『Prisoner of Love』










 ありふれた日常が急に輝きだした。

 心を奪われたあの日から。

 孤独でも辛くても平気だと思えた。



 ――――――I'm just a prisoner of love

            just a prisoner of love――――――――


















 余っているモノを、足りない所へ補(おぎな)う。

 例えば・・・・いっぱい抱えて持ちきれなくなり、雲が地上へぶちまけた水分が。
 恵みの雨となって、乾いた大地を潤すように。

 余剰なモノは、不足している場所へと移すべきなのだ。


 ―――――――だから。









「・・・・こうやって、可愛い子探して。その持て余してるやろう色々なモンをやな・・・恵まれず不運に喘いでる薄幸な好青年に回して貰うのは当然の権利な訳や・・・・」


 そんな事を口走りつつ。
 殆ど金色に近い、薄茶の髪を長く伸ばした青年・・・・ナナシは、高級ブランド店が立ち並ぶ表通りの方へと視線を投げかけた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 通りからは丁度死角になる道路に面した、ファーストフード店のテラス席で、長い両足を行儀悪くテーブルの上に投げ出し。
 身体を捻るようにして、椅子の背もたれに肘を付いたその姿は、見るからにガラが悪い。

 Vネックの、でかでかと骸骨がプリントされたモノトーンのTシャツに、黒の膝丈ハーフパンツ。
 そしてかかとを踏み、素足で履いたこれも黒のスニーカー。
 ハーフパンツのベルトからは、ジャラジャラとウォレットチェーンが垂れ下がり、胸元や両手、そして耳朶には幾つものシルバーアクセサリーが光っている。

 座った姿といい、服装といいガラが悪い事この上無いのだが―――――――・・・テラス席のある通りを歩く人々は、それとは別意味の視線をナナシに向けて通り過ぎて行く。
 180センチはあるだろう均整の取れた体つきと、並外れて整った顔立ちが、それらの悪印象を払拭してしまうのだ。

 精悍な印象を受ける引き締まった輪郭に、鋭い光を宿すグレイがかった蒼色をした切れ長の双眸。
 高い鼻梁に、大きくて男らしいセクシーさを感じさせる口元―――――――・・・・コロコロと良く変わる表情に気を取られがちだが、顔のパーツ1つひとつが驚くほど端正である。

 ナナシが僅かにでも視線を向ければ、話しかけたそうな顔で此方を見つめている女の子達の姿も数人見受けられた。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 しかし、ナナシはその子達には目もくれず。
 表通りの方を、真剣な眼差しで見つめていた。

 もちろん、今夜のお相手を見定める為だ。

 お金と暇がありそうで、出来れば美人な女の子――――――要は、ナンパに応じてくれて気前の良い、遊んでいて楽しい子を探しているのである。
 服装や持ち物が高価で、しかも高級ブランド店から買い物をして出てくる子なら、お金持ちで気前が良い確率も高いと踏んで、こうして見張っているのだ。

 そこに妥協は許されない。
 何故なら、どんな金ヅル・・・・もとい、相手を選ぶかで今月の生活グレードが変わってきてしまう。

 大学2年生という年齢の若さで、養わなければならない子供達を数人抱えているという拠ん所ない事情があるナナシとしては、面食いで容姿の良さには拘りたいという本音を押し殺してでも――――――――・・・譲れないターゲットの条件というモノがあるのだ。


 すなわち、金。


 留年する余裕など無いので、勉強を余りサボる訳にはいかず。
 かといって、生活するための費用は捻出せねばならない。

 だが、短時間で大所帯であるナナシの家を潤す程に稼げるバイトなど、早々無かった。


 ―――――――となればもう、ナナシとしては、生まれ持った自分の資質を最大限に使うしか方法は見出せなかったのである。



 顔の良さを生かして、金持ちの子をたぶらかし・・・・・そして、お小遣い(生活費)を稼ぐ。

 余ってるお金を、足りない場所へ。
 ・・・・・有効利用させて貰おうという魂胆だ。

 だからして。
 どんなに自分好みの可愛い子が、ナナシを熱く見つめていて。
 絶対に落とせるだろうと確信していても―――――――・・・普通の家庭のお嬢さんだと分かったならば、ナナシは涙を呑んで、その女の子を諦めるのである。


