『Alviss in Wonderland』



 ACT4










「・・・大体さあ、ARM発動したのはボクなんだよ?
 それなのに、ボクが知らないヤツまでもがキャスト(配役)に組み込まれるっておかしくない?」


 森の中の道を、3人揃って歩きつつ。
 ピンクの縞々(しましま)模様の猫が、長い尻尾をゆらゆらさせて不満げに口を開く。

 勿論、自分が目を離した隙にちゃっかりとアルヴィスの傍に居て。
 尚かつ今もしたたかに、アルヴィスの逆隣を陣取っている謎のウサギ少年・インガへの当てつけだ。

 口だけではなく実際に攻撃だってしたそうな素振りだが、先程やりかけた時にアルヴィスがこっぴどく叱りつけてやったので、今は言葉だけでブチブチと不満を漏らしている。


「しかも、時計ウサギの役ってナニ?
 結構それ、重要な役なんだけどな〜〜・・・得体の知れない輩(やから)になんか、回る役じゃないんだよ」

「――――――・・・お前が桁(ケタ)外れの魔力を練るから、暴走したせいだろ 全 部 !!」


 ファントムが発動したARMのせいで、勝手に役付き・・・しかも主役に抜擢(ばってき)されてしまったアルヴィスがしかめ面で口を開く。


「文句を言える立場じゃないだろうが、全然!
 いいからお前、このウサ・・、インガに手を出すなよ!?」


 苦情を言った所で、このしましま猫・・・もとい、チェスの司令塔ファントムが蚊に刺される程も堪えないのは分かっていたけれど。
 それでも、言わずにいられない。

 大体が、今現在、本当ならばウォーゲーム開催まっただ中の筈で。
 メルヘヴン(世界)の命運を賭けて、激闘を繰り広げていなければならない状態なのである。

 こんな場所で、のんきに文献に残されている物語通りに、演劇よろしくストーリーに参加なんてしていられる心の余裕など一切無い。


「・・・・・アルヴィス君ってば、さっきからそのウサギばっか庇ってない?
 それって結構、ボク的にジェラっちゃうっていうか、かなり不満なんだけどー」

「・・・・・・・・・・」


 だがそう思って焦っているのは、この場ではアルヴィスだけのようで。

 ファントムは、ARMの発動を解除することなど、そもそも余り考えているようには見えず。

 ウサギ少年は、2人の会話を聞いているのかいないのか・・・・アルヴィスの隣を陣取って歩きつつも、無言を通している。
 とはいえ、やはりファントムを警戒はしているらしく。
 彼の方をチラチラと様子伺いして、いつでも攻撃をかわせるように身構えているのは感じられた。


「大切な案内役だ。
 怪我して、口が利けなくなったり動けなくなったら困るだろ!」


 物語では、時計ウサギに導かれて女王の城へ行き、ラストを迎えられる筈なのだ。
 だから、その大切な案内役に何かあったら、それこそ元の世界に戻せなくなりそうじゃないか――――――・・・と、アルヴィスが口にしたら。


