の絶望。−番外編−』
※『君ため』ベースのフォルアル?です☆
――――――キレイだね。
見た印象のままに素直にそう言ったら、目の前の青年にはその意味が良く分からなかったらしい。
「・・・・・?」
一瞬微かに眉間にシワを寄せ、少しだけ考え込む素振りをした。
「キミの顔のこと。
好みは人様々だろうから一概には言えないだろうけど、総じて皆、キレイって言うんじゃないかな」
だから、分かるように言ってあげたら。
「・・・・・・・・・・えっと」
青年は困ったように、此方を見上げてきた。
その瞳が、本当にキレイな青色をしていて。
文学的な喩えをするつもりは一切ないけれど、陽にかざしたサファイアみたいな見事な色だ、と感心する。
癖が強いのか、ツンツンと毛先の立ち上がった瑠璃色の髪や、白磁のような・・・と称せるだろう滑らかそうな肌とか。
両の手で包めてしまう小さな顔に収まった、ひとつひとつのパーツが出来すぎな位に整っていて。
密に生えた長い睫毛や、猫を思わせる大きな瞳、通った鼻筋や薄くて小作りな唇なんかは、そのまま、最高傑作の人形にしてしまえそうな形良さだ。
今まで、色々なモノをこの目に映してきたけれど。
間違いなく、――――――彼は今まで見た『モノ』の中で1番キレイだと思う。
新入生のデータ記録で、顔写真を見た時から、気になっていた生徒だった。
写真映りで、実体はどうあれ印象は著(いちじる)しく変わるから、余り期待はしていなかったけれど・・・・写真の中ですら、彼はキレイだった。
カメラに真っ直ぐに目線をくれている、その白い顔はボクの理想とする美しさで―――――――実物を見たいと強く思った。
きっと、天使が実際に存在するなら彼のような姿をしていると思うんだ。
たっぷりと、飽くまでその姿を眺め尽くして。
観察して。
触って、色々反応を確かめたい・・・。
そんな欲求が、初めてボクの中に沸いた。
それなのに。
彼は持病の喘息が悪化したとかで、楽しみにしていた健康診断には現れず。
後日、改めて呼びつけようと思っていたら、学外で医師の診断を受けたらしく既に診断書を提出した後だった。
造り物みたいに、美しい顔と身体を持った青年。
写真と同じ美しさを持つのなら、是非にも実際に見てみたいと強く思っていたのに。
それは昔、図鑑で見たキレイな蝶に想いをはせるのと、とてもよく似た感情だった。
そういえば・・・その蝶を手に入れた時は、とても良い気持ちになれたっけ。
虫かごの中で、バタバタと羽ばたく蝶は、とてもキレイで。
この蝶は、自分だけのモノで。
ボクがこうして閉じ込めている限り、もう何処にも行けないのだと思ったら、・・・・すごく良い気分になれた。
だからきっと。
この写真の青年を手に入れたら、もっと良い気持ちになれる気がした。
そしてようやく、この場を訪れてくれた青年は――――――期待以上のキレイさで。
生きているのが、残念だとつくづく思った。
だって、手に入れた蝶も羽ばたき続けて羽が傷付いて・・・・せっかくの美しさが失われていったから。
羽ばたかなければ良かったのに。
生きてなければ、キレイなまま眺めていられたのに。
蝶なら、キレイな状態で時間を止められる。
ピンで刺して、加工さえしてしまえば永遠にキレイだ。
だけど、・・・・・・・・・・人間は。
「人形だったら良かったのに」
「・・・・・・・・・・え、?」
ボクの呟きに、青年は戸惑っていた顔を、今度は固まらせた。
長い睫毛を揺らして、何度もパチパチと瞬きをする。
眉間には再び、シワが寄っていた。
「キミが人形だったら良かったのに、って言ったんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・え、・・・・・」
聞き取れなかったのかと思って、繰り返してあげたら。
更に青年は、顔を引きつらせた。
どうしてかな?
