『Antares』






―――――頼むっ、頼むから殺さないでくれ・・・・・!!





―――――ギンタは、俺が異世界から呼び出してしまった存在なんだ。





―――――俺には、コイツを元の世界へ戻す責任がある・・・・





―――――お願いだから、何でもするから、殺さないでくれ。












―――――頼む、ファントム・・・・・!!!















 第二次メルヘブン大戦は、メル・キャプテンであるギンタの敗北によってチェスの兵隊の勝利となった。
 チェスの兵隊によるメルヘブン支配が始まってから早数年。
 各地の領土はゾディアック(13星座)と呼ばれるナイトクラスの者達に統治され、力と恐怖によって弾圧されながらとはいえ、世界は一応落ち着きを取り戻してはいた―――――─。















 強引にかり集められた者達が所々に立っている監視に鞭打たれながら黙々と、砂やら石やらその他の重そうな物が詰め込まれた袋を街の中央の建物へと運び込んでいる。
 採石場から街の中央までの距離はかなりあるから歩いて来るだけでも重労働だろうに、強制的に彼らが担がされている大きな袋は見た目以上に重さがあるのに違いない。

「・・・・・・・・・」

 働き盛りの男だけでなく、年寄りや女子供、見るからに身体が弱っているのが伺えるフラついた者達がその列に混ざっているのを目にして、アルヴィスはその美しい眉を顰めた。

「―――――働かせるには不向きな人々が混ざっている・・・」

「ヒュヒュ・・・気に入らねぇってか?」

 アルヴィスの避難めいた呟きを、隣にいた異様な姿の―――――巨大な十字架を背に負い黒いローブ姿の全身を鎖と幾重にも巻いた皮ベルトで戒めている上に真っ赤なトマトの仮面をすっぽり被った――――男が聞き咎め、気に障る特徴的な笑い声を上げながら揶揄するように言ってきた。

「働かざる者喰うべからず・・・って言うだろ? アイツらは働けなければ、飢え死にするしかねぇんだから―――――──生きていたいならああするしかないんだよ」

「あの様子では、どのみち死んでしまう・・・」

 トマトの仮面の男・・・ハロウィンの方へ視線を向ける事はせず、目の前の行列を見つめたままアルヴィスは口惜しそうに言い返す。
 本当ならば、今すぐ飛び出して行って助けてやりたかった。
 それどころか、この馬鹿げた作業自体を中止させてやりたい―――――隣のトマト野郎を、殴り倒してでも。

 しかし。

「・・・・・・・・っ、」

 ギュッ、とアルヴィスは両手の拳を血が出る程握りしめた。
 その両手にも、腰にも―――――─以前は肌身離さず身につけていた銀色に光るARMは存在しない。
 替わりにあるのは喉元を締め付けるように填められた、銀色の首輪。
 れっきとしたARMでもあるその首枷はアルヴィスの一切の魔力を封じ、他のARMの使用を不可能とするものである。
 ARM無しのフェアな戦いであればそれなりに勝機があるかも知れないが、ARMを使用されてしまえば丸腰では分が悪すぎるし、ゾディアックの1人であるハロウィンに勝てる確率など万に一つもないだろう。
 ましてハロウィンの残忍な性格を考えれば・・・・アルヴィスが下手に民衆を助けに入れば逆に、その人間達に非道な事をしかねなかった。

「・・・・・・・・・・」

 今のアルヴィスには、耐えるしかないのだ。
 第二次メルヘブン大戦で、ファントムに敗北してしまった現在―――――──彼に逆らう道は残されていないのである。
 魔力を封じられ、一般の人間と何ら変わらない状態になってしまった今の自分には、誰をも救う力など残されてはいない。―――――─何も、出来はしないのだ。