 愛では、食べていけないのだから。














「・・・・・・お?」


 ふと、ナナシの目が真剣みを帯びる。

 ちょうど一軒のショップから、姿を現した人間が居た。

 立ち並ぶ高級店の中でも、ハイブランドとして名高いHルメス。
 その店のイメージカラーである、明るいオレンジ色した大きな紙袋を幾つも手に提げた男を後ろに引き連れて、店員に恭しくドアを開けられ見送られながら出てくる青年。


「・・・・・・・・・・・・・」


 青みがかった黒髪の、色が白い華奢な体つきの青年だ。
 遠目に見ても、そこらではお目にかかれない程キレイな顔立ちの。

 薄いグレーと茶のチェック柄のジャケットに、白シャツに締めたクラシカルなボウタイをリボン型に結ばず風に靡かせた黒のパンツ姿は、見るからに育ちが良さそうである。
 ハイブランドの店で大量の買い物をし、尚かつ自分で持たず付き添いの人間に持たせ、店員に見送られる人物―――――――間違いなく、金持ちだろう。

 ナナシが見守る中、その青年は荷物を持った男に何か言いつけ。
 男はそれに大きく頷いて、1人で角に止めてあった高級車の後部座席――――――ベンツである―――――に荷物を乗せて走り去っていった。


「・・・・・・・・・・・・・」


 青年は車を見送り、そのまま通りを歩き出す。


「あ、・・・ちょお、待って!!」


 ナナシは慌てて店を飛び出し、その青年の後を追った。

 久々にお目に掛かる、レアなターゲットだ。
 かなりの金持ちで、しかも相当な美人・・・・更に言えば、連れも居ない・・・というか、帰ってくれた。

 完璧にフリーだなんて、こんなチャンスは逃せない。

 ナナシとしては、どっちかといえば女の子が好みだったが―――――――・・・この際、あんなリッチそうならゼイタクは言わない。







「待ってまって!! ・・・・なあ、コレ君のとちゃう!?」


 ナナシは走って青年に追いつき、軽くその細い肩を掴みながら手に持っていたモノを差し出した。

 差し出したのは、何の変哲もないただのポケットティッシュ。
 もちろん、ナナシが用意したもので、青年が落としたモノではあり得ない。

 これは、単なるキッカケなのだ。


「? ・・・・・いや、違う・・・」


 案の定、振り返った青年は差し出されたティッシュを見て、戸惑い気味に否定してきた。
 だが、ここからがナナシの腕の見せ所である。


「あ、違うた? ごめんな、てっきり・・・・」


 内心、至近距離で見た青年の顔だちがあまりにキレイで、らしくもなくドキドキと激しくなる鼓動を誤魔化しながら・・・・ナナシは愛想の良い笑顔を浮かべた。

 ――――――ここからが、肝心な所。

 女の子なら、ここでしみじみと相手の顔を凝視して。
 容姿をほめる言葉を口にしながら、相手の警戒心を解いていくのだが・・・・・・男の場合はそうもいくまい。

 さて。・・・どうやって、仲良くなるべきか―――――――そんなことを考えながら、ナナシは口を開こうとした。


「君のかと思ったんやけど、・・・・・・・、」


 そしてそのまま、固まってしまう。
 青年が、至近距離でナナシを見上げたからだ。


「・・・・・・・・・・・・・・っ、・・・」


 ナナシが今まで見たことがないくらい、――――――・・・青く透明で・・・・キレイな瞳だった。
 猫のような、少し吊り上がり気味で、・・・バサバサした長い睫毛付きの、大きな目。

 よくよく見なくてもキレイな顔だと思ったが、マジマジと見れば本当に、人形みたいに整った素晴らしい美貌の持ち主である。

 あんまり、キレイ過ぎて。
 生活のためとはいえ、欲にまみれた手で触れてはいけないと感じてしまう程の。


「・・・・・・・・・・・・・・・」



 どないしょう?!!
 マジでレアや!!
 レアもんや!!!

 こんな美人さん、今までお目に掛かったこと在らへんで・・・・!!?