「・・・・・、」


 何故か叱られている張本人では無くて、ウサギ少年が悲しそうな顔をした。


「あー・・・まあ、そうだよね。
 アルヴィス君はアリスだから、役柄的に時計ウサギが大事だって思うかもね!
 そういう役だもんね!」

「当たり前だろ? コイツがいなけりゃ、話が完結に向かわない」

「うんうん、それはそーだよねー。
 個人的な感情じゃなくて、 役 だ か ら 仕方無くだもんねえ」


 それと対象的に今までの不満顔を一転させ、ピンクのしましま猫が嬉しそうになる。
 ウサギ少年を見つめて、ニヤニヤ顔だ。

 今の困った状況を作り出した元凶である、この猫が喜んでいるのを見るのは、なかなか・・・。
 アルヴィスとしては、腹に据えかねるモノがあるのだが。

 アルヴィスの心境などはお構いなしに、ファントムは上機嫌だ。


「お前、・・・なんで嬉しそうなんだ?」

「え? だって愉快だもん」

「・・・・・・・・?」


 話の中で、彼に割り振られたチェシャ猫という役の通りに。
 ネズミを捕らえてご満悦状態の猫みたいな、ニヤけた顔を見ているとアルヴィスは苛々としてくる。

 大体、さっきまでウサギ少年にアルヴィスが少しでも近づく度に、ブーブーと文句を言っていたというのに。
 この急変ぶりは、何なのだろうか。
 銀髪頭に生えている、猫耳を思い切り掴んで引っ張ってやりたくなる。

 まあ、・・このしましま猫が喜ぼうが怒ろうが、どうでもいいけれど。
 生ける死人である彼の脳みそは、恐らく常人とかけ離れたモノなのだろうから、思考が理解出来なくても当たり前だろう。

 だが、とにもかくにも、このはた迷惑な状況を作り出した張本人が楽しそうにしているのは、アルヴィスには不服だった。

 そもそも敵対しているチームの親玉と、こうして共に行動している時点で本来ならば有り得ない。
 出くわした時点で即、戦闘になってもおかしくは無いのである。

 幼い頃に呪いを穿たれてしまったアルヴィスとしては、戦うので無ければ、一緒の空間で呼吸もしたくないくらいだ。


「・・・何をヘラヘラしてるんだ。皆、迷惑してるんだぞ・・・?」


 精一杯、声を低めて凄みのある口調で言い放つ。

 アルヴィスが感情的になると、外見を裏切り実際はかなり年上であるファントムには、その言動が子供っぽく感じられるらしく、逆に喜ぶ傾向があった。
 だから、相手を喜ばせてなるものかと、アルヴィスは出来るだけ感情を抑えて口を開く。


「えー、迷惑? 誰が?」


 しかし、からかっているだけなのか、本心からなのか。
 ファントムの、まるで此方の意を介さない様子に、アルヴィスの決して長くはない堪忍袋の緒はアッサリと切れてしまいがちなのである。


「っ!? ・・・とりあえず俺だっっ!!」


 叫んだ瞬間、ああまた乗せられてしまった――――――と後悔するが、既に遅し。


「そんな顔真っ赤にしちゃって、アルヴィス君たら可愛いなあ」

「ウルサイ!! 可愛いって言うなー!!」

「うんうん、まるで毛を逆立てた子にゃんこだよ。
 ボクより、アルヴィス君の方がにゃんこだよねっ☆」

「っ、・・・俺は、俺はお前が大嫌いだーーーー!!!」

「嫌よ否よも好きの内、・・てね。
 大丈夫だよアルヴィス君、ボクがちゃんとキミのホントの気持ち、分かってあげてるからね?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」