「・・・・・・・・・」

「ヒュヒュ・・・納得出来ねぇって顔だな?」

 アルヴィスの握りしめて震える両手と、噛みしめる唇を見やり。
 ハロウィンが何が愉快なのか相変わらずからかうような口調で聞いてくる。

「・・・ま、でもココ以外の何処でも同じような事が起きてるぜ? チェス以外の人間なんざ、家畜と一緒だからよ・・・使い捨てでいいんだからナ」

「・・・・・・・・・・」

「けど、こいつらも考えてみれば哀れだよな? 自分たちに試される拷問道具を自分たちで作らされてンだからなぁ〜〜〜死んでく時、どう思うんだろな?! 真っ赤に焼けた鉄柱とか抱かされて、焦げながら死んだり熱くて真っ逆さまに柱から落ちて串刺しになった時によ? きっと五月蝿いくらいに悲鳴上げるんだろうな?? 感想言えっつっても無理かもな? ヤル前に聞いておかねぇとだな!! ヒュヒュヒュ・・・」

「・・・・・・・・!!」

 聞くに堪えないハロウィンの言葉に、アルヴィスはギュッと両眼を閉じた。






 人間は、儚くて愚かで、どうにもならない存在だから。

 けれども掃いて捨てる程いるし、少しは僕たちの役に立って貰わないとね。






―――――─そんな事を言って、ファントムは各地を統治しているナイト達に競って人間達を拷問する為の仕掛けを作らせている。此処、ハロウィンが支配しているアカルパポートも今まさにその作業を遂行中だ。
 人間達を拷問に掛けて殺す―――――そこに別に深い意味は無い。
 ただ、メルヘブンを支配してしまい、ウォーゲームも終わってしまった今、新たな楽しみを見出す為だけの行為である。
 ファントムにとって、自分の仲間だと認識しているチェス以外の人間などどうでもいいのだ・・・・・暇潰しの材料としか思っていない。そこに宿る命など、どうだって構わないのだ。



 それは、何よりもメルヘブンの平和を願いその為ならば命だって惜しくないと思って戦ってきたアルヴィスにとって酷く辛く、受け入れがたい状況である。
 しかし、たった一つの希望であった異世界より召喚した少年がファントムに敗れ、ウォーゲームで共に戦ってきたメンバー達がそれぞれ悲惨な状況に甘んじている現在―――――───阻止出来る者など、何処にも存在しない。
 アルヴィスもARMを奪われ魔力を封じられ、幼い頃ファントムによって受けた呪いも成就し・・・・・死ぬことも叶わない身体となって、チェス側に身柄を拘束されている状態である。
 勝手に命を絶つ事はもう不可能になったから―――――──という理由のみで、一応自由にメルヘブンを歩き回る許しはファントムから出されてはいるが。





「・・・・・・・・」

 どのみちもう、アルヴィスに出来る事など、何ひとつ無い。
 ただ、辛い労働に喘ぎ惨い拷問を受けて死んでいく人々を見つめる事だけしか出来ないのだ―――───なんて役立たずな事だろう!!

「・・・・・・・・、」

 見ているに耐えず、ハロウィンを置き去りにアルヴィスがその場を立ち去ろうと踵を返し掛けた、その時。

「・・うあっ!」

「!?」

 小さなうめき声が聞こえて、アルヴィスの目の前を列に並んでヨロヨロ歩いていた老人が何かに躓いたのか、背負った袋ごと石畳の上に倒れ込む。
 倒れた拍子に、石畳とずっしりと重そうな何かが詰まった袋に肩が挟められたらしく、老人は藻掻いているものの動けない。

「おら、立ちやがれ!!」

 そこへ現場を監視しているのだろうゴツイ体躯の男が駆け付けて、容赦なく鞭を振り回しながら怒鳴り散らした。

「・・・・・・・っ!」

 唸りを上げて、太い鞭が老人の背に向かって放たれる―――――───その瞬間、アルヴィスは無意識に飛び出していた。
 鞭を避け、老人を抱え込み脇へ素早く移動しようとして・・・・袋が老人の身体を押さえつけている為それが叶わないと判断し、咄嗟に右腕を突き出し鞭を受け止める。

