『Sweet Sweet Lovers』












「・・・アルヴィスさん・・・?」


 インガが階下から、麦茶を持って上がって来ると。

 喉が痛い、水が欲しいと訴えていた張本人は、ベッドの中で丸まったまま無反応だった。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 傍らにある机に飲み物を載せ、インガはベッドへと近づく。


「・・・アルヴィスさん・・・?」


 もう一度、名を呼ぶがやはり反応は無い。

 こちら側に顔を向けて丸まっている少年の様子を伺えば、気持ちよさそうな寝息を立てて、ぐっすりと眠り込んでいるのが見受けられた。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 その様子に、見ているインガの顔も知らず綻ぶ。

 軽く溜息を吐いて。
 インガはそーっと、その場に座り込んだ。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 高校に入学し、出逢って約4ヵ月。
 恋人として正式に付き合うようになって、ほぼ2ヵ月。

 こうして、彼の寝顔を見られるようになったのは極々最近の事だ。

 笑ってる顔、怒ってる顔、拗ねてる顔・・・・照れた顔・・・・アルヴィスが浮かべる表情はどれもキレイで可愛くて、インガを魅了して止まないけれど。
 寝顔というのはまた、それとは別格だとインガは思う。

 何故なら。

 寝顔は無意識に浮かべている、完全に無防備な表情なのだから。


 しかも、眠っている間であれば―――――─彼のキレイな顔を、遠慮無く眺める事が出来る。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 キレイな線を描く高い鼻梁に薄い唇。
 顎から首に掛けての細いライン。
 射抜くような強い光を宿した瞳を内包し、柔らかく閉ざされた白い瞼に長い睫毛。

 本当に人形のように整っている、キレイな顔だ。

 白いシーツに散った黒髪や、薄く開いたあどけない唇がまた・・・ヤケに扇情的。

 造り物みたいにキレイで、隙のない美しさは普段と変わりは無いけれど。
 彼の顔で一番印象的な瞳が、閉ざされている今は―――――・・・・起きている時より少しだけ、幼く感じた。

 寝乱れて、少しだけクシャリとなっている髪のせいなのか。
 しどけなく開いた、唇のせいなのか。
 穏やかに伏せられている、長い睫毛のせいなのか・・・・・それともそれら全てのせいなのかは、分からないけれど。


「・・・・・・・・・・・・・、」


 あんまり、眠っている姿がキレイで。
 その姿に魅了された誰かが彼を連れて行ってしまいそうな、錯覚に襲われて。

 インガはつい、手を伸ばして白い頬にそっと触れた。


「・・・・・・ん、・・」


 触れた瞬間、アルヴィスが僅かに眉を寄せて身動ぎをする。


「!」


 起こした――――、そう思いインガが慌てて手を離そうとしたその時。


「・・・・・ん・・・・」


 アルヴィスが眠ったまま、ハッキリと表情を変えた。


「――――・・・・っ、」


 その表情に見惚れ。
 インガは思わず、手を引っ込める動きを止めてしまった。


「・・・・・・・・・・・・・・」

 アルヴィスは、とても嬉しそうな―――――笑みを浮かべたのだ。
 無邪気で、嬉しくて堪らないとでもいった風な、とても可愛らしくて子供みたいな笑顔を。

 しかも、頬に触れたままだったインガの手に、頬ずりするような仕草まで見せて。
 インガの方に、身体自体をすり寄せてくる。


「・・・アルヴィスさん・・・」


 その仕草が何とも可愛らしくて。
 インガは嬉しさを隠しきれずに、アルヴィスの頬に触れている手と逆の手で、あやすように彼の髪を撫でた。


「・・・・・・・・・?」


 髪を撫でる感触に流石に覚醒の意識が刺激されたのか、アルヴィスの長い睫毛がゆっくりと持ち上がる。


「・・・・インガ・・・・?」


 滑らかに磨き込まれたサファイアみたいな瞳が、まだ寝起きのためにトロリとした色を帯びながらインガを映す。
 表情もどことなく茫洋としていて、声も掠れていた。


「・・・まだ寝てていいですよ? 今日は泊まっていってくれるんですし・・・ちょっと疲れましたよね」


 髪を撫でる手は止めないまま、インガはアルヴィスに目線を合わせるように顔を近づけ、微笑んだ。


「・・・・・・・・・・・・・」


 インガの言葉が即座には理解出来なかったのか、アルヴィスは何度か瞬きを繰り返しボーっとした表情のまま此方を見つめている。

 やがて、何を思ったのか。


「・・・・・・・・・・・・・」


 ごろ、と更に身体をインガの方に寄せてきた。

 そのせいで、アルヴィスがくるまっていた夏物の薄地のタオルケットが彼の素肌から滑り落ち。
 彼の肉付きが薄く、骨や筋肉の付き具合がはっきりと分かる白い裸身がインガの眼前に晒される。