 本当に。
 この、姿形だけは見目麗しい美少年である男が、大嫌いだとアルヴィスは思う。

 大嫌いなだけじゃなくて、苦手だし、出来れば一生関わり合いたくない相手だと心底思う。


 それなのに。
 こんな場所で、・・・こんな格好で。

 アルヴィスが1番殺したいと願い、憎いと思っている敵チームの司令塔と、自分は一緒に居なければならないのだろうか。


 ああ、・・・・切ない。


 いやいや、考えたらダメだ!
 考えるだけ、虚しくなるんだから考えるべきじゃない。


 ―――――そう自分に言い聞かせつつも、どうしても釈然としない想いが込み上げてくるアルヴィスだった。




「えぇ〜〜・・・? でも、迷惑かなあ」


 そんなアルヴィスの気持ちを余所に、ファントムはまだ自分勝手な言い分を口にしている。


「結構みんな、面白がってそうじゃない?」

「・・・・・・・・・・・・・」


 面白がってるのはお前だけだ!
 そう突っ込んでやりたいが、やればやったで100倍返しが待っていると悟っているのでアルヴィスは黙っていた。


「アルヴィス君は、ちょっと神経質すぎるんだよ。
 せっかくレアな素敵体験が出来る機会なんだから、ちゃんと楽しまないと!」

「・・・・・・・・・・・・」

「まあ、他の人が今どうなってるかは知らないけどね。
 でもそんなの、困ろうが喜んでようが死んじゃってようが、どーでもいいし?」

「っ!?? ・・・・良いワケ無いだろこの人非人(にんぴにん)!!」


 流石に黙っていられなくなって、アルヴィスはまた叫んだ。

 やはりというか、ファントムはまるで他人の迷惑など歯牙(しが)にも掛けていない。
 相変わらず、アルヴィス以外はどうでもいいという態度である。





 チェスの親玉なくせに、ファントムは良く


『ボクとアルヴィス君以外、邪魔だから皆死んじゃえばいいのにね!』


 などと、平気で口にする。
 それが冗談では無く、かなり本気で口にしているだろうことが表情や口調から感じ取れてしまう事が怖ろしい。


『ボクはね、アルヴィス君以外のことは結構どうでもいいんだよ』


 良くそう言っては、最後に必ずこう締めくくる。


『キミさえ手に入るなら、ボクはその他全てのモノを放棄したって構わないのさ』


 三角帽子を目深(まぶか)に被り、黒のローブを纏った長髪男・・・チェスの参謀や、タトゥを自ら受け入れた青年ロランなどが聞けば。
 相当嘆くだろうな、と思われるセリフをファントムは躊躇(ためら)いなくサラリと語るのだ。


 もし、その軽口めいた言葉にアルヴィスは応え―――――絶対あり得ないが、そうしてくれと促したら。
 この、顔立ちだけなら天上に住まう者の如く美しい悪魔は、・・・・それこそチェス盤の駒を動かすのと同じ程度の気分で、あっさり言葉通りの行為を施行するだろう。





「・・・・・・・・・」


 なぜ、こんなにもファントムに気に入られてしまったのか?
 それは未だに、アルヴィスにとっては最大の謎だ。

 最初に面と向かって対峙(たいじ)してしまった時に、良い目をしているとほめられた。

 だが、アルヴィスは特段、自分の眼が他人と違うとは思えない。
 数だって普通に2つだし、色だって良くある青だ。

 ということは、形では無くて『目つき』ということになる。
 あの時は、もちろん酷く憤っていたから、非常に目つきは悪かった筈だ。
 泣きながら、必死にファントムを睨み付けていた記憶がある。

 では、あの睨んだ目が良かったのか?
 つまり、キツイ目つきが気に入ったと・・・・そういうことだろうか。

 しかし目つきが悪い奴なんて、そこらに幾らでも彷徨(うろつ)いている筈だし。
 チェスの本拠地など行けば、それこそ目つきが悪くない奴を探す方が難しい気がする。

 考えれば考えるほど、ドツボにはまり、結局アルヴィスが納得出来るような回答は見当たらなかった。
 ファントム本人に聞いても、『全部だよ』と、ちっとも要領の得ない言葉ではぐらかされるのが常である。





 ――――――・・・まあ、魔力だけは半端無く強いけど。

 しょせん、ゾンビだからな。

 脳みそに血が通って無くて、一般の人間と思考回路が違うんだろう。

 思考回路が異なるヤツの、行動説明なんて考えるだけ無駄だよな?

 人間が、ゾウリムシ(単細胞生物)の気持ちを理解出来ないのと一緒なんだから。


 ・・・・って考えれば、アレ? ・・・人非人って別に悪口じゃなくて事実なだけか。
 だよな、ゾンビだし!