「・・・・・、」

 途端、じぃぃぃぃんと痺れるような痛みが腕から脳天に向けて突き抜けたが、奥歯を噛みしめて我慢した。

「ぉわ・・・!!?」

 いきなり飛び出してきたアルヴィスに驚き、鞭を持った男の手が止まる。

「何だ、お前は・・・」

 男は凄味のある声で邪魔をしたアルヴィスを怒鳴りつけようとして、先程からハロウィンと共に自分たちの働きぶりを視察していた者だと気付いたらしい。

「・・す・・スミマセン! お許しを!!」

 急に鞭を放り出して、青くなって謝りだした。

「―――――この人はお年寄りだ・・・こんな重たい物は運べない」

 ハロウィンと同類の扱いに不快感を覚えながら、老人を庇う姿勢を取ったままアルヴィスは目の前の男を睨み付けた。

「は? ハァ・・・しかし・・・」

 その言葉に、目の前の男は更に青ざめて恐縮した態度になり、戸惑うように視線を彷徨わせて―――――─近づいてきた磔姿の男を伺う。

「ヒュヒュ・・・アルヴィス、お前、何やってんだ?」

 ゆっくりと近づいてきたハロウィンは楽しそうな声音で、歩調と同じゆったりした調子に話しかけてきた。

「お前はもう、俺たちの仲間だろ? でもって、コレはチェスのやってる事、なんだがなァ?」

「・・・・・・・・・・」

 そんな事は分かっている。自分が足掻いた所で、何にもならないという事も。
 けれど―――――目の前で、今まさに行われようとしていた惨い行為を、許すわけにはいかなかった―――――見て、いられなかったのだ。
 返す言葉も無く、アルヴィスはただ無言でハロウィンを見上げた。

「・・・・・・・・・・ほぅ」

 そんな彼をハロウィンは何か感心するように見下ろしていたが、やがて楽しそうに左右に身体を揺らしながら

「・・・動けない奴がいたら、鞭で打つ。打っても動けなかったら、また打つ。それでも動かなかったら―――――─皮膚が破けて血が出て、内蔵はみ出すまで、打ち続ける。そんで、ズタボロの血塗れな皮ぶくろになっちまったら・・・・・そこらに放り投げる―――――─って方針があるんだがな・・・俺様の中で」

 残酷な内容の言葉を嬉々として言い放つ。

「・・・・・・・・・・下衆め・・・」

 小さく呟き、アルヴィスは身体の下で震えている老人をますます庇うように体勢を低くした。

「おいおいアルヴィス! いつまでフザけてるつもりだァ? ・・・・早く避けろよ、避けねェと―――――──」

 言いながらハロウィンが燃えさかる炎で形取られた腕―――――フレイム・ハンドを出現させ、その片方を鞭の形に変化させる。
 炎の鞭だ。

「お前ごと、打たなくちゃならなくなるぜ?」

「・・・・・・・・・・」

「お前に手を出すと、ファントムが怒りそうな気もするけどな・・・・だが、こいつら働かせるのはファントムの意志だしな・・・・ヒュヒュヒュ・・・死なない程度なら許して貰えそうだぜ? ま、どうせ死なないんだよなお前は・・・」

 間近にある炎の鞭が、肌を焦がしそうに近づいている。
 しかしアルヴィスは動こうとはしなかった。
 自分は無力で、今、この老人を助ける力は無い・・・・それは分かっている。
 恐らく、これから来る一撃で、自分は倒れてしまうのだろう―――――──そうなれば、この老人もまた・・・・・。
 きっと、それが避けがたい現実だ。

 それでも。

「・・・・・・・・・・・」

 キッ、とアルヴィスは目の前で自分を見下ろしている不気味なトマトを睨み付けた。
 それでも―――――ここから逃げ出す事だけはしたくない。
 ただの自己満足だろうと。
 全く意味のない、犠牲的精神だろうと・・・・この場から今離れるのだけは、嫌だった。

「ほう? マジで避けねぇつもりかアルヴィス?」

 少し戯けた口調でハロウィンは問い―――――─炎で出来た鞭をうねらせた。

「・・・なら、仕方ねぇな! キレイな顔だけは勘弁してやるよアルヴィス―――――─!!」

 ビュッ!! 鋭い唸りを上げて、炎の鞭がアルヴィス目掛けて繰り出される。

「・・・・・・・・、」

 すぐさま味わう事になるだろう激痛を予測し、アルヴィスは身を固くして―――――───

 バチッ!!!