思ったこと、言っただけなんだけれど。
「・・・・・・・・・・・・・」
せっかくのキレイな顔が崩れるから、表情が浮かぶのは宜しくないと思ったけれど、意外に引き攣ったその顔は可愛らしかった。
でもやっぱり、元の顔がキレイだから――――――人形みたいに無表情な方が好きだな、とボクは思う。
「アルヴィス。キミ、・・・・生きてなかったら良かったのにね」
生きているということは、時が動いているということだ。
この、うっとりするような美しさが、いつまで保てるか分からない。
この世に存在するものは、総じて時の制裁を受ける。
そしてそれは、生ある者にこそ、顕著(けんちょ)だ。
こんなにキレイなんだから、・・・・出来うるならこのままの姿を、留めておきたいのに。
「ガラスケースに入れて、しまっておけたら良かったのにな」
――――――この天使を、標本にしたい。
「せ、・・・先生・・・・」
「それくらい、アルヴィスの顔はキレイだと思うよ」
――――――本当に、蝶みたいにピンで留めて飾っておけたらいいのに。
「・・・・・先生、」
キミを、保存しておきたいよ。
眼前の丸椅子に腰掛けた青年に、思ったままを口にしたら。
彼は少し怯えたように、此方を見返してくる。
そんな顔もまた、可愛い。
キレイだからこそ、彼の時間を止めたいと思うのに・・・・動く表情に惹かれるのは、矛盾した感情なのだけれど。
「フォルトでいいよ」
「先生、あの、・・・・俺。・・・俺の顔じゃなくて、手・・・・」
名前で良いと言ったのに、律儀(りちぎ)に先生と呼んでくる生徒は、ボクにおずおずと手を差し出した。
指先まで、隙無く整った白い手だ。
その甲が、うっすら赤みを帯びて酷く腫れている。
「ああ・・・そういえばキミ、手を怪我して此処へ来たんだっけ」
「・・・・・・・」
怯えた様子のまま、青年は無言で頷いた。
此処は、大学の医務室。
この部屋を訪れる生徒は、基本、怪我や身体や心の調子を崩した生徒と決まっている。
ボクとしたことが、やっと見る事が叶った存在に気を取られて、治療がそっちのけになってたんだ。
これが、心奪われるって感覚なのかな・・・・?
だとしたら、ボクは彼に恋をしているのだろうか。
「見せて」
目の前に差し出された手を、そっと取る。
せっかく、末端までキレイに整った身体だから。
その全ては、傷1つ無い状態にしておきたい。
保存するまでは、その状態を保っておかせたいと思う。
傷は無く、ただ打ち身で内出血を起こし腫れているだけなのを確認して、冷湿布を貼って丁寧に包帯を巻いてやる。
「・・・・・・・・・」
その間、青年は気まずそうにチラチラと此方を見上げるだけで、何も言わなかった。
「指先、・・・冷たくなってるね。緊張してる・・・?」
「・・・・、いえ。・・その、・・・・・少しだけ」
相変わらず困ったような表情で、ボソボソ言ってくるその声はまだ少年らしさを残して、あどけない。
ふと、このキレイな顔が、やっぱり困ったような顔で頬を赤らめ喘いでいる様を想像してみた。
・・・・・・・・悪くない。
性的な刺激を受けて、戸惑ったように泣きそうに顔を歪める様を想像したら、とても気分が高揚した。
彼のキレイな顔は、人形のように整った無表情なままでも―――――――そうじゃなくても、ボクは構わないのかも知れなかった。
飾って置くのもいいけれど、その身体を隅々まで調べ尽くして・・・思うままに啼かせるのも良い気がする。
「ねえアルヴィス。ボクは、キミをガラスケースに入れてしまっておきたいけど・・・・・」
「・・・・・・・・!」
瞬間、びくっと引き抜こうとした手を逃がさず掴んだまま、ボクは思った事を口にした。
「でも、色んなキミの顔が見たい気もする。
キミの時間を永遠に止めてしまいたいけど、人形じゃないキミの顔を見ていたい気もするんだよね・・・・」
「・・・せ、・・・せんせ・・・い・・・」
「ねえアルヴィス。ボクは・・・・・」
掴んだ手を引き、彼の身体ごと、ボクの方に引き寄せる。
そして、大きな眼を見開き硬直した青年に、顔を寄せ間近で震える唇に――――――――――。
「―――――アルヴィス君、」
触れようとした、その一瞬。
背後から掛けられた声に、ボクは動きを止めた。
「失礼。・・・・彼がここに向かったと聞いたもので」
振り返ればいつの間にか、背後に夕日に銀髪を赤く染めた青年が立っていた。
宗教画に描かれた大天使長が抜け出して、その場に現れたかのような整った容姿の青年。
その姿は、感嘆するほど美しいモノだった。
ただし、堕天使の禍々(まがまが)しさを湛えた美しさで・・・・ボクの好みでは無かったけれど。
「ファントム!」
謎の青年の登場に、思わず手を離してしまった隙にアルヴィスが抜け出し。
そう名を呼んで、青年の方へと駆け寄っていく。