「!? ・・ア・・・アルヴィスさん・・・・っ、!」


 インガは慌ててタオルケットを掴み、元通りにアルヴィスの肩まで覆うようにバサッと掛けてやった。


 いくら、先程まで散々堪能させて頂いた、身体だといっても。

 さっきまで、余すところ無く手と唇で触れさせて貰っていた身体でも。

 思い切り抱き締めて、深い所で繋がっていた身体だとしても。


 滑らかで柔らかく、手の平に吸い付いてくるような感触だと知っている白い肌や。
 掴めば両手の指先が触れそうなくらい、細い腰。
 背を丸めているせいでキレイに浮き出た背骨のラインから、引き締まった臀部、それに続く白い腿なんかが露わになっているのは、―――――・・・かなり目の毒だ。

 しかも、そんなあられも無い姿の張本人は、まるで誘うかのようなフワフワとしたあどけない表情でジッとインガを見つめている。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 一度名を呼んでくれただけで、何も言わずにただ黙ってインガを見つめている所を考えると、恐らくまだハッキリ目が覚めていないのだろう。
 寝ぼけている可能性も、かなり高い。


「・・・・いやだ」

「?」


 様子を伺っていると。
 突然、アルヴィスがぽつりと言った。


「アルヴィスさん・・・?」


 嫌。
 一体、何が嫌なのか。

 インガはアルヴィスの顔を見つめたまま、次の言葉を待った。


「・・・・とおい。もっと、・・・・ちかくがいい。これじゃ・・やだ」

「・・・・・・・・?」


 遠い。
 近い。

 ・・・・・何かの距離のことに不満らしいが、何のことだかサッパリ分からない。

 だが、アルヴィスの顔は段々と拗ねた表情に変化してきており。
 何とかしなければと、インガは焦った。

 眉を寄せ、寝起きで少しだけトロッとした瞳で此方を見上げるアルヴィスは、それはそれは可愛らしい。
 けれども、アルヴィスにちょっとでも嫌な想いなどさせたくないインガとしては、あまり見たくない表情だったりもするのだ。

 ・・・・特に、自分がしでかした事でなど、絶対に。

 たとえ相手が寝ぼけていて、起きたら全部忘れているとしても、・・・だ。


「・・・えーっと、・・・アルヴィスさん。何が・・・遠いんですか・・・?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」


 インガがそう言った途端、アルヴィスがむうっと少しだけ頬を膨らませ、可愛らしい唇をへの字に曲げる。
 そして、おもむろにインガの方へと片手を伸ばし―――――・・・首を掴んで自分の方へと引き寄せた。


「・・・ちかく。とおくに、・・・・いるな」


 インガの顔をジッと見つめたまま、舌っ足らずに言ってくる。
 この表情はもう、完全に寝ぼけているのだろう。


「・・・・・いっしょがいー。・・おきたらおなじ、ふとん。・・・・ねる・・・ちかくで」


 もう、文法的に滅茶苦茶だ。


「アルヴィスさん・・・・」


 しかし、インガには何となく意味が分かった。

 そして、寝ぼけながらそんな事を訴えてくる1つ年上の恋人がとても愛しく思えて、頬が弛む。

 くしゃっ、と指通りの良い髪を撫でて。
 引き寄せられた体勢のままに、あどけなく開いたままの可愛らしい唇にキスをして。

 ベッド脇から腕を伸ばして、タオルケットごとアルヴィスを抱き締める。


「ほら、・・・僕はこんなに近くに居ますよ・・・?」


 そう抱き締めたまま囁けば。
 アルヴィスは無言で満足げに嬉しそうな笑みを浮かべた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 そしてそのまま、また眠そうに長い睫毛をそっと伏せる。