 激しく何かが鞭打たれる音が耳の鼓膜を打つが、身体に何の痛みも感じない事に気付く。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」

 無意識に瞑ってしまった目を開けば、目の前に影。
 視界に、底の薄い黒革の靴を履いた足が見えた。

「危ないよ? ・・・アルヴィス君に当たっちゃうでしょ」

「!?」

 頭上から蠱惑的な低い声が降ってきて、アルヴィスはハッと声の方を振り仰いだ。

「―――――─・・・・」

 いつの間にか、陽光に煌めくサラサラとした銀色の髪の男が自分のすぐ傍に立っている。
 男は漆黒の道着に白布を幾重にも巻き付けた格好をしており、長めの前髪によって半分以上覆い隠されている顔の露わになった部分は、不気味な程に整っていた。
 涼しげなラインを描くクッキリとしたアメジスト色の双眸、高い鼻梁、形良い唇、どのパーツを取っても完璧で配置も絶妙。
 銀色の光りを束ねたかのような髪といい白い肌といい、浮かべている柔和な表情といい神のような神々しさに溢れている―――――──と称しても相応しい筈なのに、目の前の青年は何処か、正反対の雰囲気を醸し出していた。
 明るい陽の光の中にあっても青年の周囲には白い闇が取り巻いて、温度すらも存在しないのでは無いかと思わせるような冷たさに、近づく者達を氷漬けにしてしまうような―――――魔物の美しさ。

 それもその筈。

 この男こそ、メルヘブンに地獄をもたらし・・・・世界を統べている存在、ファントムその人なのだから。
 ファントムは事も無げに、包帯を巻いた方と逆側の手でいまだ燃えさかる炎の鞭を握りしめていた。
 当然、彼の手は業火の中にあり、炎はファントムの手を焼き尽くさんとばかりに腕ごと包み込み勢いを増している。

「・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・」

 アルヴィスとハロウィンが言葉も無く彼の様子を伺っていると、ファントムは徐に口を開いた。

「アルヴィス君が何のワガママ言ったのかは知らないけど―――――─、流石にヤケドさせるのはヤメテ欲しいなァ。傷、治りにくいからね」

 自分の手が燃えている事には無頓着なまま、ゆっくりとした口調で。
 その声は言葉の内容どおりに穏やかで、多少責めている響きはあるものの怒りは感じさせないものだった。
 ファントムの突然の出現に、アルヴィスと同程度には驚いていたらしいハロウィンも、その様子に僅かな安堵を滲ませる。

「ヒュヒュ・・。そいつは済まなかったなファントム。作業が遅れそうだったんでね、お仕置きの途中だったんだが、アルヴィスが邪魔するもんだからよ、つい」

「アルヴィス君は物好きだからね」

 ハロウィンの言葉に軽く頷き、ファントムは無造作な調子で炎の鞭から手を離した。その手は白く美しいままで、傷一つ見当たらない。
 ハロウィンがフレイム・ハンドのARMを消すのを視界の隅に入れながら、ファントムは身を固くしたまま自分を見上げているアルヴィスの横に膝を付く。

「ダメだよ、ハロウィンの仕事の邪魔しちゃ」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「腕、見せて? 怪我してるよね」

「・・・・・・・・・・・・・・」

 幼い子にでも言い聞かせるような、優しい笑顔と甘い口調。
 けれど彼こそが、今の地獄を作り出している張本人。目を覆いたくなるような残虐非道な殺戮を繰り返し、それすらも単なる遊びだと言ってのける魔王。

