『Halloween’s Night』








「・・・はい、あとはコレを手にはめて、足にはこのブーツ履いてね」


 そう言われて手渡された、黒いフワフワの毛の付いた手袋とブーツを見て。

 幼いアルヴィスは小首を傾げた。


「ねえこれ、・・・・なんなの?」


 見慣れた手袋やブーツと違って、手渡されたそれらはアルヴィスの手にはとても大きく、形が変だ。
 猫とか犬の手足のようで、肉球も付いているし鋭くは無いが爪もある。


「いいから、ちゃんと付けてね。付けたら、教えてあげるから」


 そう言うファントムも、何だかズルズルと黒いローブを身につけていて酷くアヤシイ格好だ。
 まるで絵本に出てくる、魔法使いか何かのよう。

 ファントムだからまだいいが、コレで知らない人間だったら怖くて泣いてしまいそうなアヤシサだ。

 せっかくのキラキラな銀色の髪も、キレイな顔も半分以上隠されていて、それらがお気に入りなアルヴィスとしては大いに不満である。

 何故に、そんな変な格好をするのだろうか?

 自分の服も訳が分からないまま脱がされて、やっぱり黒いフワフワの毛付きな服を着せられたのも意味が分からない。

 分からないことだらけで、アルヴィスの機嫌は下降気味だった。


「・・・うん・・・?」


 それでも、よく分からないまま言われたとおりに身につけると。
 年上の幼なじみは、アルヴィスを大きな鏡の前に連れて行く。


「ほら、見てごらん?」


 言われるままに、鏡を見て。

 アルヴィスは思わず歓声を上げる。
 今までの機嫌の悪さも、キレイに吹っ飛んだ。


「・・・・うわぁ・・・!?」


 鏡に映っていたのは、一匹の黒猫だった。

 黒いフワフワの毛の、耳と尻尾を持った一匹の猫。
 さきほど、ファントムがアルヴィスの頭に何か被せたり、黒い服を着せたのはこの為だったのだ。


「すごい! ・・・ねこだー!」

「うんうん、可愛いにゃんこに変身できたね」


 肉球のついた手袋で、猫耳を触ったり尻尾に触れて飛び跳ねているアルヴィスをファントムが微笑ましげに見守る。

 ラビットファーでこしらえた、黒猫変身セットは、想像通りアルヴィスに良く似合っていた。
 青みがかった黒髪と、陶器のように滑らかで白い肌、そして鮮やかなサファイア色の瞳をした美少年であるアルヴィスに、黒猫の扮装はとても相性がいい。

 猫のグレードで喩えるのなら、すぐさまショーに出しても世界チャンピオンを狙えるような最高級の美猫だろう。


「・・・・じゃあこれで、パーティー行けるね」


 そう言いながらファントムは、仕上げにとアルヴィスの首にリボンを巻く。
 アルヴィスの瞳の色と合わせた、金の鈴付きの深い青のベルベット・リボンだ。


「・・・・ぱーてぃー?」


 言われた言葉に、黒い子猫は不思議そうな顔をした。

 アルヴィスにとってパーティーといえば、誕生日だとかクリスマス程度しか思い浮かばないのだろう。
 そして今は10月末だから、それらとは関係ないので何のパーティーなのか分からないのだ。


「今日はハロウィンだから。ウチでお祝いするんだよ」


 ファントムは、カチューシャ型の猫耳をずらさないようにアルヴィスの頭を撫でてやりながら、そう説明をした。


「はろ・・いん・・・?」


 耳慣れない言葉に、子猫はますます困惑した顔をする。
 大きな青い目をパチパチさせて、愛らしい口許をへの字に曲げた。

 洋風にかぶれているファントムの家では恒例の行事だし、徐々に一般的になってきてはいるものの、この国ではまだまだ普及してない習慣だろうから幼いアルヴィスが知らないのも無理は無い。

 どういう日なのか知ったら、絶対喜ぶんだけどね・・・・そう思いながら、ファントムは言葉を続けた。


「アルヴィス君みたいな良い子には、お菓子が貰える楽しい日だよ」


 お菓子、という言葉にアルヴィスの顔がパッと明るくなる。

 甘い物が大好きなアルヴィスは、たとえプリプリ怒っていてもお菓子を見せれば機嫌が直るほどなのだ。


「ほんと?」

「うん、いっぱい貰えるよ。キャンディーもあるしチョコレートもある。それに、ゼリーやキャラメル、持って帰るのは無理だけどアイスクリームもあるし、ケーキだってあるよ」