「・・・・・・・・・」


 ―――――――所詮(しょせん)真っ当な人間である自分には、ファントムの言うことなど分からなくて当たり前。

 そう結論づけたアルヴィスは、内心で1人納得する。




「でもさ、アルヴィス君はボクのたっての希望もあって、主役抜擢(ばってき)なのは当たり前だけど。
 どうしてこの、見ず知らずのヤツが時計ウサギになっちゃったのかってことが、ボク的に問題なんだよねー」


 そして話題はやはり、そこへと戻ってしまうのだ。
 ファントムとしては、どうしても時計ウサギの少年が気に食わないらしい。


「・・・・・誰でもいいだろ。
 話を進めて、ARMの発動止められるなら・・・別に誰がキャスト(配役)でも、問題無い」

「そんなことないよ! 時計ウサギは重要な役だ。
 もし、コイツが誘導を失敗したら物語は永遠に終わらない・・・・!」

「・・・・・・・・・・へえ」


 珍しくファントムが真剣な顔付きで言ったので、少しはちゃんとマトモなことを考えているのかとアルヴィスは僅かに感心した。


「・・・・それに、時計ウサギはやたらと主人公と一緒に居る役柄なんだからね!
 ボクのアルヴィス君が、そんなのと一緒に行動するなんてボク的にすっごい嫉妬しちゃうでしょ!?」

「・・・・・・・・・・・・・・」


 だが次の一瞬には、一時でもそんなことを考えた自分がバカだったのだと思い直す。

 このピンクのしましま猫が、そんな殊勝なことを考えている筈も無かったのだ。


「アリスが時計ウサギと行動しなくちゃいけないのは、物語の構成上、仕方ないけどさ?
 でもそれが、アルヴィス君とコイツってのはヤダもん」

「・・・・・・・・・・ワガママだろ、それ」

「あーもう、なんでこんななるかな!?」


 自分で発動したARMのせいであるというのに、ファントムはそう叫び天を仰いだ。






「――――――ボクだって、巻き込まれて大迷惑ですよ。
 こんなバカな遊びに付き合う気なんて、毛頭無かったんですから」


 そんな司令塔を、アルヴィスと同様に白い目で見つめ。
 今までずっと押し黙っていたウサギ少年・・・・インガが、ボソリと口を開く。


「噂に違わず、究極の自己中ですね貴方は。
 自分の都合だけで、周りのことなんかまるで考えない、・・・・小さな子供と一緒だ。
 それでいて魔力だけは強大なのだから、本当に質(タチ)が悪い」


 その表情は、先ほどまでアルヴィスに見せていた顔付きと180度違う冷たい顔だった。
 整ってはいるが、元から冷たく見える顔立ちだけに、眉間にシワ寄せてファントムを見る姿は、あからさまに不機嫌そうでキツイ印象を受ける。


「・・・・・・・・・・」


 アルヴィスは、その様子を物珍しく見つめた。

 ファントムは、曲がりなりにもこのメルヘヴンを牛耳らんとする戦闘集団『チェス』のbPナイト。
 泣く子も黙る、チェスの司令塔だ。
 その容姿は、既に月を鏡のように映すARMのせいで、全世界に知れ渡っている。

 今は一見、単なるド派手なしましまピンク猫の着ぐるみスーツを着た変態だが。
 彼の真の姿が、ファントムであることを、・・・・・このウサギ少年だとて分からない筈が無い。

 それなのに、決して臆することなく。
 それどころか、彼に面と向かって悪態を付いているのだ。

 これは、アルヴィス達メルのメンバーや、クロスガード達を除けば極めて珍しいことである。


「ふぅん? ・・・そこのウサギさんは、このボクに喧嘩売ってるのかなあ?」


 ファントムもそう感じたらしく、面白そうに啖呵(たんか)を切ったウサギ少年・・・インガを見つめる。


「売ってませんよ。思った事を言ったまでです」


 ウサギ少年は、長い耳を揺らして、その愛らしい姿に似合わぬ冷たい目で銀色の猫を見返した。

 その言葉に、ファントムがキレイなアーモンド型の瞳を細める。


「・・・口は災いの元だよ、」


 薄い唇が妖艶な笑みを形作り、そう呟かれるのに意識が奪われた次の一瞬。
 ファントムの身体はアルヴィスをすり抜け、ウサギ少年のすぐ傍へと移動していた。


「・・・・ファントム・・・っ、・・・」


 アルヴィスも、驚きに思わず声を上げる。


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ARMが発動した時、自分の魔力は失われ。
 今、自分にある能力は、『姿を消すだけ』だと彼は言っていた。