 らしくもなく、ナナシは青年の顔を見つめたままで固まってしまった。
 目の前で、青年が怪訝な顔になる。

 まずい、・・・何か話さなければ変に思われてしまう―――――――・・・と考えた瞬間、勝手に口が動いた。


「こ、こんなティッシュ、君みたいな子がたとえ落としたって、気にする筈あらへんよね!? っちゅーか、こんなへぼティッシュ使わへんがな!! ええ匂いする、地模様入ってるような高いティッシュ使うてるよね・・・・・!! もう、こんなん捨てたるわ・・・・!!」


 相手が何も言っていないのに、1人で話を完結させてしまう。

 これではもう、相手がその通りだと肯定した時点で会話は終了。
 知り合いになるチャンスもつぶれてしまうというのに・・・・・・・・・・・。



 ああもう!! 自分、何アホなこと話してんねん・・・・!!!!



 頭を掻きむしりたい想いに駆られながら、ナナシは笑みを引きつらせた。
 けれど、もう口をついて出てしまった言葉は取り返しが付かない。



 終わった・・・・!

 完全な失敗や・・・・・・!!!



 もう完璧に終わってしまったと、心の中でがっくりと項垂れる。
 こんなレベルの高い美人には、もう二度と出会えないだろうに。


 だが、予想外な事が起こった。


「・・・勿体ないだろ? 使ってないのに捨てるなんて・・・!」


 目の前の美青年は顔をしかめて、そう言いながらナナシの手を掴んできたのである。


「へ・・・・?」

「ほら、まだ新しいヤツじゃないか。・・・粗末にするな! これだって買うとなったら、コンビニで4つで200円とかするんだぞ!?」

「・・・・・・・・・・・・・」

「アンタも見た所まだ学生だろ? 学生がバイトして200円稼ぐの、時給に換算したら何分働くと思ってるんだ!」

「・・・や、あの・・・これはそこらで配っとる広告付のヤツだと・・・・・」

「それだって、苦労して配ってるヒトの事考えたら、粗末には・・・・」

「―――――――すんません・・・」


 高級ブランド店で、山のような買い物をしていたお坊ちゃまな筈の美青年に、やたら所帯じみた説教を始められ。
 ナナシは、呆然とその言葉を聞くしかなかった。

 たかだかティッシュひとつの事で、ナナシはそれから30分以上お説教を食らう羽目となる。



 ―――――――だが、その後。

 美青年が偶然にも、ナナシが通う大学の1年生と判明し。
 容姿だけではなく、その少々きつめで何故かやたらに生活感溢れた性格に、損得勘定抜きで惹かれるようになる事を、この時の彼はまだ知らない。



 利用してやろうとして、声を掛け。
 逆に、囚われてしまったのはナナシの方だった。





 ナナシとアルヴィスの出会いは、こうして始まったのである――――――――――。










++++++++++++++++
言い訳。
何なんだ、この話!? って感じですよね(爆)
書いたゆきのもそう思いまs(殴)
でもなんか、ウタダのタイトル同名の曲聴いたら思い浮かんじゃったんですよね〜☆
全然、イメージ沿ってませんけど・・・(汗)
ナナシさん、裏設定で施設『ルベリア』の孤児院育ち。
で、そこで兄弟みたいに育った子供達を引き取って暮らしてるんです。
なので、お金無いんですね。
それで、アルヴィスに金づると思って近づいて・・・・逆に恋に囚われちゃうという(笑)
『君ため』ACT47では、この出会いを経て、アルヴィスの大学の先輩として登場します。
ま、アルヴィスはもうファントムのお手つきですけどね・・・!(爆)

――――――微妙な話、書いてしまってスミマセン。
読んで下さってありがとうございます・・・(笑)
ちなみに、話でアルヴィスがエルメスでしてた大量の買い物の正体は。
勝手にアルヴィスの為にファントムが取り寄せていた、品の数々です(笑)
先に荷物を持って帰らせたのは、お抱え運転手のMr.フック。
彼はアルヴィスの指示とはいえ、アルヴィス残して家に戻ったので、後でファントムにお仕置きされます・・・(爆)