 ファントムの言葉に、愛らしい黒子猫は大きな青い瞳をキラキラさせた。
 その様子の可愛らしさに、ファントムは思わず抱き締めて頬ずりしながら、お菓子が貰える呪文を教えてやる。


「だからね、パーティーに来てる色んな人達に『Trick or Treat!』って言ってごらん。 お菓子たくさんくれるよ・・?」

「・・・・とり・・かとり・・・・?」


 おぼつかない口調でファントムの言葉を繰り返すアルヴィスに、今度は一語ずつ区切って発音してやった。


「ト・リ・ッ・ク、オ・ア、ト・リー・ト、だよ。お菓子くれなきゃ悪戯するぞ!って意味なんだ」

「ふぅん・・・?」


 黙って抱き締められるままになりながら、アルヴィスが分かったような分からないような声を出す。

 大きな猫耳を付けた、愛らしい顔で小首を傾げる様は凶悪に可愛らしい。
 これなら、パーティーでも人気者になるのは間違いないだろう。

 デレデレになった大人達が、アルヴィスに沢山お菓子をくれるに違いない。

 アルヴィスは、お菓子が大好きだから。
 絶対に喜ぶだろうと、ファントムは以前からハロウィンはパーティーを催す本宅に招待しようと思っていたのだ。




 ―――――でも、抱っこされたり頬ずりとかは許せないかも・・・・。




 そこら辺は気を付けなくちゃな、と思いながら。

 ファントムはアルヴィスに笑いかけた。


「大丈夫。うまく言えなくても、僕がちゃんとお菓子貰ってあげるからね」


 そう言って、アルヴィスの猫手袋を填めた小さな手を取ってパーティー会場へと誘う。


「・・・ちゃんとだよ? ちゃんと、おれのもらってね・・・?」


 うまく、自分で言う自信が無いのだろう。

 そう幼い口調で念を押すアルヴィスが、可愛らしい。


「おいしいお菓子、いっぱい貰ってあげるよ」


 ファントムがそう請け合えば。

 黒い子猫は、とてもとても嬉しそうな可愛い笑顔でファントムを見上げた―――――───。
























「・・・・・・思い出すなあ。可愛かったよね、この時のアルヴィス君! いや今も可愛いけど!!」


 うっとりと、手にした一枚の写真を眺めながら。
 銀髪の青年が懐かしそうに、そう口にする。


「・・・・・・・・・・・・」


 その姿を、黒髪の青年は嫌そうに無言で見つめた。


「でも、すっごい嬉々としてパーティー参加したのに、この後泣き出しちゃったんだよね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「ハロウィンだから、皆仮装しててさ? それでアルヴィス君ホントのお化けと勘違いして、もう大泣き!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「僕が大丈夫だよ、ニセモノだよって言い聞かせても全然泣きやまなくてさ・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「結局、お菓子どころじゃなくなって。抱いて部屋戻る羽目になったんだよね・・・・アレには参ったなー!」

「・・・・・・・・ガキだったんだから、仕方ないだろ・・・・!!」


 無視しようと決め込んでいたが、どうにも黙っていられなくなり、アルヴィスは口を挟んだ。


「泣いて悪かったよ!・・・お前までパーティー欠席させて悪かったっ!!」


 初めて連れて行って貰ったハロウィンパーティーで、仮装に扮した大人達に怯え大泣きしたのは幼き頃の遠い思い出だが。
 アルヴィスにしてみれば、もう抹消したい程の不本意で恥ずかしい記憶に他ならない。


「え? それは別にいいよ僕お菓子はどうでも良かったし、泣いてるアルヴィス君可愛かったしね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「ねえねえ、そんなことよりさ?」


 自分で勝手に話題を振った癖に、アッサリとそれを変え。

 ゴシック調の白シャツに黒のパンツ、そして黒いマントを羽織った吸血鬼に扮したファントムは機嫌の良い笑みを浮かべた。


「そんな可愛くない格好してないで、今年も僕が用意したにゃんこになろうよー?」


 今日はハロウィンなんだから、とニッコリ。


「昔は写真みたいに、喜んで着てくれたじゃないvv」


 白手袋を填めた手で、ファントムが先程から散々眺めていた写真を突きつけられる。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 黒猫に扮した幼いアルヴィスが、嬉しそうに魔法使いのファントムに抱かれて無邪気に笑ってる写真だ。
 それを横目に見て、成長したアルヴィスはボソリと言う。