 やはり夢うつつな状態らしい。
 そんなアルヴィスを優しく抱き締めて、インガは言葉を続けた。


「アルヴィスさんが眠ってる間も・・・起きた時も、僕は此処に居ますよ。・・・ちゃんと、傍に居ますから」



 寝ながらも、インガのシャツの襟元を握ったままのアルヴィスが愛おしい。

 普段の彼なら、あまり想像が付かない甘えっぷりだ。

 いつも寝起きはあまり良くない彼だが、ここまで寝ぼけるのは珍しい。

 どちらかといえば、クールで。
 付き合い始めてからも、手を繋いだりじゃれ合ったり―――――そんなのは恥ずかしがって。
 インガから言い出さなければ、指先同士ですら触れ合えないような・・・・・そんな彼なのに。

 抱いている最中や、眠っている時、そして今のような半分寝ぼけているような、理性が働かないような状況ではビックリするほどに可憐で甘えたがりな一面を見せてくれる。






 ・・・・・いっしょがいー。

 ・・おきたらおなじ、ふとん。

 ・・・・ねる・・・ちかくで。




 ―――――─・・・・一緒に居たい。

 近くにいて欲しい。

 寝るときもずっと一緒に寝ていて欲しい。

 起きた時にも1番近くに居て欲しい。




 ずっと一緒にいて。

 目が覚めた時に、傍にいて。

 同じ布団で、一緒に寝ていて欲しい。

 眼が覚めた時に1人で、・・・・離れたままなのは、嫌だ――――――。







 なんて甘えた言葉だろう。
 感情を素直に伝えられないアルヴィスが言うなんて、とうてい思えないような甘い言葉。

 起きたら多分、すっかり忘れているのだろうけれど。


 それでも、インガは嬉しかった。
 飾らない・・・アルヴィスの本心からポロリと漏れ出た言葉だと思えば余計に愛しく感じた。


 普段の、凛とした美しさを漂わせる彼が好きだ。
 その清廉なキレイさに相応しい、努力家で誠実で、正義感や負けん気が強く、面倒見の良い彼が好きだ。

 自分の心情を上手く他人に伝える事が苦手で、他人が求めてくるモノは惜しみなく与えようと努力するくせに。
 自分が欲しいモノは何一つ要求出来ない、不器用な彼を愛しいと思う。


 けれど、こうして。
 普段の彼を囲んでいる理性の壁が崩れ、時たま現れるこういった甘えぶりも堪らなく可愛らしくて大好きだ。
 こういう瞬間だけ、インガは自分がアルヴィスより年下であるという想いを捨て去れる。

 守りたいだとか、頼って欲しいとか、支えになりたいとか―――――そういった事は僭越だと普段は思うのだけれど。

 こういう瞬間にだけは、それが許されるような気がして、インガは嬉しい。
 そして、そんなアルヴィスを見られるのが自分だけなのだと言うことが、更に嬉しいのだ。








「・・・・う。・・・インガ・・・・・?」


 やがて再び、アルヴィスの瞳がゆっくりと開かれる。
 ようやく、眼が覚めたのだ。

 そして、のろのろと突き出されている自分の腕を見やり――――・・・・その行く先がインガに縋る様に伸ばされている事に気付くと、ハッとしたように表情を変えて慌てて手を引っ込めた。

 その手を自分の額に当て。


「・・・悪い。俺、・・・・寝てた・・・か?」


 赤い顔で、チラッと遠慮がちにインガを伺う。
 どうやら、完全に覚醒したらしい。


「・・・ごめん・・・」


 再度謝り。
 少しだけばつが悪そうな顔で、アルヴィスがインガを見た。

 恐らく、飲み物が欲しいと言っていたくせに、そのまま寝入ってしまった事を言っているのだろう。


「いいですよ別に」


 笑いながら、インガは机に置いた飲み物を取りに立ち上がる。


「僕としては、アルヴィスさんの可愛い寝顔がじっくり見ましたし・・・・・それに、」

「――――・・・それに? ・・・俺、何かしたか・・・??」


 インガの言い振りに、何か寝ている間にやらかしたのかと首を傾げるアルヴィスが可愛らしかった。
 怪訝な表情を浮かべている所を見るに、やはりアレは完全に寝ぼけていて、正気では無かったのだろう事が伺える。


「・・・いえ、何でもないです」


 笑顔のまま、インガはそっとかぶりを振った。

 とても可愛らしい仕草で、傍にいて欲しいって僕に強請ってくれたんですよ―――――なんて言ったら、アルヴィスはどんな態度をするだろうか。


 真っ赤になって、固まってしまう?

 それとも、赤面して、そんな訳無いと言い張るだろうか?

 それとも・・・・嘘だと叫び、赤い顔を隠してまたベッドに潜ってしまうだろうか??


