ACT3 「首の骨、見え始めるとね・・・すぐ脊髄から腐り始めちゃうんだって。―――――大丈夫かな、ガリアン。ARM使うタイミング失敗しちゃったりしてね・・・・フフフ」 呆然としたまま長椅子に腰を下ろし、身動きひとつしないアルヴィスの傍らに立ちながら、ファントムは楽しげに話し続けていた。 クスクス笑いながら話すその姿は、とても先程あんなに機嫌を損ねていた人物と同一とは思いがたい。 「あ、でも、肉が裂けて骨が見えてくる前に呼吸するのも大変だろうから、腐る前に窒息死しちゃうかもね? それとも出血多量かなァ?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「どのみちガリアン次第だけど――――クギ刺しておいたから、骨見えるまでは治療しないだろうしね・・・」 とても楽しげでまるで物語の結末でも予想しているかのような口調だが、言っている内容はかなり血生臭く残酷である――――しかも、現実の話だ。 「あーあ、せっかく君に、もう口もきけなくなってるだろうボロボロな仲間の面白い姿が見せられると思ったのになー」 意外とピンピンしてるんだもの、軽口言えるだけの余裕あるし―――――そんな事を口にするファントムに、アルヴィスは耐えきれなくなった。 「・・・・・なんで、」 ドレスを着た膝の上で、握りしめられていたアルヴィスの拳が震える。 「なんであんなっ、・・・・!!!」 生きていてくれたのは嬉しい。 だがしかし、どうせ殺すというのなら、せめてあんな残酷な目には遭わせて欲しくない。 でも、生きていて欲しい。 殺さないで。 だけど、あれ以上辛い目には―――――遭わせないで。 あのまま生き続けさせられるくらいなら・・・・・・ 「・・・・・・・っ、」 複雑な感情がせめぎ合って、言葉が上手く出てこなかった。 言葉が出ない代わりに、涙が出てくる。 泣かんといて。―――――─そう、言われたのに。 「泣かないで?」 隣に腰掛けたファントムが、優しい手つきで涙を拭う。 彼と、同じ言葉を。 カッとして咄嗟に振り払おうとした両手ごとアルヴィスを抱き込んできたファントムは、そのままの体勢で口を開いた。 「―――――だってアルヴィス君、ナナシの事ギンタの次くらいには気にしてるんだもの」 「・・・・・!?」 口調は優しいものの、どこか冷たさを含んだ声に、知らず身体を硬直させる。 「面白くないに決まってるでしょ? アルヴィス君は僕だけのモノなのに」 そう言って抱きしめる腕に更に力を込めてきた。 「だからさ、もう気にしたって無駄だよって。彼はもう、アルヴィス君に触れたり話したりするような力は無いからって。腕も足も切り取っちゃって―――――目玉もくり抜いちゃって、ついでに舌も抜き取ってさ・・・・肉の塊みたいになっちゃった彼をアルヴィス君に見せたかったんだよ」 ガリアンにもそうするように言っておいたのにさ・・・・・言うこと聞かなかったんだよね。制裁モノだよ、これは。 「―――――───」 サラリと身の毛もよだつような事を耳元で言われ、アルヴィスは言葉も無かった。 「アルヴィス君?」 「・・・・・・・・・・」 ファントムが、すっかり血の気を失ったアルヴィスの白い頬にそっと手を当てる。 そして小刻みに震え始めた身体を更に強く抱き、宥めるように引き寄せた頬に何度か口付けした。 「ごめんね、アルヴィス君。君は僕のモノなのに・・・あんまりイイ顔をナナシに向けるから、ちょっと嫉妬しちゃった」 「・・・・・・・・・・」 「でも、次またそんな顔したら―――――僕、アレ殺しちゃうかもね」 「・・・・・・・・・」 アルヴィスの顔から、ますます血の気が失せていく。 本気なのだ、この悪魔は。 言っていること、全てを本気で言っているのだ。 アルヴィスは、今、他の仲間達がどんな状況に置かれているのか分からない。 生きているのか、死んでいるのかすらも・・・・分からない。 けれど、彼らのことを聞いてはならないのだと―――――─悟った。 ナナシの事も、彼らの事も・・・・ギンタの事すら、気にしてはならないのだ。 この悪魔は、自分が気にする者全てを―――――─排除する気でいる。 自分が、彼らの事を想ってはならないのだ・・・・・・・・。 「・・・・・・・っ」 悪魔の腕の中で、アルヴィスは徐々に自分の意識が遠のくのを感じていた。 息が詰まる――――苦しい。吐き気がする・・・・・。 気分が悪い・・・・・。 「ねえ。ギンタとナナシ、どっちかの命しか助けられないと言ったら―――――君はどうする?」 揺らぐ意識の中、悪魔が楽しげに聞いてくる。 とても楽しそうだ――――人間の命を弄んでいるというのに。 「・・・・・・・・・・・」 所詮は誰も、この魔の手から逃れる事は出来ないのだろうか。 