『Bird Cage』





ACT4





 指先に魔力を集中させ、目の前の少年を拘束する鎖状のARMを消し去る。

「・・・・・・・・・・・・・・」

 ファントムが身を離した途端、少年の華奢な身体は石畳の上に力無くクタリと倒れ込んだ。
 そしてそのまま、ピクリとも動かない。

「・・・・・・・・・・・・・・」

 脱がされた上着を両手首付近に引っ掛けただけで、一糸纏わぬ状態である少年の剥き出しになった白い肌には一見、全身に絡みつくように刻まれた赤黒いタトゥのせいで目立ちはしないものの至る所が痣になり、擦り傷が付いていた。
 手首と足首には剔れたような皮膚が裂け赤い肉が僅かに覗く傷が出来ていたし、頬や肩先、膝や脛にも擦過傷が見受けられる。
 ファントムが強く掴んでいたせいで腰付近にも指の形をした鬱血痕が幾つも付いていたし、先程まで散々酷使した箇所から伝い落ちる血液と精液で、少年の透き通るような青白い内腿が斑模様に染まっていた。

 周囲の石畳にも、点々と白濁やら血液が飛び散っている。
 陵辱の痕跡が、ありありと分かる状況だ。

「・・・・・・・・・」

 そんな場所で、少年は意識も無くただ横たわっていた。
 その横顔はとても美しかったが、青白い瞼には濃い疲労の影が伺え、行為の間中ずっと噛み締めていたせいだろう―――――薄く形良い唇には血が滲んでいた。
 頬には涙の痕。意識を失ってさえ苦しげに寄せられたままの眉が、少年の状態を物語っている。









「・・・・・・・・・・」

 ファントムは暫く屈んだまま少年の様子を見ていたが―――――やがて、徐に口を開く。

「―――――─アルヴィス君運ぶから、何か掛けるモノ持ってきて」

 ファントムと少年以外、周囲には誰の姿も見えなかった。
 けれどもファントムは、そこに誰かが居るのが当然・・・と言った口調でそう命令する。
 そして間をおかず、二人がいる地下牢の入り口にフワリと現れた影があった。
 黒いゆったりとしたローブに身を包み、同色の三角帽子を目深に被った長髪の男。手には、大きめの白い布を持っている。

「・・・気を失ってしまいましたね」

 言いながら、近づいてきた。

「うん。まあ、初めてだしね・・・こんなものじゃないかな。でもスゴク気持ちよかった! やっぱり最高だねアルヴィス君は」

 男から掛け布を受け取りつつ、ファントムは機嫌良く答える。
 その間も、少年から目は離さないままだ。
 そしてゆったりとした布を少年の身体に掛け、優しい手つきで抱き起こしながら全身を包んでやる。

「アルヴィス君をお風呂にいれてあげないと」

「・・・運びましょうか?」

 男が更にファントム達に近づいて来てそう言ったが、銀髪の青年は端正なその顔を横に振る。

「ん、いいよ。僕がやる。―――――─アルヴィス君の事は、僕がしてあげたいからね」

 そう言って、少年の身体を抱き上げた。
 少年は依然グッタリとしたままで、全く反応しない。

「・・・・このままお湯で洗ったら、可哀想かな・・」

 力無く上向きに顎を反らせ、白い喉元を晒す少年の様子を少しの間見つめ。
 ファントムは口を開いた。

「ペタ。お風呂の用意と・・・あとホーリーARMも持ってきてよ。・・・・ああ、それから――――」

 アルヴィスを抱えたままで、ファントムは紫色の目を細め、とても機嫌が楽しそうな笑みを浮かべる。
 なまじ完璧に整った美しい顔立ちをしているから、そんな表情をすると悪魔のように蠱惑的で背筋が凍るほど冷たく、それでいて酷く甘い―――――魂が吸い取られてしまうかのような錯覚を引き起こすファントムの微笑み。

「―――――─ダークネスARM、『Bird Cage』も・・・用意してね」

「ファントムのお部屋にで、よろしいですか?」

 心得た様子で、男・・・・ペタが頷く。その拍子に長い金髪がサラリと一房肩から流れ落ちた。

「うん、僕の部屋。そこで暫く飼おうと思うんだ・・・・アルヴィス君が大人しくなるまでね」

 言いながら少年の上向いた顔に唇を近づけ、ファントムはペロリとアルヴィスの血の滲んだ唇を舌で舐め上げる。

「メルのメンバーは・・・今頃彼を、必死で捜してるのでしょうね」

 その様子を見ながらペタが口にすると、ファントムは機嫌の良い笑みを崩さず少年を抱えたままで器用に肩をすくめて見せた。

「さあ? どうだろうね。でもまあ・・・僕がアルヴィス君浚ったっていう証拠は無いワケだし―――――彼らは此処レスターヴァには来られないだろうし・・・・探しても無駄だけど」

 でも彼らの志気が下がってウォーゲームが楽しくなくなっちゃうのは嫌だからね・・・最後の試合が終わるまではアルヴィス君の事を教えるつもりは無いよ―――――そう言って牢の入り口の方へと歩き始める。

 が、不意にぴたりと足を止めた。

「ねえペタ。・・・僕は試合のルールに従って、ゲームが終わるまでアルヴィス君連れてくるべきじゃなかったのかな? ゲームが片づくまで、我慢するべきだったと思う?」

「・・・・後悔なさっているのですか?」

「ううん。・・・ただ、ギンタ達が動揺して弱くなっちゃったら・・・試合がつまらないなと思ってさ。だからアルヴィス君の事は欲しかったけど、もう少し我慢すべきだったのかなって―――――」