どうやら、知り合いらしい。
というか、・・・・データの家族構成欄に書かれていた名前と同じなのを推察すれば、アルヴィスの保護者だろうか。
それにしては、随分と若く見えるけれど。
「お前、どうしてここに?」
「門のトコで待ってたけど来ないから、通りがかりのヤツに聞いたら医務室行ったって聞いて」
「・・・・なんで俺のこと、そいつ知ってるんだ・・」
「さあ? それより、もう授業終わりでしょ。
迎えに来たんだ・・・・あれ、手、怪我したの?」
「あ、うん・・・ちょっとアクシデントで・・・」
近寄って行ったアルヴィスの頭を撫でながら、銀髪の青年は優しく問いかけている。
先ほど眼が合った時は、微笑を浮かべつつも酷く冷たい印象を受けたけれど。
今こうして、アルヴィスと喋っている青年には甘く優しいイメージしかない。
堕天使だと思ったのも、気のせいだっただろうか。
今の青年には、天使のような神々しい美しさこそあれ、堕天使じみた陰惨(いんさん)な美は微塵も感じられなかった。
この美しさなら、アルヴィスとセットでガラスケースで飾っておきたいような気さえしてくる。
「そっか。あとでボクがみてあげるよ。
あ、ねえ・・・車待たせてるからアルヴィス君、先に行っててくれない?」
「え、・・・?」
青年がアルヴィスの手を取って確かめた後に、そう言って彼の背を押して促す。
「ボクちょっと、アルヴィス君の身体のことで校医のフォルト先生にお話あるんだよね」
「・・・・・・・・俺は大丈夫だ!」
「いいから。良い子だから、先行ってて?」
「だけど、・・・」
「ね、言うこと聞いて。
・・・ちゃんと此処に通いたいなら、持病のことは把握しておいて貰わないと万が一の時に心配でしょう」
「・・・・・・・・・・」
「アルヴィス君が嫌がるようなことは、言わないからさ!」
「・・・・・・絶対だぞ?」
反抗的な態度を取りつつも、その所作にどことなく甘えが混じるのを感じて、この2人が相当に親しい仲なのが察せられた。
それにしても、彼がボクに話とは何だろう?
アルヴィスの保護者ならば、持病の喘息のことだろうか。
けれども、今それを言うというのも不自然な流れのような気がする。
「じゃあ、先行ってるぞ?」
「うん、ボクもすぐ行くからねー☆」
優しい笑顔で、青年がアルヴィスに手を振って見送る。
「・・・・失礼します」
「またね」
少しだけ怯えた顔をしつつも、アルヴィスはボクの方も見て律儀に礼をして出て行った。
逃すのが惜しい気がしたけれど、流石に保護者が傍に居ては帰るなとは言えない。
また後日に、適当な理由を付けて呼び出すしか無いだろう。
「・・・・・・・さて」
くるり、と青年がボクの方を向く。
夕日が髪だけじゃなく、目の色にまで映えて―――――――今は鋭く赤光(しゃっこう)を放つようだった。
表情にも、笑みは浮かんでいない。
やっぱり、先ほど堕天使と思ったのは気のせいじゃなかったようだ。
その纏う気配は、尋常じゃないほどに禍々(まがまが)しい。
「フォルト先生、」
ガツ・・ッ。
名を呼ばれたと思った次の瞬間、ボクの身体は、すぐ傍の壁に叩き付けられていた。
もろに後頭部を打ったせいで、息が止まり頭が白く濁る。
「・・・・・っ、・・・」
脳しんとうを起こし掛けてる・・・・・と、衝撃にクラクラしながら自己分析した。
至近距離に、堕天使の美しい顔がある。
その彼が、ボクの頭を引っ掴んで壁へと酷く叩き付けたのだ。
魂を刈られる時の気分は、こんなものかなと、脈絡もない考えが脳裏(のうり)を過ぎった。
それならば、・・・・何となく諦めもつくかもしれない。
それ程に、――――――彼の力と纏う空気は圧倒的だった。
・・・・魂刈るのは、死神だったっけ?
ボンヤリと、そんなことを考える。
もしかしたら殺されるかも知れないのに、悠長なことだなと自分でも思った。
それにしても、欠点が1つも見つからないキレイな顔だ。
好みじゃないけど・・・・文句の付け様が無い、1つひとつのパーツが完璧で、絶妙なバランスを誇るキレイな顔。
理想的なラインを描いたアーモンド型の瞳が、ボクの顔を映している。
「―――――まだ、未遂だったから許してあげるよ」
眼前で、白く美しい堕天使がクスクスと笑い声を立てた。
キレイなのに、とても冷たい・・・残酷な笑顔だ。
「でもね。アレはボクのなんだ。
・・・・ボクだけのモノだから、次、触ったり手を出したりしたら・・・・」
殺 す よ 。
そう言われて。
ぎり・・・、と額の辺りをガッチリ掴んでいる手に力を込められた。
さっきチラリと見た手は、優美そのもので・・・どちらかと云えばほっそりとした印象だったのに凄まじい力だ。
薄れ掛けていた意識が、痛みに現実へと引き戻される。
「それとね、さっきみたいな言い方したらアルヴィス君が怖がっちゃうでしょ?