「良かった、怪我は大したこと無いみたいだね。後でホーリーARMで治してあげるよ」

 言葉を返さない自分に気を悪くした様子も無く、ファントムは強引にアルヴィスが先程鞭打たれた方の腕の袖を捲り怪我の様子を確かめた後、彼の上腕を掴んで立ち上がらせる。

「そういえばね、」

 そして楽しそうに話しかけてくる。

「レスターヴァの、君の為に用意した部屋の模様替えしてみたんだよ。そろそろ戻ってきて、見て欲しいんだけど・・・きっと気に入ると思うんだ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 何処までも何処までも―――――端からきいていれば甘いだけの優しく愛情溢れた会話。
 ファントムのアルヴィスに対する態度は大切な恋人に対するそれであり、二人の間には甘い雰囲気が漂っている・・・ように見える。
 しかしアルヴィスにしてみれば、例え1秒だって一緒の空間に存在したくは無いほど―――――───嫌悪し厭わしく思える一時だった。

 一緒になど、居たく無い。
 何よりも守りたかったメルヘブン(この世界)。
 ファントムはそれを壊した張本人であり・・・・仲間達を苦痛にまみれた境遇に突き落とした悪魔であり、自分の両翼をもぎ取り自由を奪った存在なのだ。

 けれども、アルヴィスに選択権などは存在しない。
 全てはファントムの望みのまま、従う術しか残されてはいないのである。

「・・・・・・・・・・・・・」

 だけど、せめて。

「じゃあハロウィン、頑張ってね」

 軽い口調で言いつつ、レスターヴァへ戻る為にアンダータを発動させ掛けるファントムの腕を引いて、留まらせる。

「どうしたのアルヴィス君?」

「・・・・・・・・・・・・・」

 この男に何かを乞うなど、本当は死んでもしたくない。だが、どうしてもこれだけは放っておけなかった。
 まだ自分たちの足下に蹲ったままの老人に視線を向ける。

「あの人は・・・働くのはもう、無理だ。だから・・・・」




―――――──許してあげて、下さい。




 僅かに吊り上がったアメジスト色の両眼が、楽しそうに煌めいた。

「君からのお願いなんて、久しぶりだね。・・・ギンタの時・・・、以来かな」

「・・・・・・・・・」

「今度は何をしてくれるの? あの時は、僕のモノになってくれたんだよね・・・」

「・・・・・・・・・」

 ウォーゲーム最終戦。あの時、ギンタの命と引き替えに―――――─アルヴィスはファントムの要求を受け入れ、その身を彼の支配下に置いた。
 その時の事を、ファントムは言っているのだ。

「そうだなァ・・・」

 楽しくて堪らない、といった様子でファントムはアルヴィスの顔を覗き込んでくる。

「この前、キレイな宝冠が献上されたんだけど・・・・・君に似合いそうなんだよねアルヴィス君。ティアラ付けてドレス着て・・・お姫様ごっこでもしようか!」

「・・・・・・・・・・・・・」

「いいよね? お姫様みたいに色々着飾って・・・お人形みたいに飾っておくのも楽しいと思うんだ!」

「・・・・・好きにすればいい・・・」

 もちろん王子様役は僕でね? そんな戯れ言を右から左に流しながら、アルヴィスは投げやりな口調で答えた。
 そんなアルヴィスの態度にますます笑みを深いモノにしたファントムは、じゃあいいよ、とアッサリ承諾の言葉を吐き。
 話を黙って聞いていたハロウィンの方へと向き直る。

「そういうことだから。アルヴィス君が気にしてるみたいだし、コレ、放してやって?」

 言いながら、足下の老人を顎で指した。虫やゴミでも見るような、何の感慨も無い表情だ。

「ヒュヒュ・・・まあ、どうせもうくたばりそうだし、働かせられねェだろうしな。わかったよファントム、そいつはもう解放してやろう」

 他ならぬファントムの言葉では、さしものハロウィンと言えども逆らうワケにはいかないのだろう。
 仕方ない、といった口調で了承し足で老人を袋ごと押しのけ、列から外させる。