 チェスの司令塔は基本的にとても無邪気で、幼い子供と同じくらいに衝動的だ。
 欲しいモノを見つけたら我慢なんか出来ないし、その結果、どんな結末が待っていようとも頓着しない。
 けれども、自分の気に入らない展開になる事は許せないのだ。
 両方欲しいけれども、片方しか手に入らない―――――─そんな選択をファントムは理解出来ないし受け入れない。
 今だって、こんな少しだけ殊勝な事を言ってはいるけれど・・・・その実、実際にギンタ達と戦い彼らが動揺していてファントムが満足出来る戦いが出来なかった場合――――事情が事情だから仕方ない―――――などとは、決して納得しないのだろうとペタは思う。

 ウォーゲーム最終戦は、レギンレイヴ城。
 試合内容に満足できなかったファントムが、キレて周囲を壊しまくることは容易に想像出来た。城ひとつで済めば、まだ良い方かも知れない。




「・・・・・・・・・・・」

 とは言え。それを避ける方法はもう、無い。
 全ては結果論となってしまう。ファントムは、アルヴィスを手に入れてしまったのだから。
 衝動のままに行動してしまう彼の頭に、通常ならば付随するだろう『後悔』の文字は、―――――───存在しない。




 ファントムの問いを、ペタは暫し抑揚の無い表情でただ黙って聞いていたが・・・・やがて血色の悪い唇から言葉を発する。

「貴方の望む事は、全て正しい。ですから、貴方は貴方の望みのままに行動されれば良いのです」

「そうだよね」

 ファントムはアルヴィスを抱えたまま振り返り、満面の笑みを浮かべた。
 己の言葉を肯定してくれる存在が、ファントムは大好きである。

「ホントなら、6年前からアルヴィス君は僕のモノだったんだし! 連れてくるの遅いくらいだったよね、うん」

 納得したのかまた笑顔を浮かべ、ファントムは再び歩き始めた。


















「・・・・・・・・・・」

 その後ろ姿を、ペタは無言で見送る。
 欲しくて欲しくて堪らなかったモノを手に入れたファントムは、酷く上機嫌だ。
 何にも執着を持たず、その場その場で気まぐれに行動する事の多い彼の、唯一といってしまっても過言では無いかもしれない・・・・『大切な存在』。
 性的衝動は滅多に無く、たまに気紛れに犯しても最後には必ずや相手を壊してしまう彼が、時折気遣いすら見せて抱いていた。
 唯一の執着物である少年を手に入れたファントムは、今、至福の時を味わっているのだろう。
 彼が幸せを感じる事は、ペタにとっても幸せである。


 けれど―――――──。



「・・・・・・・・・・・・・・」

 ペタは一抹の不安を感じる。
 少年が、ファントムを拒絶している今はいい。・・・・今の内は。
 だがもしも、アルヴィスがファントムを受け入れてしまったら。
 受け入れて―――――─その代わりチェスから離れ、世界を諦めろと言ったなら。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 彼は、アッサリとその司令塔の座を捨てるかも知れない。
 ペタはファントムが今の座に居る事に、決して執着していないのを知っている。
 チェスの存在さえ―――――──恐らくそう大切に思っている訳でも無いのだ。

 世界を統べる事の出来る器なのに。

 その実彼は、それを大して望んではいない。

 彼を受け入れた数少ない者達が、望んでいたから・・・・・それだけの理由だろう。


 だからもし、彼が唯一大切に思う存在が、それらを捨ててと言ったなら。






―――――──ファントムは迷う事無く、今の地位を捨てるだろう。






「・・・・諸刃の刃だな・・・」

 地下牢に佇んだまま、1人ごちる。

 何もかもが虚ろな状態で、気紛れに世界を壊し続けていくのは不安定で酷く危うい。
 ファントム自身、いつ壊れてしまうか分からない危険な状態だとペタは思う。
 だから、彼をこの世界に引き留めておく為のモノが欲しかった。それがあの少年である。
 だが、たった一つの執着物を手に入れた彼は―――――─安定を取り戻し完全体と言えるような強さを持つだろうけれど―――――別の意味で危うい。

「・・・・・・・・・・・・・・」

 ペタは、今の己の立場を気に入っている。
 チェスの兵隊という組織の中で、司令塔であるファントムの片腕として、彼が世界を支配するのを傍らで眺めるのがたった一つの望みだ。
 それが、たかが1人の少年によって壊されるかも知れない。


―――――─それだけは、許されない事だった。


 どんな事をしても、それだけは。



「・・・・・・・・・・」

 ペタは昏い瞳で、無機質な灰色の床を見つめた。
 それから、静かに地下牢を出て行く。


 その顔はいつもと変わりなく無表情で―――――心の内など微塵も伺わせない抑揚のないものだった・・・・・・・・・・・・。




 

 


to be continue...


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言い訳。
アルヴィスは知りませんが(てゆーかそんな余裕ありません)、ペタ氏ってば、実は陵辱中にもひっそり待機しておりました(爆)
もちろんトム様はそれを知ってます。
ペタはファントムにとって一番の理解者なので・・・立ち会ってても別に構わないのです。
むしろ、「僕のアルヴィス君可愛いでしょ!」みたいに自慢したい気持ちいっぱいです(笑)
アルヴィス知ったら、憤死したくなりそうですね・・・!(爆)