誰の身を犠牲にしても―――――自分の身を全て、擲(なげう)ったとしても。 血の雨が止むことはないのだろうか、決して。 それでも―――――今ある命だけでも、守らなければ。 「そんな事したら・・・・・」 ギリ、と歯を喰い締め。アルヴィスは抱き寄せる男を見上げた。 「俺は、命を絶つ」 「―――――、」 僅かに見開いた紫色の瞳を睨み付けつつ、ハッキリと言う。 「この身体は死ねずとも、心を殺す。二度とお前を見ることは無いし、お前の声も耳に届く事は無い。俺は俺の精神を・・・・・・自らの手で、殺す」 本気だった。 助けられないのなら、せめて一緒に。 自分だけ、のうのうと生きてなんかいられない。 死ねないのだったら、せめて心だけでも。 「・・・ギンタも・・ナナシも・・・・傷つけたら許さない・・・・・」 遠のきつつある意識の中。 残酷な悪魔の美しい貌から視線を離さずに、アルヴィスは目を閉ざしてしまうまでずっと彼を睨み付けていた―――――───。 ぐったりと意識を失っているドレス姿の少女と見紛う少年。 ファントムお気に入りの『お人形』は、腕の中で眠っている。 恐らく、慣れないコルセットで腰をずっとキツク締め上げられていた上に、急に興奮したから呼吸困難に陥って気絶したのだろう。 その華奢な身体を抱きしめたまま、ファントムは不機嫌そうに眉根を寄せた。 「・・・予定、狂っちゃった・・・・」 ボソッと呟き、嘆息する。 面白くない。 せっかくアルヴィスをお姫様のように仕立てて、肉塊と化した彼の仲間と逢わせて―――――─人形みたいに抱きしめて可愛く泣く姿が見たかったのに。 きっとスゴク良く似合っただろう・・・・・綺麗な格好をして、醜くグロテスクな血みどろの塊を抱く姿は。 白いドレスが血で染まり、白い手も鮮血にまみれ―――――泣いているその姿は。 キレイなキレイな彼が、落とす涙はとてもとても―――――─キレイだろう。 もう、彼の腕が君を抱きしめてくれる事は無いよ・・・・腕が無いんだから。 もう、彼が君を慰めてくれる事も無いよ・・・・舌が無いんだから。 もう、彼が君を見てくれる事も無い・・・・・だって、目が無いからね。 もう、彼が君の話を聞いてくれる事も無いよ・・・・耳に鉛を詰めたから。 どんなに掻き抱いても、『それ』はもう何処にもいないのだと理解させ。 彼は、自分だけを見てくれるようになる筈だったのに。 ―――――───あんな涙なら、見たくなかった。 「上手くいかないな・・・・・ガリアンはもう制裁決定だよ」 不満げに1人ごちる。 身体は死ねずとも、心を殺す―――――そう、アルヴィスは言ってのけた。 「でも・・・・・」 ファントムは、腕の中で少女のように眠る少年の顔を見つめる。 その顔はもう、拗ねてはおらず楽しげな笑みすら浮かんでいた。 「君は優しいよねアルヴィス君」 仲間の為にも命を懸けるけれど、その他大勢の人達の命だって―――――─見捨てられないでしょう? 「君が心を閉ざすなら、僕はこの世界中の人間を殺し尽くすよ? ・・・・それでも君は、出来るのかな・・・・?」 僕だけを見て。 僕の声だけを聴いて。 僕の事だけを・・・感じて。 「―――――─そうすれば、誰も傷付かないのにね?」 少年を抱いたまま、ファントムはクスクスと笑い声を立てる。 逃げたいなら、逃げればいいと思う。 誰かを愛そうとするのなら、愛すればいいと思う。 自分は何処までも、それを追いかけ捕まえる。 自分以外を愛するというのなら、その対象を全て壊してしまえばいいだけだ。 彼が縋る為に伸ばす腕を、掴むのは自分だけでいい。 「ねえアルヴィス君・・・・」 ファントムは優しく少年の黒髪を撫で、言い聞かせるように話しかける。 「君は、僕だけの・・・僕の為だけに存在する人形なんだよ」 ずっとずっと大切に、部屋に飾っておいてあげるからね―――――───誰にも見せず、触れさせず。 その言葉は眠る少年の耳には届かない。 アルヴィスは目を閉ざし、表情も動かす事のないまま眠り続けた。 そう、まるで、人形のように―――――───。 end ++++++++++++++++++++ 言い訳。 『Antares』設定の、続編というか・・・番外編というか(汗) 本来は拍手用に書き始めたんですが、長くなってしまいました_| ̄|○ ついでに、結構残酷な描写が多いんで・・・拍手には微妙な内容となってしまいました(愕然) ナナアルっぽいファンアル(何ソレ?)を目指したのですが、単にトム様鬼畜物語と なってしまったよーです・・・(死) お か し い な ・・・・・? アルが女装してるのは、一応お人形っぽくしようとした―――――とかって理由もありなんですが 単に私の趣味でs(殴) |