・・・・可哀想だからヤメテあげてね」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「先生が、どんなコレクションしてようとボクは一向に構わないんだけど。
でも、そのコレクションにアルヴィスを加えるのは許さない」
声はとても柔らかで、甘さすら感じられるものだったけど、言ってることは本気だと思った。
「なんで、ボクと彼の会話知ってるんだい?」
彼が現れたのは、ボクがアルヴィスの手を診断した、その後なことは確かだ。
それ以前に、彼がこの場に居た筈は絶対に無い。
だから、それ以前の会話が彼に知れている筈は無いのだ。
それなのに、彼が言わんとしている言葉は・・・・明らかにボクがそれ以前に語った内容を指している。
「聞こえたからね」
ボクの問いに、霞んだ視界の中で、堕天使はただ形良い唇の両端を吊り上げて見せた。
「ボクは用心深いんだ。
大事なモノは、誰にも奪われないようにしまっておく主義なんだよ」
「・・・・・・・・・盗聴してるってこと?」
「考えられる最良の防衛策を、取っているだけさ」
否定しないということは、肯定という意味だろう。
「だから学内だろうと、好きに出来ると思わない方がいい。
ボクは常に彼の傍に在る。触ったら、・・・殺すからね?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「生きて動いてるモノより、止まったモノの方がキレイっていうキミの感覚は、理解できないでも無いけど」
でも、あの子は駄目。
――――――そう形良い唇が紡ぐのを見たのが、薄れゆく意識の最後だった。
気がついたら、叩き付けられた壁のすぐ傍で、俯せに倒れた状態だった。
痛む頭に手をやりつつ起き上がり、周囲を確認したけれど、既にあの堕天使の姿は無い。
「・・・・・・・・・・・」
もう、日はとっくに暮れていた。
どういう手法を用いたのか、ドアにはしっかりと内側から施錠(せじょう)がされている。
後頭部の痛みさえなければ、夢だったのかと思う程だ。
「・・・・・・・・・・・・・」
けれどやっぱり、夢じゃなかったと机の方へと目をやって思い知る。
机の上に置かれている、白衣のポケットに入っていた筈の身分証明書カード。
それがペン立てに刺さっていた鋏(ハサミ)で、丁度ボクの顔写真部分に突き立てられていた。
まるで、標本にピンで留められた蝶のように、ボクの顔が机に縫い止められている。
天使の標本を作ろうとしたなら、こうなるぞ―――――――そう言わんばかりの主張だ。
「・・・・・残念だな」
初めて、触ってみたいという衝動に駆られたキレイなモノだったのに。
天使は既に堕天使のもので、彼の住まいはもはや天上ではなく地の底だったのだ。
その白き羽根を毟(むし)るのも、ピンで縫い止めるのも―――――――許されるものでは無かったらしい。
あの堕天使に掛かれば、ボクの存在こそが取るに足らない蝶のようなモノなのだろう。
それならば、――――――敵う筈も無い。
抗い、争う気力など最初から諦めた方が身のためだ。
本物の彼を手に入れるより、彼の細胞でも手に入れて、何とかして彼のクローンを作る研究をした方が遙かに実現する確率が高いだろう。
それだって、DNAが同じでも同じ姿を作る事など、今の遺伝子学では不可能なんだけれど。
「・・・・・・・・・残念だな」
もう一度、声に出して呟く。
周囲には、投げやりで空虚に聞こえるらしい、ボクの呟き。
けれど、その響きの印象ほどにはボクの心は穏やかでは無く。
・・・・・・確かに、言葉の意味合い通りの想いが胸を過ぎっていた――――――――――。
END
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言い訳。
現代風パラレルで書いてみたフォルアルらしきもの。
でもベースが『君ため』なので、絶対ファントム出てきちゃうから、成就はしないのです(爆)
ちなみに学外の医師の診断って、もちろんトム様ですy(笑)
↑診断書の名義は、ペタ氏です。ファントムは国内ではまだ医学生、って事になってるので。
ちなみに、『空色の絶望』本編は原作ネタで、アルヴィスが絶望してますが。
今作の番外編は、フォルトが絶望してます(笑)
絶望繋がり?で、タイトル付けてます☆
※日記からのサルベージ。
加筆修正してるので、日記のと多少変わってますが(笑)
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