 だから、今のファントムはARMを使えない。
 猫の耳と尻尾、そして猫としての身体機能が備わっているだけの筈である。

 だが、そんな条件などはチェスの司令塔たる彼にしてみれば、何の障害にもならないらしい。


「死にたいなら、殺してあげるけど?」


 甘やかで、とても耳障りが良いのに・・・酷く冷たい声音が辺りに響く。

 少年の首筋に、鋭利に尖った指先の爪を押し当てながらファントムが静かに笑った。
 猫であるが故に、普段より一層尖り攻撃性が増している、彼の爪。

 ARMなど必要無いのだ――――――ファントムは、その気になれば素手で簡単に、屈強な男共を嬲(なぶ)り殺す。


「・・・・おいっ、・・」


 ウサギ少年の首から、赤い液体が一筋伝うのを見て。
 アルヴィスは咄嗟に、ファントムを止めるべく間に入ろうとした。

 だが、少年は動じない様子でファントムの手を掴む。


「いいんですかボクを殺しても? ・・・・時計ウサギですよ、ボクは」

「・・・・・・・・・・」

「不本意ですが、ボクが居なければARMは解除できないシステムなんですよね?
 ボクを殺してしまったら、困るのは貴方の方なんじゃないですか?」


 さっきまで、アルヴィスに暴言を吐かれて狼狽えていた少年とは別人(別ウサギ?)のような、慇懃無礼(いんぎんぶれい)ぶりだ。

 けれど少年の言い分はもっともだったので、アルヴィスがファントムの立場なら押し黙ってしまったことだろう。
 だがしかし、チェスの司令塔は常識の範疇(はんちゅう)になど収まらないクレイジーな化け物だった。


「困らないよ? だって永遠にこのまんまでもボクは構わないし」


 しれっとそう言ってのけ、首を傾げる。


「そんなことよりボク、今は生意気なウサギをいたぶりたい気分なんだよね・・・やっぱ殺しちゃお」

「!??」


 これに慌てたのは、当のウサギ少年よりアルヴィスだったかも知れない。
 目の前で理不尽な殺しが行われるのも阻止したいが、それより何より、彼が殺されでもしたら、この狂ったままの世界はどうなるのか考えるだに怖ろしい。

 言うまでもないが、アルヴィスはファントムが言うように、永遠にこのまんまなどは絶対に嫌だ。
 元の世界に戻って、早くウォーゲームの決着を付けたいのである。


「ファントム―――――、」

「ボクを殺したら、やっぱり困るのは貴方ですよ」


 アルヴィスが、止めようとファントムの名を口にしたのと。
 ウサギ少年が更なる言葉を発したのは、ほとんど同時だった。


「・・・・・・・・ボクを殺したら、・・・」


 ウサギ少年は、言葉の続きを言うのを躊躇(ためら)うように、フゥと短く溜息を付く。
 けれど、仕方がないと踏ん切りをつけるみたいに大きく息を吸い・・・・二酸化炭素と共に、嫌々といった様子で言葉を紡いだ。


「アルヴィスさんに、永遠に嫌われますよ」

「・・・・・!」


 再び少年の首へ向かって突き出されそうだった、ファントムの爪先がぴたりと止まる。


「だって、そうでしょう?」


 今、正に自分の首筋へと吸い込まれそうな爪に畏(おそ)れも見せず、愛らしい耳を持った少年は毅然とした態度でファントムを睨み上げた。
 澄んだ水を思わせる、アクアブルーのキレイな目だ。