「・・・・・・・・・・・・・・嫌だ」

「え、どうして? 可愛いのにー。 前は着てくれたでしょ?」

「・・・・・その写真と、格好が違う」

「同じにゃんこだよ? 黒いし」

「・・・・・・・・・・・・・露出度が違うだろう!!!」


 そらっとぼけるファントムに、アルヴィスは激昂した。


「なんで、この寒空にヘソ出しで背中ガラ空きで、パンツがマイクロミニなんだっっ!!? 色んな意味で寒いだろうが!!!」


 ―――――そうなのだ。

 確かに、格好的には幼い頃と同じ黒猫。

 しかし、露出度が格段に違う。

 酷く丈の短いトップで、背中は編み上げ。
 ウエスト部分はまるっきり剥き出しで、パンツも足の付け根ギリギリラインの超ミニサイズ。
 更に言えば材質だって、黒のレザーで首もとにリアルファーが付いたタイプで幼い頃のとまるで違う。
 そんな格好でロング丈の革手袋(←猫手では無い)に、やはり黒革のニーハイブーツ。

 そしてフワフワの猫耳と尻尾がセットとなれば―――――─なんだかもう、ハロウィンの仮装というよりは、どっかのイメクラの衣装のようないかがわしさな気がする。


「えぇー・・別に移動は車だし、会場は室内なんだから問題無いでしょ?」

「とにかくっ! 俺はこんなのはやだっ!!」

「でも、仮装しないと会場行けないよ」

「別に行かないからいい・・・・」

「アルヴィス君が好きそうな、珍しいスイーツとか取り寄せてあるらしいけど?」

「・・・・・・・・・・!」


 ファントムの言葉に、ついピクリと反応してしまう。


「フランスから有名パティシエ呼んで作らせたデザートとか、あるらしいよ。アルヴィス君の好きな、クロカンブッシュとかもあるって」

「・・・・・・・・・・・!!」

「アルヴィス君がこの前おいしいって言ってたチョコの、ショコラティエの作品もあるらしいよー?」

「・・・・・・・・・・・!!!」


 こうなるともう、アルヴィスの負けだ。

 アルヴィスは昔から、甘い物に目がない。
 それは幼い時からのことで、ファントムにはお見通しだ。
 滅多に食べられないかも知れない菓子を食するチャンスと、恥ずかしい格好。

 どちらを天秤に掛けるかと言えば―――――───・・・・・。


「・・・・・・・・・・・う・・」


 けれど、流石に行かないとか着ないと言った手前、簡単に撤回出来ず言葉に詰まってしまう。

 そんなアルヴィスの鼻先に、笑顔で黒い猫衣装が差し出された。


「じゃあはい、・・・これ。着てくれるよね?」


 絶妙なタイミング。

 ファントムは、いつでも器用に場の空気を読む。

 
「・・・・・・・・・・・・・仕方ないな!」


 顔を赤くしながら、アルヴィスは差し出された衣装を手に取った。


「ファントムがそんなに言うなら・・・・着てやるよ」


 わざと無愛想に言って、アルヴィスは乱暴に着ていた服を脱ぎ捨てて抵抗しまくっていた衣装を身につける。


「あ、・・・待ってアルヴィス君」


 しかし、そのアルヴィスの身体をファントムが抱き寄せた。


「・・・・何だよ?」


 セクシーな黒猫姿で、アルヴィスはファントムを見上げる。


「・・・うーん、やっぱにゃんこはやめて、魔女の格好にしよっか☆」

「・・・はあ?」

「だって・・・ねえ」


 イキナリに仮装変更を提案されて、アルヴィスが抗議の声を上げると。
 ファントムは困ったような笑みを浮かべて、理由を説明した。


「やっぱそれ、露出高いよね。・・・・・僕以外の目に晒すのは勿体ない」

 だから、僕の前だけでそれを着て? そんな風にお願いしてくる。

「・・・・・・・・・・バカ」

 だったら最初から、こんなん用意するなよ・・・と思いながらもアルヴィスはファントムの胸に顔をすり寄せた。

 着ろと言ったり、着るなと言ったり。
 年上の恋人は強引だし、酷くワガママだ。
 けれどもやっぱり、大好きだし。

 何だかんだ言いつつも、結局言うことを聞いてしまう。


 本当は。

 お菓子で釣られなくたって。
 ファントムが言うのなら、猫の格好だろうと犬にだろうとなっただろう。


 言わないけど。

 絶対、そんなの、言わないけど。



 きっと、幼い頃に。
 ファントムの言うことは聞かないと駄目だと―――――─そう、インプットされてしまったのかも知れない。

 それが駄目だったのだと、思わない自分がもう手遅れなんだ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 そう思いながら。
 写真よりすっかりと、美しく成長した黒猫は、年上の恋人に誘われるまま背伸びをして。

 そっと、その唇に口付けをした―――――───。

 

 


END