 それらの仕草はとても、可愛くて。
 インガとしては、そんな彼を見るのは大好きなのだが。

 アルヴィスを、居たたまれない気持ちにさせてしまうのは忍びない。


 だから、インガは先程の事をアルヴィスに告げるつもりは無かった。


 可愛くて大胆な彼の姿は、インガの中にだけ。

 ――――――大切な記憶として残ればいい。





「アルヴィスさん・・・・」


 飲み物を手渡しながら、インガはそっと上体を起こしたアルヴィスに顔を近づける。


「―――――・・・大好きです」

「・・・・・・・・・・・俺、も・・・・」


 何度も何度も伝えている言葉を口にしたら、アルヴィスは恥ずかしそうに少しだけ眼を伏せてボソボソと答えてきた。

 つきあい始めてから、何度言ったか分からない言葉だが、アルヴィスは未だに慣れないらしく言われる度に顔を赤くする。
 それでも、照れながらも、いつもちゃんとボソボソ言葉を返してくれる所がまた、可愛らしい。

 あんまり、その照れる様子が可愛くて。

 インガはそのまま、僅かに顔の角度を変えて、形良い唇に口づけた。
 アルヴィスは黙って目を閉じ、そのキスを受け入れる。


「・・・ん・・・っ、・・」

「・・・んぁ・・」


 そのまま、何度もなんども、啄むような口付けを繰り返し。
 彼の甘い唇を味わった。



 これでいい、とインガは思う。


 素直に、甘えてくれなくても。
 大胆に、気持ちを訴えてくれなくても。

 遠慮がちに伸ばされてくる手とか。
 キスを黙って受け入れてくれる所とか。
 言葉少なに、ぽつぽつと想いを伝えてくれる所とか―――――─。


 大胆に甘えてくれる彼も嬉しいけれど、普段のアルヴィスだって大好きだから。


 さっきのは、自分だけの・・・・・大切な思い出として心の中に仕舞っておこうと思う。


 アルヴィスには、ナイショだ。






「アルヴィスさん、気にしないで僕の前でだったら、幾らでも寝てて下さいね?」

「いや、・・・でも。それはいくら何でも失礼だろ・・・」


 自分の言葉に戸惑いがちに言いかけるアルヴィスを遮り、インガはニッコリ笑って首を振った。


「いえ。全然失礼じゃないです・・・僕、アルヴィスさんの寝顔見るの大好きですから!」

「・・・な、・・・・」

「遠慮しないで、寝て下さいね?」

「・・・・寝顔なんか、・・・・見ても楽しいもんじゃないだろ・・・・」


 再度、繰り返し言えば。
 アルヴィスは、俯きながら真っ赤になって言い返してきた。


「楽しいですよ。・・・アルヴィスさんの寝顔はとても可愛らしいです」


 ・・・・正確には寝顔だけじゃなくてたまに見せてくれる、寝ぼけた時の可愛らしい仕草を見ることも狙っているのだが。


 まあそこは、―――――─アルヴィスには伏せておくことにして。


「僕はアルヴィスさんの顔だったら、いつでも、どこでも、どんな時のでも、・・・・見たいですから」


 真っ赤になっている顔に再び口付けるべく。
 顔を寄せながら、インガはにこやかな笑みを浮かべた。



 さあ、だから今も、僕にその可愛らしい顔、見せて下さい―――――─?







 END

++++++++++++++++++++++++++++++
言い訳。
MY設定的に、アルヴィスは眠っている時、一緒に寝てる人間の傍にどんどん寄っていく―――――という癖があったりします(笑)
まあ、コレは『君ため』の設定から派生したインアル版のアルヴィスだからなんですが。
ファントムがアルヴィスの小さい頃に良く添い寝してあげていて。
抱き締められて寝ていたものですから、それが癖になってしまったのですね。
ダンナさんの家に引き取られてからは、ギンタと一緒に寝てるので、それはそれでくっついて寝てたり(笑)
ぴたっとくっついて寝るのが習慣なのです。
インガは、知らないですけどね・・・(爆)
まあでも、あんな風に甘えるのは恋人のインガにだけですy(笑)

ちなみに、この話は事後でs(殴)
インガが疲れてる云々喋ってるのはそのせい。
流石にアルヴィスだって何もない状態で勝手にインガのベッド入って、眠り込んだりなんかはしませんよ・・・(笑)
もう既に、出来上がってる2人なのですvv


↑以上、日記掲載インアル話でした。
(小説ページにサルベージ時点で、多少加筆修正しております☆)