「ボクを殺せば、元の世界へ戻れる手段を失う。
 そんなの、・・・アルヴィスさんが許す筈が無いじゃないですか」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 淡々と理路整然に紡がれる言葉たちに、ファントムどころかアルヴィスまでが押し黙ってしまった。



 それは確かに、その通りだ――――――・・・と、アルヴィスも思う。
 しかし、今ここで自分が引き合いに出されるとは、考えもしていなかったアルヴィスだ。

 そして、長く可憐な耳を持っている外見のせいか、この少年・・・インガがここまで毒舌というか苛烈(かれつ)な性格とは思ってもみなかったアルヴィスである。
 ウサギ耳を持つ可愛らしい外見どおり、人の良いお坊ちゃん育ちな普通の少年、といったイメージを勝手に抱いていたのだ。

 余りのギャップに呆然としてしまった、・・・というのが本音だろうか。
 だってあんまり、さきほどまで自分と話していた時の彼と違い過ぎる。

 それに大体、自分に嫌われるから・・・ってどんな理由だ。
 そんなことで、泣く子も黙るチェスの司令塔が納得するはずも無いだろうに。


「あーもうムカツクなー!」


 けれども。

 アルヴィスが唖然としている内に、ファントムは少年の言葉に納得したのか、忌々しげに言いつつも突き付けていた手を引っ込める。
 つまり、ファントムに対して、本当にあのセリフが有効だったということだ。


「用が済んだら、すぐ殺すからね?」


 そう言い置いて、ファントムがアルヴィスの方へと甘えるように抱き付いて来た。
 長い尻尾が、不機嫌そうにゆらゆらと振られている。

 不満を感じつつも、今は殺すのを本当に諦めたらしかった。


「アルヴィスくーん、不本意だけど暫く、この性悪ウサギと一緒に居なくちゃいけないみたいだよ〜〜〜」

「・・・・・・・・・懐くな暑苦しい」


 不本意に思っているのはファントムであって、アルヴィスでは断じてない。
 このウサギ少年は、元のメルヘヴンに世界を戻す為には必須の存在なのだ。

 けれど、アルヴィスがこのウサギ少年とだけ道中を共にするなどは、このピンクのしましま猫が許す筈も無い。
 したがって、これから暫く・・・というかARMを解除出来るまでは、3人で行動しなければならないということになるだろう。


「・・・・・・・・・前途多難だな・・・」


 一応、ウサギを殺さない方向にはなったものの。
 内心は殺したくて堪らないのだろう、猫を牽制しながら。

 愛らしい外見のくせに、実はかなり毒舌で性格もそれなり・・・かも知れないウサギと一緒に。
 長い旅をしなければならないという、『これから先』を思いやって。


「・・・・・・・最悪だ・・・!」


 アルヴィスは、髪に付けた大きなリボンを揺らしながら、ガックリと頭を項垂れたのであった――――――――――。







 to be continued...

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言い訳。
久々に、アリスネタ更新です(笑)
久しぶりすぎて、どういう展開にするんだったかサッパリ忘れてて困りましt(殴)
とりあえず、他のアリスキャストを決めるまで(ていうか思い出すまで)は、ファントムとインガにバトルってて貰おうかなと目論(もくろ)んだら。
なんだかとっても、ダラダラと会話文なだけの話になっちゃいました(爆)
このネタのインガは、珍しくアルヴィスに性格の悪さがバレてドン引きされかけてますn☆
まあ、トム様の性格が悪すぎるので、それに比べたら全然可愛く感じてるかもですが(笑)
次回こそ、3月ウサギなロランとか帽子屋ペタさんとかを出したいですねvv
この3人と、ロラン+ペタさんでお茶会するの・・・可愛くないですか?(笑)