「これでいい? アルヴィス君」

 機嫌良くそう聞かれ。

「ファントム・・・・その、この人以外でも・・・・働くのが無理な人は・・・・」

 アルヴィスは、あくまで単なる気まぐれで自分の言うことを聞いたのだろうファントムに、更に要望を口にしてみる。

「・・・・・・・・・・・・・」

 ファントムの目が、スッと僅かに細められた。

「・・・・・・・・・・」

 無理な願いなのだと、分かってはいる。
 ファントムは、チェス以外の人間達の命など、毛ほども大切になど思っていないだろうしゴミ以下の存在でしかない。
 暇潰しの幾らでも替わりのきくオモチャ程度にしか考えていないのだから、その人間達が生きようが死のうが一切構わないだろう。
 まして今、自分の余興の為に色々と悪趣味なモノを作らせている状況なのだから、それの作業に支障が出かねない、アルヴィスの願いなど―――――──聞き入れる筈も無いのである。

「・・・いいよ?」

「!?」

 けれど、予想に反してファントムの答えは応、であった。

「弱った人間は仕方ないから、作業から外してあげる」

「ファントム、それは結構面倒―――――」

「しょうがないよ、そうしないとアルヴィス君が気になって仕方ないみたいだから」

 僕以外の事で頭がいっぱいなんて許せないからね・・・そう言ってハロウィンの苦情をバッサリ切り捨て、ファントムはニッコリとアルヴィスに笑いかけた。

「これでいい? アルヴィス君」

「・・・・あ、ああ・・・」

 聞き入れてくれた事への意外性に面食らいながら、アルヴィスは頷く。

「じゃあ、レスターヴァへ帰ろうか」

 機嫌良くファントムが言い、再びアルヴィスの腕を掴む。

「ハロウィン、後は頑張ってね。・・・君の好きに・・・」

 静かな口調で側に立つ磔姿の男に声を掛け、ファントムがディメンションARMを発動すべく魔力を練り始める。

「・・・・・・・・・・・・・」

 腕を掴まれながら、アルヴィスはちらりと休み無く列を作り重たい袋を運ばされている民衆に目線を走らせた。
 本当に、ファントムの言ったとおりにハロウィンがするという確証は無いし、そもそもファントム自身がきちんとその命令を遂行させようと思っているのかすら、怪しい。
 自分の願いなど、この場しのぎのただの自己満足にしかならない、意味のない物だったのかも知れなかった。


 けれども―――――───






 どうか、少しでも苦しむ人が減りますように。




 そう願わずにはいられない。
 救えなかったから。
 守れなかったから・・・・・メルヘブンを。
 皆を、世界を救えるのだったら、自分の身が地獄の業火に何百回灼かれても構わないのに―――――───何でも、するのに。


 何でも、する。

 この身が、少しでも世界のために人々の役に立つのなら・・・・進んで悪魔の前にだってこの身体を捧げよう。

 永遠に闇に落ちたままでも構わない―――――───ファントムと、二人で。



 目の前の景色が霞んでいく。
 優しく悪魔に抱きしめられたまま、アルヴィスはレスターヴァへと連れ去られた―――――───。

















end




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タイトルのアンタレスは、『銀河鉄道の夜』の『蠍の火』から。
アルヴィスって、何処までも自己犠牲の道選びそうですよね・・・。
メルヘブンの為なら、平気で自分を差し出しそう。自分より大切なんですもんね・・・。
でも、別にそこら辺が書きたかったんじゃなくて(笑)
トム様はアルのお願いなら取りあえず、何でもきいちゃうんだよーvってトコが書きたかっただけでs(爆)
まあ、アルの知らないトコで約束破ったりはしてそうですが、ネ・・・・(酷)